冒険者ギルドにやってきた。
中に入るとなにやら騒然とした様子に、何事かの問題が発生した事を悟る。
カウンターには受付けのアリル、ギルドマスターのセルファ、そして花の精霊が集まっている。
花の精霊がここに居るということは、また瘴気の気配を感知したのか。
我はカウンターの集団に向かった。
「――チギリさん、お疲れ様です。良いところにいらっしゃいました」
受付けのアリルが我に気付き声を掛けてくると、セルファと花の精霊もこちらに振り向いた。
「チギリ、待っていたわ。今花の精霊から瘴気の反応を感知したと報告を受けたところよ」
と、セルファは泰然としながら答えると、ふわりと宙を舞いながら花の精霊が我とセルファの間に割り込んだ。
「チギリちゃんっ 大変なの〜! 近くで急に濃い瘴気の気配を感じたの!」
普段は天真爛漫としている花の精霊も、外敵の気配ありとなれば呑気にはしていられない。大樹の精霊と共にこの街を守り抜いてきたのだから当然ではある。
「また魔族が出現したのかな? 場所の詳細を教えておくれ」
「それでしたら私からご説明致します」
我の言葉のあと、アリルが周辺地図を取り出しながら主張した。
「花の精霊様よりご報告があった場所は、こちらです」
アリルは場所を指差す。ここは純潔の泉と呼ばれる場所だ。魔力溜まりが濃い場所で、聖水が湧き出す泉であり、その周辺には薬剤に重宝する素材が群生する事で知られている。
しかし、瘴気とは真逆の存在である清らかな泉に何故このような事態が起きているのだ。
花の精霊は瘴気の気配をと言った。魔物がとは言っていないあたり、瘴気溜まりが発生したのか。
どちらにしても現地を調査せねばなるまい。
「……ふむ。花の精霊よ、瘴気溜まりの気配を感知したという事で相違ないかな?」
「うんっ! 私が感じたのは濃い瘴気の存在だけ。特に移動もしていないみたいだから、瘴気溜まりだと思うわ!」
そこに、アリルが話を続ける。だがいつも沈着冷静な彼女が些か落ち着きがない様子だ。
「チギリさん、その……。この泉に今依頼で向かっているパーティが一組います」
「……どのパーティかな?」
アリルは一瞬口ごもったがすぐに返答する。
「……Dランク冒険者。パーティ名、希望の黎明です」
「……なに…………」
間が悪い事態だ。クサビ達が今まさに危険地帯に足を踏み入れているのか。
「貴女の弟子達のパーティね? 彼らは行方不明になったアルラウネの娘を捜索する為に、失踪場所の純潔の泉に向かったそうよ」
我は顎に手を当て思考する。
――花の精霊よりもたらされた瘴気溜まりの発生。
時を同じくしてアルラウネの娘が当該地域で失踪。
もし、その娘が何らかの理由で瘴気溜まりの中に入り込んでしまったと仮定すると……。
瘴気にやられたその娘は、瘴気の度合いによるが強力な魔物と化すだろう。
そして、そこにクサビ達が依頼の為やってきたとしたら――
思考の末、散りばめられたパズルのピースが、嫌な予感を孕みながら次々とはまっていく。
この仮定が正しかった場合、クサビ達の身が危険に晒されている……!
パズルのピースが完全にはまった時、我は踵を返して外に出ようとする。
「チギリ! 何処へ行くの!」
セルファの声に振り返ることなく我は答える。
「無論、弟子のところへ。事は一刻を争う」
「わかっているわ。だから貴女にギルドから正式に調査を依頼します。……直ちに現地へ向かい、瘴気溜まりの発生原因を調査してちょうだい」
我はセルファに振り返り頷く。
「承知した。だが、弟子の安全を確保した後でとさせてもらおう。それから、浄化人員を含めた何名かの応援を要請してくれ」
「わかったわ。貴女も気をつけて。よろしくお願いするわ」
「応援なら私が守備隊に掛け合うわ! そっちの方が早いでしょ?」
花の精霊が真剣な表情でそう言うと、返事を待たずに飛び出して行った。
我もギルドを出て目的地へ向かう。
クサビ、サヤ、ウィニ……。我が着くまで無事でいてくれ!
