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Ep.156 Side.R ある男のひとり飯

 俺は今、街の冒険者に人気の酒場に来ている。


 昼間は適当にぶらついて街の様子を観察したり、一通り見て回った後は宿に戻って昼寝したりしていた。

 そして日も暮れ始めて来た頃、再び街に繰り出したというわけだ。



 一人酒場のカウンターに座り、マスターにエールと『店のオススメを適当にくれ』と言う。


 何故このような注文をしたのかと言うと、どんな物が出て来るかでここがどういう物が評判なのか知ることができるのだ。そして一番無難で失敗しないためだ。


 程なくして俺の前にエールと料理が置かれる。

 良く煮込んだ肉を等間隔に切られたものに、腸詰、そして彩り目的に鮮やかな野菜を添えたひと皿だ。

 つまみには丁度いい。


 まずエールを喉に流し込み乾きを癒す。

 くーっ! ……なるほど、よく冷えて美味いな!


 どれ。それでは料理を頂きますか。

 豚肉のようだな。…………おお、めちゃくちゃ柔けえな。フォークで簡単に身が崩れてしまうくらいだ。一体何時間煮込んだらこうなるんだろうな。こりゃオススメなだけある。


 ウィニ猫に見せたら一瞬で平らげて、おかわりを要求するだろうなぁ。今度皆を連れて来てやろう。


 腸詰に勢いよくかぶりつけば、パリッといい音と共に中から肉汁が口の中に飛び出し、ハーブとスパイスを練り混ぜた肉の味に舌が喜んでいるのがわかるぜ。


 冒険者御用達の酒場ってだけあって間違いないな。これは良い店を知ったな。前この街に居た時はほんの僅かな期間だったから良い飯屋の情報をあまり仕入れられなかったのだ。


 飯が美味くてつい酒が進んでしまう。

 そういえばクサビ達は酒飲めるのか? 飲酒を許されてる年齢は国で違う。帝国出身の俺は15歳から飲むことが許されてるが、他の国はどうなんだろうな。


 まあ、クサビやサヤが酒をグビグビ飲んでる姿は想像出来ねえけどな。



 いい感じに酔いが回ってきて良い気分になってきた。

 俺は4杯目のエールの木製ジョッキを空にすると幸福の余韻に浸った。


 こうしていると、つい周りの客の声に耳を傾けてしまう。情報はどんな所から得られるか分からないからな。つい会話の内容に聞き耳を立ててしまうのだ。

 これも冒険者の性かね。



「――なあ聞いたか? 帝国領が魔族に侵攻されてるって話――」


 ……なぬ?


 近くで仲間数人と食事している冒険者の会話が耳に入る。

 なんか今帝国ってワードが聞こえたな。しかも侵攻されてるって?


 いや、魔王復活から隣接国である帝国とファーザニアは常に魔族の激しい侵攻を受け、一進一退の攻防をしているはずだ。


「ああ、聞いた聞いた! なんでも前線の砦が落ちて戦線が押し込まれているらしいよな」


「…………」


 俺は冒険者の話を、胸にザワつくものを感じながらも聞き耳を立てる。

 酔いすら覚めるような、言いようのない不安が俺を冷静にさせた。


「落ちた砦の周辺はもう駄目だそうだ。魔族領みたいに瘴気の大地にされちまってるらしい」

「くそっ……。魔族め!」


 あの精強と謳われた帝国騎士団を有する俺の祖国が魔族の侵攻に押され始めているというのか。

 馬鹿な。


「今は国が雇ったSSSランク冒険者が最前線に参戦してなんとか食い止めているらしい」

「そんな神みたいなやつがいれば問題ないんじゃないか? SSSランクって戦術級戦力扱いだろ」


 SSSランク冒険者、か。俺達からしたらまさに神の如き存在だ。伝説級の武具に身を包んだ者達で、腕一振りで何十体もの魔物を屠り、放つ魔術はその気になれば街一つを一撃で焦土にするという。


 ……神というより化け物だ。


 SSSランクともなれば扱いは普通の冒険者と同じとはいかない。常に居場所を把握され、その強大な力故に魔族への対処が義務とされる替わりに望むものは思い通りだ。


 そんな存在が最前線に居るのなら、しばらくは保ってくれるのではなかろうか。

 それでも不安は拭いきれはしないのだがな……。


「でもよ、帝国に行けば依頼に困ることはなさそうだよな。俺らの名を上げるチャンスかもしれねえぞ」

「はっ……。その名が地に埋もれる可能性も高ぇだろうよ――」



 冒険者達の話題は別の者へと移っていった。

 だが、帝国の情報を仕入れることができたのは収穫だったな……。


 俺とて帝国の末端とはいえ貴族の4男坊だ。祖国の危機に馳せ参じたい気持ちはある。

 だが、俺はクサビの力になると誓ったんだ。

 それにクサビに協力すれば祖国のみならず世界を魔族から退かせる事が出来るかもしれない。


 誰かが聞いたら世迷いごとと嗤うだろう。

 それでも俺は信じてる。

 たとえ道半ばで倒れようとも、この命の限りクサビと同じ道を征く。


 そう、決めたんだ――――



 俺はマスターに強めの酒を注文する。


 この胸のザワ付きを紛らわそうとするように酒を呷りたかった。


 しかしマスターが差し出したのは、さっきの豚肉の切り身の料理だった。

 俺は頼んでいないとマスターに告げようとすると……。


「お客さん、酒は楽しい気分で飲むもんさ。そんな顔して飲むものじゃないよ。美味いもの食って、心が満たされたなら注文してくれ。そいつはサービスさ」


 ナイスミドルなマスターはウィンクして接客に戻って行った。

 ……はは。顔に出るなんて俺もまだまだガキってことか。

 クサビ達の兄貴分として、マスターみたいな落ち着いたおっさんを目指すぜ。


 マスターの気遣いに心が軽くなる。

 そして頬張った料理の味と人の温かみが五臓六腑に染み渡り、心が満たされていくのをしばらく噛み締めていた。


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