冒険者ギルドの3階、ギルドマスターの執務室。
ノックの返事にドアを開け入室する。
椅子に座り見事な装飾を施したテーブルで、相変わらず書類仕事に追われる友人にしてギルドマスターのセルファは、手を止めて我に向き合った。
「戻ったのね、チギリ。無事で良かった」
真面目な表情が微かに緩み、安堵した様子を見せる。
我は頷き、両手を広げて体に異常がない事を伝えた。
「それじゃ報告を聞かせてちょうだい」
「――瘴気の反応はやはり魔族だったよ。それも会話で意思疎通を可能とする程の知能持ちときた」
「まさか、幹部……」
我はその問いに首を振る。
「いや。意思疎通できるといえど、かの魔族は頭の方は残念そのものだったよ。精々幹部の下に群がる眷属の一体だろう」
「そう。でも、貴女のその服から見ると楽では無かったようね」
セルファは、我のローブの裾を見ながら言う。魔族と対峙した際に切られたのだ。
我にとって愛着のあるローブである。傷物にされてさぞこのローブも無念だろう。
そんなことを思いながら、我は思考を本題に回帰する。
「幹部未満とはいえど危険度は看過できない程だったさ。放っておけば必ずここにも仇なす存在だと判断した。故に消し飛ばした」
「貴女がそれほど言うくらいの力を…………え、ちょっと待ちなさい今、消し飛ばしたって言ったの?」
「……その問いには肯定する」
ふむ。迅速に報告すればあるいはと思ったが、やはり聞き逃さないか。さて……。
「…………チギリ、貴女まさか、周りも一緒に消し飛ばしてたりはしてないわよね?」
おっと、やはり薮をつついたか。セルファの眉間に皺が寄り、眼光は鋭く変わる。魔力を拳に集めるのはやめて頂きたいところだが。
「…………。その問いに関しては否定するが弁明を求める」
セルファらアルラウネは環境が破壊される事を何よりも嫌うのだ。本来他者には温厚なのだが、故意に荒らす者がいれば容赦しないのも彼女らの気質だ。
目の前の今にも激昂しそうなセルファに、なんとか弁解せねばな。
「…………いいわ。貴女の言い分を聞こうじゃないの」
「……うむ」
我は、魔族が如何に危険だったか、放っておけばあらゆる物を破壊していただろうと説明した。
実際、手を抜いて勝てる相手ではなかったのだ。頭の方は見識浅薄であったが、実力では、Aランクパーティでも全滅する可能性があると加えて告げた。
それを聞いたセルファはどうやら辛うじて怒りの矛を一先ず抑えてくれたようだ。我は内心安堵する。セルファは怒ると……少々、いや相当に怖いのだ。
「…………わかったわ。貴女に依頼した私にも原因がある訳だし、それに貴女でなければもっと被害は広がったかもしれないのも事実だもの」
「すまない。魔族を葬るのに術を選んでいられなかったのだ」
「納得することにしておくわ。……それで、魔族がこの辺りに現れた目的は何か掴めたのかしら?」
我はふむ……。と顎に手を当てる。
魔族が現れた理由も目的も把握している。しかしこれは弟子に関わるものだ。
その事情がギルド絡みになるとどうだろうか。
もしギルドの支部間で情報が共有されれば、他のギルドでは弟子達との関与を嫌がり、冒険者としての権利を受けられない事例も起きるかもしれない。
事情を明かすかどうかは弟子が判断する事だ。師匠である我が彼らの尾を引いてはならない。
という事で黙っておく。すまないな。セルファ。
「……いや。だが魔族は何かを捜索していたようだ。情報としてはそれが全てだ」
「そう。まだまだ調査は必要だけど、一先ず依頼は達成ね。お疲れ様、助かったわ」
我は頷き、踵を返して部屋を出た。
我は顎に手を当てて歩きながら思考する。
さて……弟子達よ、あれ程の力を持った魔族が相手になる時が、近い将来やって来るかもしれんぞ。今のままでは為す術なく命を散らすだけだ。
何より彼らの為に、彼らに戦う術を叩き込まねば――
3人で今日の依頼をこなして、ギルドのカウンターで受け付けのヴァーミさんから依頼の報酬を受け取った。
