「やああー!」
スライムに一気に迫り、核を狙うべく剣の切っ先を目標に向ける。
しかし、僕が肉薄するより先にスライムが反応し、棘を伸ばしてくる!
――――キンッ!
剣の腹で棘を防ぐと金属同士がぶつかるような音と火花が散る。
スライムは軟体生物のはずなのに、棘は鋭利な上に非常に硬い。
「くっ! 足場が悪くて速度が出ないっ」
足下が泥濘るんで思うような機動が出来ない。
地の利はスライムの方にあるということか……。
スライムは続けて棘を連続で突き出して襲い来る。
それを避けるも棘の一本が僕の右太腿を掠め、少し血が飛び散った。
僕は些細な傷などに構わず、左腕を貫こうとする棘を剣で受け流しつつスライムに肉薄した!
「――せやあっ!」
僕は左下から斜め斬りを放ち、スライムの核ごと体を斬り裂く。
……ことは出来なかった。
スライムの体に食い込んだ剣の刃は想像以上の抵抗感を手に伝え、核に至る前に刃は止まってしまったのだ。
すぐにスライムが反撃に移り、伸ばした体の一部を変形させ鋭い刃と化し、僕の頭上から振り下ろしてきた!
死の危険を色濃く感じ、即座に飛び退く。
コイツ……。刺突だけでなく斬撃も繰り出してくるのか!
「他にもいるぞッ! お前ら! 絶対に気を抜くな!」
「こっちにもいるわ! ……くっ」
「見えづらくて厄介……!」
他のスライムが集まってきている……!
この一体に時間を掛けてはいられない。コイツを倒して早く皆の援護を……!
僕は無意識に剣に魔力を込め、火を纏わせながら剣を振る。
剣を振りながら、油を得る為には火気厳禁である事を思い出したが、発動した炎は辺りの霧の干渉によってすぐに消えてしまった。
いざと言う時の火属性も有効ではないのか……。
――ならば!
「周りの水気を使って……っ」
僕は右手をスライムに向けて集中して魔力を練り、辺りに漂う大粒の霧が1箇所に集まるイメージを頭に思い浮かべる。
小さな水溜まりが右手の前に集まっていく。それは掌ほどの大きさの水球になり、それが圧縮され小さくなり、さらに水滴が次々と集まり再び大きくなる。
周りの水気を利用して、それをぎゅうぎゅうに集める……。
「――いけぇ!」
そして圧縮されて頭一つ分の大きさの水球をスライムに撃ち出した!
それは勢いよく飛来してスライムに直撃する。
水圧の衝撃でスライムはそのゲル状の体の一部が吹き飛び、核が剥き出しになる!
今こそ好機と僕は弾かれるように飛び出し、スライムの核に剣を突き立てた!
――――――ッッ!
核を貫かれたスライムが一瞬ビクッと全身を逆立てた後動きを止め、ゲル状の体がドロドロに溶けて地面に油溜まりを作った。
よし、倒したぞ! ……この油を集めればいいのか。
――って、今はそれどころではない! まずは他のスライムを倒さなくては!
僕は仲間達の元へ戻りながらラシードに視線を移す。
ラシードは以前にもスライムとの戦闘経験があるようで、無駄のない動きで倒していた。
飛びかかるスライムをハルバードの回転で弾き返し、即座に反撃。素早い刺突で核を一突きしている!
ラシードの方は心配なさそうだ。
僕はサヤとウィニに目をやり、様子を確認する。
サヤは居合の構えを崩さずに立て続けに襲い来る棘を躱しながら相対するスライムに近づいている。
そしてすれ違いざまに鋭い一閃を放ちスライムを核諸共両断した!
サヤの新しい刀の切れ味は然ることながら、サヤの居合の技術ならば斬撃でもスライムを斬る事ができるのか。
さすがサヤだ。僕も負けていられない!