胸の奥の胸騒ぎと焦燥感に苛まれながら、弟子達の無事を祈りつつ先を急いだ。
僕達は、行方不明になったマレイさんを捜索していた。
泉の周辺には手掛かりはなく、痕跡らしき物も発見出来ない。
「……どこに行ったんだ」
泉の外側を調べて見ることにした。
僕は、泉の近くに生えている太い幹の木に目をやる。
この木、なんだか変な感じがする……。
何の変哲もない木のはずだが、何故か気になる。
僕はその木に近づき、幹に触れてみる。……うーん。特に異常はない。
コンコンと軽くノックしてみる。
すると、妙に軽い音が返ってきた。
「……?」
不思議に思いながらその木の反対側に回ってみた。
そこには――
木の幹に穴が空いていて、土を抉った穴が出来ている。
その穴は完全な闇に包まれ一切の光を通さない。
それどころか穴から淀んだ黒い霧のようなものが漏れ出てきている。もしかしてこれは瘴気……?
その闇に、異様な感覚が芽生えた。
僕はこの漆黒の闇に似たようなものを知っている…。
見ているだけで恐怖を覚えるような暗闇を。
これは……この闇はまるで…………っ
「おーい! 二人とも! ちょっとこっちへ――」
僕がサヤとウィニを呼ぼうと声を上げたその時、漆黒の穴の中から何かが飛び出し、僕の左肩を掠めて切り裂いた!
「ぐあっ!」
左肩から血が飛び散る……!
突如飛び出したモノから咄嗟に体を傾けたお陰で肩を掠めるだけに留まったが、そのままだったら胸を貫かれていた。
僕は肩から血を流しながら後退する。そこに僕の悲鳴を聞いたサヤとウィニが駆け出してきた。
「クサビ!? 今治療するわ!」
「くさびん、どうした!」
サヤが肩を回復魔術で治療してくれる。僕は木の幹の穴を睨み付けて叫ぶ。
「二人とも気をつけて! あの穴の中に何かいる!」
3人は武器を構えて警戒する。
すると穴の中からぬるりと這い出てくるモノが徐々に姿を露わにしていく。
緑色の体の人型の魔物。上半身は裸のようだが酷く無機物的だ。下半身は大きな花に埋まっているようになっており、そこから何本もの蔓が伸びる。
目は赤く染まり、棘の付いた蔓が何本もの鞭のようにしなりながらうねうねしている。
今しがた僕の肩を切り裂いたのはおそらくこの蔓の棘だ。
「「「――――ッ!!」」」
――マズイ奴に出くわした!
コイツは危険度はBランク相当のマンドレイクだ!
その実力は、Bランクパーティで対応できるというレベルの相手だ。ギルドの訓練所の本棚にあった魔物全集なる本を読んでいて良かった……!
……いや、遭遇してしまった時点で最悪の展開だ。
先日出現したブレードマンティスよりもヤバい相手だ。
どうする……!?
――ゴクリ――
僕は固唾を飲む。鼓動の速さが既に危険を全身に訴えている。
どうにかしてサヤとウィニを逃がす為にどうすべきかだけに考えを巡らせていた。
――突如、マンドレイクが蔓を差し向けてきた!
僕の左側を鞭打つようにしならせて襲いかかる!
「――くっ!」
なんとか反応し剣で防いだ。だがその反対側から別の蔓が迫る。
「危ないっ!」
その蔓をサヤが飛び出して斬り裂いた!
切られた蔓は、マンドレイクの近くに引っ込んだが、すぐに再生し始めていた。斬ってもすぐ復活するのか!
「すまない、サヤ!」
「相手が悪いわ! 撤退しましょう!」
「賛成……!」
僕達はじりじりと後ろに下がる。
だが予想以上に伸びる蔓が、逃げ道を塞ぐように打ち付けてくる。
下手に離れると余計に危険か。
「ウィニ、離れないで、近くにいてくれ」
「ん……」
ウィニが不安気な表情で猫耳を下げている。
サヤも一瞬足りとも気が抜けないと、全周囲を警戒していた。その表情には余裕はない。
僕達は今、絶体絶命の危機に瀕していた…!