いつも通りの明るい笑顔のヴァーミさんは、報酬を渡した後僕達に語りかける。
「クサビさん達、最近ギルドに通い詰めですねっ たまにはちゃんと身体を休ませてあげてくださいね? 今日もこの後皆さんで訓練所へ行かれるんですか?」
「はい! 私達、次の目的地が決まったのでその為にもっと力を付けないと行けなくって!」
と、サヤは返す。
「あと、おかねもたんまり貯めないと」
と、食費に一番影響力を見せるウィニが言う。
するとヴァーミさんは少しだけ眉尻を下げながら穏やかに微笑んだ。
「次の目的地……そうですか。もうすぐ旅立たれるんですね〜」
どうやらいつか来る別れを惜しんでくれていたようだ。
僕はしんみりしないように明るく言葉を返す。
「でも、もうしばらくはここに居るつもりですから、それまではまだまだお世話になります!」
するとヴァーミさんは優しい笑顔を向けてくれた。
「はいっ! それまではしっかりサポートしますからね!」
僕達もそれぞれ前向きな反応を返した。
「あ……そういえば……。クサビさん達はこれからもパーティとして活動して行くんですよね? パーティ名などは決めないんですか?」
「「「――あ」」」
そうだ。パーティ名! すっかり失念していた。
確かに決めておいた方が何かとスムーズだよね……。
しかし、名前かぁ。後で皆と考えないとね。
僕は頭を掻きながら笑う。
「あはは……。すっかり忘れてました。決めておきます」
はいっ と笑顔でヴァーミさんは返す。
すると、丁度その後ろの階段から人影が降りてくるのが見えた。
外にカールした紫色の長い髪。紺色のローブにつばの広い魔術師の帽子。見慣れたその姿は、僕達が尊敬する人、チギリ師匠だ。3日ほど街を離れると言っていたけど戻ってきていたんだ!
チギリ師匠は顎に手を当て何か考え中といった様子だ。
「師匠! 戻られていたんですね!」
サヤが尊敬の念を声に含ませながら師匠に駆け寄っていく。僕とウィニもそれに倣って後に続いた。
「――おや。久しいな。うむ。ギルドマスターに帰還を報告してきたところさ」
サヤの声に気付き顔を上げた師匠。サヤは師匠のローブの裾が切り裂かれた痕があるのに気付いた。
「……師匠、その裾の所どうしたんですか? なんだか獣に引っ掻かれたみたいに……」
サヤは心配そうな顔でローブの状態を確かめる。師匠が怪我をしていないかと思ったのかも。
チギリ師匠は口角を上げて微笑んだように見せ、怪我はしていないよ。とサヤに穏やかに伝えている。
そして僕の方に向いて表情を改めた。
「丁度いい。このローブの事の顛末を教えてあげよう。クサビ、君にも無関係な事ではないのでな。」
……え? どういうことかわからない。
そんな表情をしていると、師匠はスタスタとギルドの飲食スペースの隅の席を陣取り、僕達に手招きした。
僕達は席に着く。
「それで、僕にも関係ある話とは……?」
「まあ、その前に食事にしようではないか。ウィニが空腹に耐えているところを見続けるのも不憫だしな。師匠と愛弟子との再会の祝いと洒落込もうじゃないか」
本題を切り出そうとすると、師匠はわざとらしく飄々とそう言う。
「さすがししょお。すき」
……まあウィニもお腹空いてたしいいか。
それぞれが注文した料理が配膳され、師匠も加えた4人でテーブルを囲んで食事を始める。
すると師匠が左手で魔力を解放し、軽くテーブルをトンと叩く。
その瞬間、周囲が静寂に包まれた。
あまりにも無音な空間への変化に、僕とサヤは顔を見合わせ、ウィニは一心不乱に食事に没頭している。たぶん気づいてない。
師匠は、きょとんとした僕とサヤの反応を見て楽しげに笑う。
「ふふ。内緒話をする時には便利な魔術さ。このテーブル席の周りだけ音が入らず、音が漏れないようにした。名付けるなら、『クワイエットエリア』とでも呼ぼうか」
そして師匠は、さて。と話し始めた。