そしてウィニは、対峙するスライムから距離を取って詠唱をしていた。
「贖え……贖え……。土塊の牢獄……針の抱擁! ――ロックメイデン!」
杖を振って魔術を発動させるとウィニの杖の宝玉が黄色く光る。ウィニの狙いを受けたスライムの周囲に土の檻が生成されてスライムを閉じ込めた。
その直後に檻の中から鋭い音が響き、檻の隙間からスライムの油が滴った。
狙ったものを土の檻で閉じ込め、中の無数の針で穴だらけにする、上級地属性魔術ロックメイデン。
いつ見ても無慈悲なこの魔術を受ける魔物に、思わず僕は同情してしまうんだ。
この魔術を使えば確殺できるだろう。だが上級魔術の連発は魔力消費が激しいはずだ。膨大な魔力を誇るウィニとはいえさすがに苦しいだろう。
僕はウィニを援護する為近くに位置取り、周囲を探る。
奴らは透明で、じっとして動かずにしていられたら完全に擬態されてしまうので厄介極まりない。
あと何体居るのかも把握できず、何処にいるのかも掴みきれないが確かに気配を感じる。地を這い蠢く存在の気配が!
「っ! ……いた! くさびん左っ」
「了解! ……あれかッ!」
ウィニの声に従い左側に目を凝らすと、草を掻き分けて進むスライムを視認し、僕は駆け出した。
剣の間合いよりスライムが伸ばす棘の方がリーチが長いが、突き出してくる速さに目が慣れてきていた。
接近しながら落ち着いて棘を剣でいなし、間合いに捉えて魔力を手に込めて片手で袈裟斬りを繰り出した!
強化魔術で繰り出した袈裟斬りがスライムの体をさほどの抵抗なく斬り込み核を破壊する。
よし、コイツの倒し方はわかった。
強化魔術の乗せた攻撃か、速度をつけて突き刺すか、さっきみたいに水属性の魔術で強い衝撃を与えればいい。
「お前らちゃんと対応出来てるな!」
ラシードがスライムの攻撃を半身ずらして回避し、カウンターで突きを放ち、確実に葬っていく。
「気は抜けないけどっ……大丈夫よ!」
サヤは刀を構えてスライムの斬撃を受け流し、流れに任せて斬り上げて、美しい刃が項を描いて煌めく。
「こっちはくさびんと一緒にやっつける」
「ああ! 援護は頼んだよ!」
「よし! この調子で狩るぞ!!」
「――はぁ……っ、はぁっ…………」
大粒の霧立ち込める泥濘るんだ平原の至る所に、スライムであったものが油溜まりとなって散乱していた。
仲間達とひたすらに姿を探し戦い続けた結果、通算十数体ものスライムの核を砕いた。
注意深く周囲を探り、増援の気配はないことを確信してようやく剣を下ろす。
皆、霧の水分を吸い込んだ防具でずっしりと重たく、泥濘るんだ場所で動き回ったせいで泥塗れとなって、それぞれが息を整えようと肩を上下させる。
「やっと……おわった……?」
「はぁ……はぁ……。どうやら……そのようねっ」
危険が去ったことで安堵の表情を見せるウィニとサヤ。
ラシードは小瓶を取り出し、地面に残されたスライムの油を採取し始めていた。
「大漁だな! 依頼分より多く取れるんじゃねえか?」
と、興奮気味に歓喜しながら手慣れた手つきで手際良く油を回収していく。
「皆怪我はない? ……結構大変だったね…………」
僕は疲労困憊といった様子で言い、油の回収に手をつけた。もうヘトヘトだ。服もぐちゃぐちゃだし、早く帰りたい……。
「だがこれならかなり稼げるはずだぜ! さっさと回収して気を抜かずに帰ろうな」
「……そうだね! 報告するまでが依頼だもんね!」
危うく気を抜くところだったが、冒険者としての心構えを思い出し気を引き締め直した僕達は、もうひと頑張りと気合いを入れて、いそいそと油を集めていくのだった。