「――では話をしよう。この数日、我はギルドの要請である調査に出向いていた。内容は花の精霊が報せてきた、異常な瘴気の発生源の調査だ」
「そんなことがあったんですね」
「もぐもぐ」
「…………」
一人を除いて僕達は真剣な表情に改めて、師匠の話を聞き入った。師匠はさらに話を続ける。
「我は瘴気が感知された、とうの昔に朽ちた遺跡跡に赴き調査を開始したのだ。瘴気の痕跡がこの街の方向に移動している事から、魔族に類するものと仮定して追跡したのだ」
「……ごくり」
「それで、どうなったんですか?」
「うまうま」
「痕跡を追跡すると、我は一体の魔族に遭遇したのだ。奴は言葉を用いる程の知能を有していた。魔族は力が強ければ強いほど知能も優れるのだ」
「――っ!」
「その魔族、まさか!」
「……くさびんたべないの? 代わりにたべよっか?」
「奴は強大な力を有していた。我は奴から目的を聞き出した後、死闘の末に奴を葬ったよ。……このローブはその時に掠めてしまってな。この有様さ」
師匠は切られたローブの裾を手をひらひらさせて見せる。だが犠牲になったのがローブの裾だけで良かった。
「倒せたんですね……よかった」
「師匠、その魔族の目的って、まさか……」
「……モシャモシャ」
そして真剣な表情になった師匠の目の気配に厳しさを宿す。
「クサビ、君が察している通りだ。 奴は君と君の神剣の捜索を命じられていた。だが、どうやら居場所を特定した様子ではなかったのは不幸中の幸いだったよ」
「……やっぱり! 探し回っているんだ……」
「今の私達がその魔族に遭遇していたら…」
「さぁやも食欲ないのか。しかたない」
「うむ。サヤの憂慮は杞憂ではない。今後も魔王は眷属を使って君達の行く手を阻むだろう。今の君達がその魔族に出会えば、瞬きすら許されずにたちまち命は狩られよう」
僕は危機感を募らせる。師匠でようやく勝負になるレベルの敵を相手にするには分が悪すぎる。
すぐにでも強くならないと……! せめてここで師匠の教えを受けられる間になんとしても力を付けなければならない。
僕は決意を宿した瞳でチギリ師匠をまっすぐ見つめる。
「師匠! 今よりももっと僕を鍛えてください! 僕はすぐにでも力を付けなければなりませんから……!」
「私も! まだまだ弱い私を鍛えてくださいっ!」
「むぐむぐ。うみゃい」
勢いよく立ち上がる僕とサヤ。その瞳には一切の迷いはない。
瞳に宿した覚悟を受け取った師匠は、その様子に大きく頷いた。
「わかっているさ。むしろ、我が良いと言うまでこの街から旅立たせんから覚悟しておくことだ」
「「はい! よろしくお願いします!!」」
「ふぁぁ……。おなかいっぱい」
「教え甲斐のある弟子達で我も楽しいよ。――さあ、料理が冷めてしまうな。改めて食事を楽しもうじゃないか」
はい、と僕とサヤは席に着く。そして食事に手をつけようとすると……あったはずの料理の皿がない!
僕とサヤは同時に、満足そうな顔でお腹を摩っている猫耳の食いしん坊に目をやる。そのテーブルの端には綺麗に完食した皿が積み重なっていた。当の本人は悪びれもせず、なんとも幸せそうな顔である。僕はウィニの食い意地には慣れた方だと思っていたけど、さすがに僕の分も食べられると腹も立つ。
お腹は膨れるか減るかで十分さ。立たせる必要なんてないというのにウィニと来たら……。まったく。
「……ウィニ?」
「にゃ?」
ウィニは気の抜けた返事でサヤを見ると、瞬時に猫耳が後ろに引き下がって顔が引きつった。サヤが拳を握りプルプルと震わせている。
サヤの方から怒りの気配を感じる。どんな表情でウィニを見ているのか、僕も恐ろしくてサヤの方を向けない……
僕のウィニへの怒りはサヤの強烈な怒気によって完全に萎縮してしまった。
チラッとウィニの怯えた目が僕に助けを求める。いや、僕も被害者だぞ。
「――――――っっ!」
サヤが怒りを溜めに溜めている。無言の圧がピリピリと僕にまで伝わり、まるで空気が怯えているかのように錯覚する。
その怒りに晒されたウィニの心情たるや……あ、いや自業自得だったね。南無。
そこに、やり取りを全て見ていた師匠が楽しそうに言った。
「――ああ、もうこれは解除で良いな。さあ、食事の続きだ……ふふ」
師匠がパチンッと指を鳴らす。すると周囲の賑やかな音が戻ってきた。
ということは、……あ。まずい。
サヤが大きく息を吸い込んだ音が聞こえた。
そしてクワイエットエリアの解除とほぼ同時にサヤの怒りが爆発した!
「――――こおおらあああ! ウィーーニーーー!!」
「ひゃあああっ! さぁやごべんなざぁぁい!」
ギルド中に轟くサヤの怒声とウィニの泣き声。
何だ何だと集中する視線。
顔を手で覆いながら肩を揺らして笑いを堪える師匠……。
集まる視線に恥ずかしくて赤面する僕。
……師匠。こうなるの分かってやりましたね!?