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Ep.154 開花

 冒険者ランクがBランクに昇格してから3日が経過した。


 お金を貯めて馬を買い、馬車での旅が出来るようにするべく、僕達はこの3日間毎日依頼をこなしてきた。

 さすがにBランクの依頼だけあって、活動資金の面は寂しい懐を少しは温める事ができている。


 危険を伴う依頼も多くなってくるが、皆と協力して順調に達成し、メンバーの個人のお財布にもゆとりが出てきたはずだ。


 そして今日は英気を養う意味合いで、一日自由行動にすることにしたのだ。

 皆それぞれ用事があるようで街の雑踏に繰り出して行った。


 あのウィニまでもが『用事がある』とドヤ顔で出ていったことは少し意外だったけど。てっきり一日中ごろごろしているものだと思っていた。



 さて、僕はどうしようかな。

 こういう何も予定がない日はどう過ごしていいか分からないな。うーん。


 とりあえず外に出てみよう。何か新しい発見があるかもしれない。


 そう思い至り宿の部屋を出た。



 目的のない外出は僕にとっては珍しく、最初の一歩からどの方向に歩けばいいのか悩んでしまう。

 とはいえこのまま宿の前で立ち尽くしていても仕方がないと、無意識にも比較的通り慣れた道に向かって歩き出した。


 そしてなんとはなしに歩き、程なくして僕は冒険者ギルドに辿り着く。我ながら行先の選択肢の乏しさに一人苦笑した。


「僕って、休みの日でも結局ここしか行くとこないのか……」


 ……仕方ない。今日も鍛錬に時間を当てよう。こういう積み重ねが大事なのだ、うん。

 そう言い聞かせて入口の扉に手を掛けるのだった。



 中に入ると他の冒険者が何組かいるくらいで、割と静かだった。

 丸テーブルを囲んで受けた依頼の打ち合わせをしているパーティや、掲示板の前で受ける依頼に悩んでいるパーティがちらほら。

 今まさに出発だ! と元気よくギルドを出ていくパーティもあった。


 僕は目が合った冒険者達に軽く挨拶しながら、とりあえず依頼を確認しようと進んだ。

 受けない日でもつい依頼を見ちゃうんだよね。もう癖みたいなものだ。


 そこにカウンターに立つミシェルさんの声が僕を呼ぶ。


「あっ、クサビさんおはようございます!」

「おはようございます!」


 今日も笑顔のミシェルさんは元気いっぱいに小柄な体で手を振っている。

 先日の一件で一目置かれているようで、見掛けると声を掛けてくれるようになっていた。


 栗色のショートボブカットをふわりと揺らし、くりっとした瞳が可愛らしい受付け嬢さんだ。

 幼い女の子のような容姿に見えるけど、こう見えて21歳の、僕より年上のお姉さんだと知った時は驚いたものだ。


 僕はなんとなくカウンターの方に足を向け、ミシェルさんの前に立つ。


「今日はおひとりで依頼ですか?」

「あ、いえ、休みにしたんですけど特に予定もなくて、適当にぶらつこうとしたらいつの間にかここに来ちゃいました」


 僕は頭を掻いて苦笑しながら説明すると、ミシェルさんの表情が華やぐ。

「あははっ それは職業病ですね〜!」

「はは……もう癖みたいになってますね。せっかくなので鍛錬することにしようかな」

「はい! 頑張ってください〜!」


 僕はミシェルさんに軽く手を振って訓練所に移動しようと足を踏み出したのだが、すぐにまたミシェルさんから呼び止められた。


「――あっ! 待ってクサビさん! そう言えばクサビさんにお手紙が届いてたんでした!」

「手紙? ……誰からだろ」


 ミシェルさんから差し出された手紙を受け取り裏面を見る。そこには『チギリ・ヤブサメ』と書かれていた。


「師匠からだ!」

「良かったですね〜! ではごゆっくりっ」


 僕の表情がぱっと明るくなったのを見たミシェルさんがにっこりと微笑み、僕は頷いてから丸テーブルに移動して、わくわくして逸る気持ちを抑えながら早速手紙を開封する。



 チギリ師匠の手紙の内容にはチギリ師匠の現状と、僕達を案ずる言葉が綴られていた。その言葉に心が温かくなる。


 師匠は東方部族連合の3人の代表と一緒に他国へ向かうという。さすが師匠。すでにそんな大物を説得して行動を共にしているなんて……!

 次はファーザニア共和国に向かうのか……。距離はもっと離れてしまうんだなあ。


 でも師匠も世界のため動いてくれているのだ。僕達も頑張らないと!


 と、僕は気持ちに気合いを入れ直し、じっとして居られず鍛錬するため訓練所へと向かうのだった。





 私は借りた刀と期待を握りしめて、先日打ち直しを依頼した鍛冶屋に訪れていた。

 昨日打ち直した刀が完成したとの報せが宿に届いたのだ。

 今日はちょうどお休みなので、早速受け取りに来たというわけだ。どんな刀に生まれ変わったのか楽しみで仕方がなく、思わず表情が緩んでしまう。


「おお、来たな。お前さんの刀、我ながら傑作に仕上がったぞ!」

「ありがとうおじさん! 早速見せてくれますかっ?」


 逸る気持ちが決壊し、ついはしゃいでしまいそうになる。愛刀がこの手に戻ってくるんだがら仕方ないことよね!



「さあ、しっかり確認してくれよォ! お前さんの刀だ」

「わぁ……!」


 おじさんから手渡された一振の刀に目を奪われた。桜の柄が描かれた白い鞘から刀を抜くと、私の顔がはっきりと写る程美しい刀身は芸術的な曲線に反り返る。


 私の、刀……!


 手元に戻ってきた、姿を変え生まれ変わった愛刀を感極まって胸に抱く。


 後ろでその様子を見ていたおじさんが腕を組んで、鼻を啜りながら大きく頷いた。

 私はその視線に気付いて、はっと居住まいを正しておじさんに振り返る。


「あ、ああありがとうございますっ! こんな素敵な刀にしてもらって!」

「こちらこそ、良い刀を打たせてくれてありがとうな! ……ところで、その刀の銘はどうするんだ?」


 生まれ変わったこの子の名前……。蕾のままでは可哀想よね。これからも私と一緒に成長していけるようにと願いを込めて……。


「この子の名前は……『蕚(うてな)』がいいです」

「蕚か。……良い名だな」


 蕚とは花房のことだ。花に例えられたこの子の蕾が開花して、共に成長していけるようにと祈りを込めて名付けた。


「大切にしますね! 本当にありがとう、おじさん!」

「おう! また何かあったらいつでも来てくれよ!」


 私はおじさんに丁寧にお辞儀して店を後にする。

 腰には愛刀を下げて弾む気持ちが抑えきれず、満面の笑みで街を歩く。


 鍛冶屋のおじさんが刀の整備にと、しっかりした整備道具もオマケしてもらったし、これでこれからもちゃんと手入れをしてやれるわね!


 クサビにも早くこの子を見せてやりたい。そう思いながらも、今は蕚と一緒に街を歩きたくて、宿までの道を遠回りして帰った。


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