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Ep.155 Side.W ウィニのおでかけ

 今日はおやすみの日。

 さぁやがでかけて行く時にわたしもおでかけ。


 ランクが上がってから毎日依頼を頑張ったからお財布の中もほっくほく。この街の食べ物屋を全部回っても余裕で足りる。楽しみ。


 おやつにお肉の串焼きを買って、食べながら繁華街を歩いていく。


 今日のわたしには目的地があるのだ。寄り道しないで行く。

 あ、いい匂いがこっちの方からする! 行ってみよう。




「ん。ここのお店もおいしい。覚えとく」

 いい匂いがしたお店から出たわたしは目的地へ向けて歩き出した。

 おいしいものを食べながら順調に近づいている。


 む。この匂いは……。

 この前泣く泣く諦めたお店のものだ。この裏路地を行くとあるはず。


 わたしは鼻と記憶を頼りに裏路地へ入っていく。

 この先に例のお店が……。おお、あった。


「すんすん……。いい匂い…………」


 前はお財布を気にして諦めたお店の前で匂いを堪能する。

 だけど今日のわたしはひと味違う。

 お金はある。さぁやもこれなら怒らない!

 つまりわたしの完全勝利、買い食いさいこう。


 と、勝ち誇りながらお店のドアに手を掛けた。



「――ふわぁ……。ここもおいしかった。まさに至高にして至福の時」


 わたしはお腹を擦りながら、満足気にお店を出る。

 少し食べすぎてしまったかもしれない。でもスープがおかわり自由だったから、仕方ない。

 ちょっと跳ねるとお腹がたぷたぷするけど気にしない。


 お昼ごはんまではまだ少し時間があるから、頑張ってお腹をペコペコにしてもらいたいところだ。



 よし。行先に変更はない。もうすぐ近くまで来ている。

 この道を進めばあるはず。


 わたしは辺りを見渡しながらてくてくと歩く。

 記憶によるとこの辺りにあるはず……。


「……ん! あった。おばあちゃんの本屋さん」


 そう。今日のわたしには目的がある。

 それがここ、おばあちゃんの本屋さんに置いてある魔術書。あの本の内容が気になるのだ。

 しっかり稼いできたから今なら余裕で買えちゃうのだ。


 わたしは魔術師の頂点に立つ予定の女。そして研鑽を積むことを忘れない天才にして努力の女。ふふん。



「いらっしゃい……。この前のかい。今日は金あるんだろうね?」

「おばあちゃん、わたしが来た。ちゃんと持ってる」


 お店のドアを開くと鈴の音が鳴って、その音でおばあちゃんがわたしを見てぶっきらぼうに言った。

 わたしはお財布を取り出して振ってみせる。聞くがいいこのお金の音! 今日のわたしはお金持ち。


 ふん、とそっぽを向いてしまった照れ屋なおばあちゃん。わたしは早速魔術書が置いてあるコーナーに向かう。



「あ、まだあった。よかった」


 この前見つけた魔術書だ。わたしに買われるのを待っていたようだ。


 本を手に取っておばあちゃんのところへ持っていき、カウンターにぽんと置いた。


「この本くーださーいな」

 わたしは自信満々に宣言する。


 ユラユラと揺れる椅子に座っていたおばあちゃんがこっちを向く。


「この前と変わんないよ。銀貨8枚だよ」

「ん!」


 わたしはお財布を逆さにして、中身をカウンターに出してみせる。

 見よこのたくさんの銀貨を! これなら余裕!


 おばあちゃんは『ひぃふぅみぃ……』と指で銀貨を数えたあとわたしを見る。

 にこにこ……はしてなかった。どして?


「……アンタ数も数えられないのかい? 足りないじゃないか」

「にゃんとっ!?」


 わたしは仰天してしまった。足りないなんておかしい!

 朝でかける時には銀貨10枚は入ってた!


 と必死に説明すると、おばあちゃんは深い溜息をついて呆れ返っている。


「実際にないもんはないんだよ!」

「うう……。そんなぁ……」


 確かによく見て数えてみると銀貨は7枚しかない。

 自信満々に買いに来たのに、手に入ると思っていた物が手に入らない落胆は計り知れない。


 わたしは俯いてしまい、耳もしっぽも上げる元気が湧かなかった。


「…………はぁ。しょーもない子だね、アンタは」

「……めんぼくない…………」


 おばあちゃんを二度もがっかりさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……いいよ、銀貨7枚にまけてやるよ」

「……いいの?」

「これに反省して、これからはお金の管理をちゃんとやるんだよ! それが条件さ」


 不機嫌そうなおばあちゃん。でもそう見えるだけのホントはすごく優しいおばあちゃん。

 わたしは手渡された本を両手でしっかり持ってうんと強く頷いた。


「ん! わたしはやればできる女。やってみせる」

「やれば出来るなら最初からやんな! ……まいど」


 わたしはペコリとお辞儀してお店のドアを開けた。

 そして外からチラっと顔だけ出しておばあちゃんに挨拶する。


「ありがと。きっとまたくる」

「……精々頑張んな」


 そうしてドアを閉める。

 ドアが閉まる直前に見えたおばあちゃんの表情は、どこか柔らかく、微笑んでいたように見えた。


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