「船を叩き壊す腹積もりでござるか! させぬ!」
触手を振り上げ、船に叩き付けんとするクラーケンにナタクが叫び、迫り来る触手が船を傷付ける前に接近して刀で斬り上げる。
振り抜いた刀の目にも止まらぬ剣速に、一拍遅れて刃の軌跡が走る。その軌跡は船体を打ち付ける直前の触手に一直線に走り、クラーケンの本体と分かたれた。
ナタクの洗練されたその一太刀は流石の技量の高さを誇っていた。
だがクラーケンはこの辺りの海の凶悪な魔物だ。切り取られた触手の断面から瞬時に新しい触手が姿を見せ、何事も無かったかのように我らに襲いかかる。
「……やはりこの程度では焼け石に水でござるか!」
「――なら俺が行くぜェ!」
ナタクの横をすり抜けるように躍り出たラムザッドが、紫色の稲妻を右腕に纏いながら、クラーケンの顔面に向かって飛び込んだ。
空中で右腕を振りかぶり、纏った雷を拳に鋭利な形状に集束させ、紫電が迸る雷爪を形成する。ラムザッドは拳闘士であり、生まれながらにして複合属性の雷を操る天賦の才を持っていた。
「――ガァァッ!」
さながら野生の獣の如く、獰猛な掛け声と共に、バチバチと激しく嘶く雷爪をクラーケンの顔面に突き刺し、抉るように斬り裂き、踏み付けるように蹴りを放った。
――――コォォォ!!
ラムザッドの紫電がクラーケンの全身を駆け巡り堪らず仰け反っている。やはり海の魔物には雷が効果的か。いかに海の破壊者と言えどその理には逆らえないらしい。
強烈な一撃を見舞ったラムザッドは、クラーケンの顔を蹴った反動で船に飛び退き、着地して戻ってきた。
黒き毛並みにバチッと音を走らせた雷が時折見える。気が昂っているのだ。
――ゴォォォォォー!!
痛みにより怒り狂ったクラーケンが血走った目でギョロリと我らを睨み、10本の触手を大きく広げて狙いを定めた。
そして一斉にそれぞれの触手を打ち付けてくる!
力任せに叩きつける触手の乱打。その一本ごとに船を穿つ威力を秘めている危険があった。
止めなければ船が沈みかねん!
「護りはわたくしが引き受けましてよ!」
後方から全体を俯瞰していたアスカが参戦し杖を掲げた。
船のあらゆる部位にクラーケンの触手が叩きつけられる直前、触手の目の前に魔術障壁が部分的に出現し船を守り消滅。それが触手の乱打の着弾点全てで起きていた。
局地的かつ小規模に魔術障壁を展開することで、障壁の強度を上げることができ、かつ魔力消費を抑えなから防衛対象を守る為長期戦にも耐える。
アスカの巧みな魔術障壁の展開技術の高さ故に成せる神業である。
「船には指一本……いいえ、触手一本触れされませんわよ〜!」
アスカが防衛に専念するのなら、我らは攻めに注力出来るというものだ。
手応えを掴めないクラーケンに明らかな動揺が見られた。そして乱打を諦め、今度は触手を束ねて一点を狙ってくる。
「力押しの手法は変わらないのだな。やれやれ」
我は杖を掲げ円を描くと、頭上に出現し巨大化する岩の杭が回転しながら形成され、杖の動きを止めた時、杭の先がクラーケンの触手に向いた。
「穿て」
我は杖を振り下ろし、岩の杭をクラーケン目掛けて発射した。
其れは束ねていた6本もの触手ごとクラーケンの体に深く打ち付け、ダメージを与えると同時に触手の自由を奪った。
クラーケンが怯むと、船長の号令が木霊する。
「今だ! 一斉に放て!」
戦闘配置に着いていた兵達が飛び道具や魔術で一斉攻撃を繰り出す。大したダメージは与えられないが、相手も無傷では無かった。
我が放った岩の杭に6本の触手は使えず、残り4本の触手で乱打を繰り出すもそれはアスカによって完封される。
そしてナタクにより瞬く間に触手が斬り落とされていく。
クラーケンの目が泳ぎ、明らかな恐怖が感じられる。
――クラーケンよ、散々破壊の限りを尽くしてきたのであろうが、我らの前に現れた時点で命運は尽きていたのだ。結束した我らに勝てる見込みは万に一つも有り得ない。
「ラムザッド、もう行けるだろう?」
「当然だッ! 溜めに溜めた力で木端微塵にしてやンよ!」
雷の力を溜めていたラムザッドが腰を低く構えた直後疾駆する。抑えきれぬ程の魔力が紫電となりラムザッドを閃光たらしめた。
そして破壊者にとどめを差すべく紫電を纏いし閃光は宙を舞う。
その時、必死にもがき足掻いていたクラーケンの触手が、体に突き刺さった岩の杭を抜き取りながら解放された……と思いきや、我のついでに放った追加の岩杭の直撃を受けて3本の触手が再び体に縫い付けられた。
残りの3本の触手はナタクの一閃と、アスカの風魔術の刃で為す術なく切断されていた。
この時ラムザッドは既に、再び刺さった岩杭に飛び乗りさらに高く跳躍して、クラーケンの頭上で狙いを定めて構えていた!
「――ゴォアアァァッ!!」
獣の如く轟きながら、クラーケンの脳天目掛けて魔力を集束させた一撃を打ち抜いた。
その一撃によりクラーケンの体は、頭部から下に振動が伝わるように体が波打ち、一拍の後体内がボコボコと膨れ上がっては内部から破壊され、やがて破裂するように木端微塵となった。
爆発四散してクラーケンの肉片が飛び散るも、アスカが障壁で防いで難を逃れていた。
あまりのクラーケンの壮絶な最期に、船内の者は皆絶句していた。
そこにラムザッドが船上に着地し猛虎のように吠えた。
「ガオオオーッ! 海の藻屑にしてやったぜェ!」
「……おおーー!」
ラムザッドの勝鬨を皮切りに船員達が遅れて勝利を認識し歓喜の声を上げている。
「こら〜ラムザッド? ほんとに木端微塵にする人がありますの!? 危うく魔物の肉片で船が酷いことになるところでしたわ!」
魔術障壁で船内が肉片塗れになるのを防いでいたアスカが頬を膨らませながらラムザッドに問い詰めている。
アスカの剣幕に驚くラムザッドを眺めていると、ナタクが寄って来た。
「流石、皆歴戦の猛者揃い。問題なくクラーケンを討ち取れたでござるな。先程海に落ちた者達は救助したようで、この戦いで命を落とした者は居ないでござる」
「そうか、それは僥倖だね。ではファーザニアへ向かうとしようじゃないか」
クラーケンの討伐が成り、船は悠々と海を進む。
目指すは魔族の侵攻に晒されているファーザニア共和国。
これから待ち受けるであろう魔族との遭遇に、我は進路を見据えながら密かな戦意を紛らせるのだった。