魔物は人類の脅威。
これは世界の共通認識だが、中には生活に役に立つ魔物も存在する。
今日はそんな魔物の素材を集めに街から少し離れた湿地帯に来ている。
ここは水属性の力が溜まりやすい場所のようで、今回の目当ての魔物が自然と集まってくるそうだ。
僕達が受けた依頼内容はこうだ。
――スライムの油の調達をお願いします。
近々ギルドと共同で街の灯りの一斉点検を予定しています。燃料であるスライムの油を調達してください。
スライムは街の北西の湿地帯に出没します。瓶10本ほどあれば足りますが、非常に危険な魔物ですので油断なきようよろしくお願いします。
報酬 金貨20枚 依頼者 エルヴァイナ領主館民政担当 ホルター・アドロア
と、今回はスライムという魔物から手に入る素材を集める依頼を請け負ったというわけだ。
ラシードによると、スライムの油は燃料によく用いられ、普通の油よりも長持ちする特性を持つそうだ。
そしてそのスライムの特徴だが、見た目は透明なゲル状の軟体系の魔物で、体内にはスライムの弱点である核が丸見えであり、その核を攻撃する事で倒すことができるのだという。
「なるほど。なら今回はそれ程苦戦せずに終われそうだね」
「いや、ところがそうはいかねえ」
少し気楽な依頼になりそうだと思った矢先、ラシードは首を振りそれを否定した。
そうか、よく考えたらそんな楽な依頼ならBランクの依頼じゃないんだった。まだ自分がBランクって事に慣れないなあ。
「奴らは目も鼻もねえ。つまりどこ見てるのか分からない上に意外と素早いし、自由自在に体の形状を変えられるのさ。それこそ鋭利な針にだってな」
ラシードは真剣か表情で告げる。その様子で決して油断出来ない相手なのだと実感できた。
「いいか、スライムと対峙したら絶対に気を抜くなよ」
「……わかった!」
「足元も泥濘るんでて動きにくいわね、用心していきましょう」
「じめじめ、やだー」
ここは元々水属性の力が溜まりやすい場所らしく、長い間その影響を受けて、地形が年中湿った土地になっている。
異常な湿気は確かに不快指数高めだが、そういう場所にスライムは発生し、好んで住処とするのだ。
スライムから取れる油は生活に役立っている為、エルヴァイナでは時折Bランク冒険者による油の調達と、それ未満の冒険者を対象とした街中の街灯点検の依頼が舞い込むので、危険な魔物だが意図的にスライムの住処を荒らしすぎないようにしているのだそうだ。
近付きさえしなければ襲ってこないという習性も相まっていた。
なんだか家畜みたいな扱いだなあ。
だがラシードの口振りからすると、今回の目標はそんな生易しいものではないようだ。
熟練の戦士でも油断一つで一瞬で命を刈り取られる恐れのある魔物だ。
危険度もそれなりに高い為、正規軍ですら囲まれた場合は迷わず撤退を選択する程だ。
「……一つ言い忘れてたぜ。今回の目当ては油だからな、火気厳禁だからな!」
「あ、そっか! わかったっ」
「火に弱いけど、それだと油が取れないってことね。わかったわ!」
「むむ。縛りぷれいか。やむなし」
そして僕達は気を引き締めて湿地帯の奥へと慎重に進んで行った。
エルヴァイナの北西に広がる平原の一部だけ、異様な程に霧が立ち込めている湿地帯を行く。
地は泥濘るみ視界が悪く湿気が酷い。周囲を浮かび僕達を包む霧の水滴は大粒で、瞬く間に全身が濡れてしまい衣服が重く肌に貼り付いた。
ここまで濃い霧だなんて……。事前に情報を集めておけばよかった。
ウィニなんて顔が濡れるのを露骨に嫌がり、砂漠の旅で使った、猫耳カバーがついたフード付きマントを深々と被っていた。
「ここきらい……。早くかえろ!」
「皆びしょ濡れね……。今回ばかりは私もウィニに同感だわ」
「くっちゃべってる場合じゃねえぞ。……居るぞ」
「っ! どこ!?」
全員が武器を構えて警戒し、僕はラシードの目線の先を目を凝らして見つめる。
……深い霧で視界が悪い。だが前方5メートルほど先の雑草が揺れ、透明の何かが蠢いている。
確かにそこに居るのに姿が見えない……!
のそのそとこちらにゆっくり地を這うように草が掻き分けられていくその物体の、微かにだが透明な体の輪郭がゆらりと歪み辛うじて視界に捉えた……!
「これが……スライム!」
猪の子供くらいの丸い透明な体の中に、薄緑色の小さな球体が浮かんでいる。
目や鼻といった、感覚を捉える類の器官は見当たらない。前を向いているのかすらも不明だ。
ゆっくりと地を這いずって近づいてくるスライム。
明らかにこちらを捕食対象と定めている事だけはわかった。
僕は剣を正眼に構えて様子を見る。
相手の間合いは? 攻撃手段は? 誰を狙っている?
何の情報も読み取れず、確実に近づいてくるスライムに異様な威圧感を受ける。
僕の鼓動の高鳴りが危険を叫んでいる。
僕は一瞬の隙もさらけ出さぬよう、固唾を呑んで迎え討つ。
――――シュッ
「――――ッ!!」
その時だった!
スライムが動きを止めた直後、突然体から透明な棘が、僕の額目掛けて伸ばして来たのだ!
僕はそれを咄嗟に屈んで回避し、距離を取った。
…………危なかった! あれを受けていたら一撃で脳天を貫かれていたかもしれない!
「クサビ! 気をつけてっ!」
「分かってる! 周りに他のが居るかもしれないッ! 見付けづらいから周囲を警戒してくれ! コイツは僕がやる……!!」
僕は再び剣をスライムに向けて構え、他の仲間がそれぞれ別方向を警戒する。
「おっきな水の霧のせいで音が遮られてる!」
ウィニの音による索敵は場所が悪いか……! 自分の目を頼りにするしかなさそうだ。
「油断しなければ一体あたりは大したことはねえ! だが囲まれたらすぐに逃げろッ!」
「……わかった! いくぞ!」
僕は意を決して、意思の見えないスライムに狙いを定めて駆け出した!