スライム討伐を経てようやく湿地帯から脱出した僕達は野営の準備をしていた。
陽はまだ高い位置にあったが、水分を吸って重くなり泥塗れの全身をとにかく身綺麗にしたかったのだ。
野営とはいっても、服を乾かす為の野営だ。
これには満場一致となり、それぞれがテキパキと準備に取り掛かった。
幸い日差しは暖かく、空には雨が降る気配はない。
地属性魔術が得意なウィニに頼んで、棒を二本作ってもらい、ラシードが所持しているロープを、地面に突き刺したその棒に引っ掛けて、即席の物干し台を作ることにした。
「ん。そのくらい楽勝。ぬ〜〜……」
ウィニが器用に地面の土を魔力で操作して棒状に変化させていく。ウィニのこの魔力操作には、主に野営の際に度々お世話になっていた。
まあその度にご褒美を上げないとやってくれないんだけどね。これも利害一致という事にしておこう。感謝もしてるしね。
「……よし! いい感じの物干し台ができたな!」
即席の物干し台が完成して皆で喜び合う。
……なんかこういうの良いな。いつか平和になったらこういう穏やかな旅もしてみたい。
「んじゃ早速……っと」
と言いながらラシードが豪快に装備を脱ぎ捨てていき、平原のど真ん中でパンツ一丁になった。
「きゃっ! ……ちょっとラシードー!」
「きゃー」
サヤがラシードの格好に赤面し、手で顔を覆い隠しながら抗議の声を上げる。
ウィニも無表情でわざとらしい棒読みの悲鳴を上げ、サヤ同様に手で顔を隠していた。……いや、指の隙間からしっかり見ていた。
「おおっと! わりぃわりぃ! だはははは!」
まったく悪びれなく謝り豪快に笑うラシードは、自分の荷物から布を取り出してサヤとウィニに手渡した。
「ほれ、これやるよ。脱いだらこれ使えばいいさ」
「えっ……あ、ありがとう…………」
「フッ。気にすんなって。……俺達、仲間だろ?」
そう言いながらラシードがキザったらしい笑顔で白い歯を見せつけて、僕の方に戻ってくる。
そんなラシードの後ろ姿を訝しげに見る女性陣。
そして僕にしか見えないが、鼻を伸ばして顔が緩みきったラシードが僕に肩を組んできて小声で言う。
「クサビ……。男たるもの時には目の保養が必要なんだぜ。……わかるだろ?」
「……そんなだらしない顔で言われてもね…………」
とはいえ、服は乾かさないといけないし、脱がないことには始まらない……。
僕は心臓の鼓動の高鳴りが早まっていくのを感じながらも、おずおずと服を脱いで下着姿になった。
くっ……。平原のど真ん中でパンツ一丁になるとは……。
微かな風が吹いてスースーする。何処がとは恥ずかしいので言えない。僕達以外には誰も居ないのが幸いだった。
「いい!? 絶対こっち見ないでよね!」
「見たら、成敗する」
顔を真っ赤にしてこちらを警戒して叫ぶサヤと、仏頂面のウィニ。
二人とも年頃の女性だ。恥じらうサヤが可愛いとは思うけど、今は誠実を貫く所存だ……!
……むしろ僕も相当恥ずかしい。
「分かってるよ! 僕らは後ろ向いてるから!」
「それから手で顔を隠してて! いいって言うまでこっち向かないでよね!」
「わたしの裸が見たいのはわかる。でもおあずけ」
「アホか!」
パンツ一丁の僕とラシードはサヤ達に背を向けて両手で顔を覆う。
視界を塞いでいるせいか、衣服が擦れる音がやけに良く聞こえてしまい、僕の鼓動が余計に高鳴りを早め、つい意識してしまう。
すぐ後ろではサヤが素肌を晒しているんだよな…………。
――っ! ダメだダメだっ! 何を考えてるんだクサビ!
