目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Ep.53 パーティでの依頼

 夜、場所は冒険者ギルド。

 カウンターを通り過ぎ、階段を上がって二階のフロアを抜け三階への階段を上ると、ギルドマスターの職務室に辿り着く。

 ノックをすると中から返事があり、ドアを開けて入室する。


「――来たわね」

 中に入るなり、豪華な装飾を施したテーブルの向こうでギルドマスターの事務仕事をしているセルファがいた。彼女は背もたれのある座り心地の良さそうな椅子に座りながら、作業と止めて桜色の手でこちらに腰掛けるよう促した。


「いや、このままで結構。それにしても招集とは珍しい。我でなければ手に負えない事態が発生したのかな?」


 我は立ったままで要件を急かす。前置きは好まなくてね。

 セルファは眉尻を下げながら肩をすくませてみせたが、すぐ真剣な表情に戻り本題に入った。


「貴女も聴いているかしら? 北門に出没した魔物の件について」

「ああ。弟子がその場に居たようでね。聞き及んでいる」


「そう。……ちょっと待って弟子って何よ? …………いえ、今はいいわ」

 セルファの口振りには危機感が垣間見える。居住まいを正して真剣な面持ちで話し始めた。


「……守備隊の報告によると、討伐したブレードマンティスは普段のものよりも強力な個体だったそうよ。それを調査しようにも、塵になって何も残らないせいで何も分からないときている」


「ふむ……。塵化して消滅か。それは魔王が生み出した眷属に相違ないだろう。眷属は、同じ個体の準眷属よりも数段強力だからね」


 眷属とは厄介だ。原生する生物が瘴気に侵されて魔物化した準眷属とは違い、眷属は魔王が創造して生み出された存在だ。魔王の力の一端を内包している分さらに強力なのだ。


「魔王の手がここまで伸びて来ているというのかしら。ここから東の村が滅ぼされたという報告も入ってきているし……。今回のは単体で動いているようだけど、何かの工作かしら」

「さてな。とにもかくにも周辺の安全確保が優先であろうね。新人冒険者の前に現れたらまず助からんだろう」


「わかっているわ。しばらく周辺地域の駆逐範囲を拡げるよう既に命じているわ」


 我はそれに頷く。

 眷属の出現の心当たりはある。弟子のクサビが所持する剣だ。たしかにほんの微かだがあの剣の中に精霊の力を感じる。


 魔王が眷属を使って剣を捜索させていると考えるのが妥当だ。となれば、いずれ弟子達の前に眷属が現れるのは時間の問題か。力を付けてきているとはいえ、今の彼らではまだまだ厳しい相手だ。


 今は彼らを鍛える事に重きを置くとしよう。

 ギルドには今の段階では混乱を招きかねんし、まだ弟子の事情は知らせない。


 思案に粗方の決着をつけた我は、セルファに視線を向ける。要件はこの話をするだけではなかろう。


「では、そろそろ本題に入ってもらおうか。我も暇では無いのでね」


「ええ。貴女には調査を依頼したいの。花の精霊から、大樹の精霊が邪悪な気配を感知したと知らせが来たの。その魔物の調査、可能ならば討伐よ」

「ふむ」


「今回のブレードマンティスでは精霊からの報せはなかった。つまり、それよりも強力な存在ということになる」


「眷属よりも強力。ならば魔族の幹部の可能性がある……か」


 幹部とは、魔王が従える魔族の中でも極めて強大な力を有する魔王の側近だ。そのような存在にかかれば村はおろか街など一瞬で滅びる。


 幹部の暗躍は、魔王復活以前よりあったが、国より依頼された高位の冒険者が抑えていた。今回魔王復活により力を増したのは幹部も同様で、SSランク冒険者やSSSランク冒険者であっても油断のならない事態になっているというが……。

 相手が幹部だった場合、我では太刀打ち出来まい。それに満たぬ魔族ならばあるいは。


「――了解した。依頼を受けよう」

「……十分気をつけてちょうだい。チギリ……無理はしないで」


「ふふ。案ずるなセルファ。今は楽しみも増えたのでな、そうそうやられんよ」


 仕事の時の顔を崩し、友人としての顔を見せたセルファに、我も友人として微笑みかけた。






 翌日、晴れてDランク冒険者となった僕達は、いつものように冒険者ギルドにやってきた。


「おはようございます、ヴァーミさん! チギリ師匠は来てます?」


 カウンターで事務仕事をしている受け付けのヴァーミさんに話しかけると、いつものように明るい笑顔で返してくれた。


「おはようございます! クサビさん、サヤさん、ウィニさん! ……クサビさん、もう大丈夫そうですね。よかった……」

 昨日のこともあり、ヴァーミさんが穏やかな表情を向ける。気を遣わせてしまった。


「はい! もう大丈夫です。ご心配お掛けしました」


 ヴァーミさんはニコッと笑い、はっとした顔をする。

「あっ、チギリさんでしたねっ。実は先程いらっしゃって、依頼で3日程空けるとクサビさん達に伝えてほしいと頼まれたんでした!」


「そうでしたか。わかりました! ありがとうございます」


 師匠は今日は依頼に行ってるのか。そりゃ師匠も冒険者だから依頼もするよね。いつも居るから、もう働かなくてもいいくらいお金に余裕があるのかと思ってたよ。

 僕達も頑張って稼がないとね!


 今日はパーティで受けられる依頼をしようと皆で決めた。依頼掲示板を眺めると、Dランクに上がっただけで、選べる依頼の幅が広がったのを実感する。


 今回受けた依頼内容は――


 ――魔物討伐をお願いします

 作業場の近くの洞窟に住み着いた下級の魔物の群れの討伐をお願いします。

 【数が多いのでパーティ推奨】

 報酬 金貨3枚 依頼者 アントン・ニクスザール



 報酬もいいし、戦闘の経験としても適正と判断しての決定だ。


 カウンターで依頼を受領してギルドを出た僕らは依頼場所を確認する。

 ボリージャの街から数時間離れた所の木工作業場だ。

 ここの責任者のアントンさんに会い、洞窟の魔物を掃討するのが今回の依頼だ。

 今から向かって依頼をこなし、帰ってくる頃には夜かな。そのくらいには戻ってきたいな。


 初めて街の外での、それも討伐依頼だ。用心しながら遂行しようと、僕は気合いを入れた。


「くさびん、やる気だね」

「うん。街の外の依頼は始めてだからね!」


 拳を握って意気込んでいた僕にウィニが話しかける。心做しかウィニもいつもより気分が弾んでいるようだ。しっぽの動きがそれを物語っていた。


「皆で一緒にする依頼は初めてね! 私もワクワクしてきちゃった」

 サヤも同じ気持ちみたいだ。皆で一緒に依頼か、なんだかやっと冒険者パーティって感じになって来て嬉しいな。



 支度を整えて僕達は街を出る。北門から出る時ちょうど門番をしていたミゼラッタさんに元気に送り出された。昨日の戦闘で怪我していないみたいで良かった。


 そうだ、ここからは街の外だ。僕が以前遭遇したゴブリンも昨日のブレードマンティスもおそらく魔王の遣いだ。またいつ遭遇するかわからない。用心していかねば。



 見渡す限り木で覆われたウーズ領だが、街の近くは迷いにくいように目印が点在していた。これなら依頼先の作業場まで迷わずに行けそうだ。


 僕らは周囲を警戒しながら進む。索敵に関しては耳がいいウィニがいち早く音の異常を感知してくれるのでありがたい。

 それをウィニに伝えたらしっぽを嬉しそうに振りながらドヤポーズしてふんぞり返っていた。


「ふふん。わたしにまかせろ」

 見慣れたいつものウィニに安心する。


 サヤは痕跡を見つけるのが上手い。僕では気づかないような痕跡も見つけて教えてくれる。


「……ん。この木、爪で削れられた痕があるわ。古いみたいだけど、一応魔物の警戒していきましょ」


 二人は凄い。僕はこれと言った能力がないから羨ましい。僕も役に立たないと。




 用心しながら歩く事数時間。

 僕達は依頼者のアントンさんがいる作業場に到着した。

 ちょうど外で作業しているアントンさんに話しかける。

 少しふっくらしている体格の穏やかそうな雰囲気におじさんだ。


「こんにちは。ギルドの依頼を受けて来ました」

「――お、おお〜。依頼受けてくれたのか。助かるよ!」


 アントンさんから洞窟について話を聞く。

 その洞窟は奥まっており、ちょっとしたダンジョンになっていると。


 因みにダンジョンというのは、魔物が居着いた洞窟だったり、古代遺跡だったり場所は様々だが、魔物がいて危険は場所だ。ダンジョンの中では、大昔に失われた装具や道具などのお宝に巡り会う事もあり、冒険者にとっては夢と死が絶えない場所だ。


 早速魔物の巣食う洞窟の場所を聞き、腹ごしらえをしてから洞窟に入ることになった。

 アントンさんにそれを軽く話してから、僕らは作業場を離れ洞窟の近くまで移動した。


 食事は簡単に済ませる。サヤが用意した袋包に包んできたパンだ。切り込みを入れて中に野菜と干し肉を入れて挟んでいる。日帰りでならこういうのもいいな。


「…………あったかいごはん……たべたい……」

 ウィニが耳をぺたんとさせて言った。


「気持ちは分かるけど、こんなところで火を焚くわけには行かないよ」 

「むー」

「そうよ、ウィニ。依頼を無事にこなして帰ったら、皆で食べましょ?」

「皆で……。ん」

 サヤが諭すように穏やかに語りかけて、ウィニにパンを渡した。ウィニはパンを受け取って頷くと、パンをモシャモシャ食べ始めた。

 ぺたんとしていた耳がぴこんと上がる。美味しそうに食べていて何よりだ。


「さぁやが作ったパン、おいしい」

「そう? ありがとう! 中身詰めただけだけどね」

 サヤがニコッとしてふふふと笑った。


「うん、美味しいね。サヤ、 ありがとう!」

「……そ、それなら良かったわ…………」


 あれ、なんか僕には反応違うような気がするんだけど。




 程なく食事を済ませ、僕達は木の陰から洞窟の様子を伺う。

 入口に魔物はいないようだ。

 よし! 行こう!


「……僕が先頭、ウィニがその後ろで索敵を。サヤは後ろをお願い」

「わかったわ」

「まかせろ」


 僕達は互いに顔を見合わせ力強く頷いて、洞窟に足を踏み入れるのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?