何も考えるな……っ! 僕は石……。僕は石…………。
「も、もういいわよ……っ」
程なくしてサヤのたどたどしい声が届き、僕とラシードは振り向いた。
そこには、衣服を脱いで露出した肌を胸の辺りで布一枚だけ纏っているサヤとウィニの姿が飛び込んできた。
「い、いいと言ったからって、あんまりジロジロ見ないでよね……!」
「とくにラシードおまえはダメ」
「なんでだよ! いいじゃねーか減るもんじゃなしッ」
見るなと言われると余計にサヤに視線が移ってしまう。
そしてその視線は男心ながらにサヤの豊満に象られた谷間へと…………ッ!?
ダメだって!! そんな目でサヤを見ちゃダメだっ!
僕は慌てて目を逸らせる。顔が熱を帯びているのを感じながら、落ち着かない胸中相まって目のやり場に困り視線を泳がせた。
サヤも僕やラシードに背中を向けたあとこっちを睨む。
羞恥心と不満が入り交じったような顔で、耳まで真っ赤にしていた。
「クサビも見ないでっ」
「み、見てない! 見ないっ!」
サヤのあんな顔は初めてでドキッとしてしまう。
「なんつーか、お前らウブだな」
「少しはくさびんを見習えエロード」
「なんだとう!? なんか俺にだけ当たり強くねぇか!? ウィニ猫よぉ!」
「ふんだ」
パンツ一丁の男と布一枚の白猫がやいのやいのと騒がしい。
しまいにはついウィニやサヤの方を向いてしまったラシードが、ウィニの地属性魔術で石をぶつけられていた。
そんな騒々しいやり取りもようやく落ち着き、この気まずい状況を早くなんとかしようという僕の案は、3対1の多数決で可決され、魔術で服を乾かそうという事になった。
即席の物干し台に掛けられた皆の衣服に向けて温風を吹きかけ続けるのだ。
そこで僕が火を起こし、ウィニがそこに風を吹かせる事にして、これで温風になるはずだ。
でもこれをするには、僕のすぐ隣に布一枚姿のウィニと隣り合う必要があるのだ。
「そ、そっち見ないようにするから」
「くさびんも男の子だな。うふん」
「…………」
などとウィニが悪ふざけをしていると、サヤの物言わぬ視線に気付いたのか、サヤの方を向いた後すぐに前を向いて背筋を伸ばして真面目な表情になった。
……一体サヤのどんな顔を見たのだろうか。僕は知らない方がいいかもしれない。
干した衣服の前で僕は右手を前に翳して火魔術で炎を起こし、隣に並んだウィニが左手で風を起こす。
温かい風がそよそよと吹き、濡れそぼった衣服をなびかせて乾かしていった。
やがて乾き終えた衣服を身につけて、ようやくほっと胸を撫で下ろす。これでようやく気まずい時間も終わるはずだ。
目的を果たした僕達は野営を撤収させて、気を取り直してエルヴァイナへ向けての移動を再開する。
道を歩いていると、サヤが僕に近づき歩幅を合わせて隣に並んできた。そしてチラッと僕に視線を送ってきた。
「クサビ……さっきのは別に、嫌いだとかそういうわけじゃ……ないからねっ! 誤解しちゃダメだからね!」
サヤはまた顔を赤くしながら僕に訴える。
……サヤってこんなに可愛かったかな、などと思ってしまう。
「だ、大丈夫だよサヤ! そんなふうに思ってないってっ」
僕はサヤをしっかり向いてはっきりと答えた。
するとサヤはほっと安堵したように息を吐いて、ふふ、と微笑んだ。
「それならいいわ! ……さあ、早く帰りましょ!」
「うん。もうひと頑張り頑張ろう!」
いつものサヤの笑顔が花咲く。
それから僕達は他愛もない話をしながら、エルヴァイナまでの帰路をいつものように歩みを進めた。