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Ep.164 悪天候の中で

 エルヴァイナを発ってすでに1日。僕達は順調にイム村に迫っていた。


 道中では一度、魔物に遭遇したが、相手は荷を狙ったゴブリンが数体で、今の僕達の敵ではなく、馬車に接近される前に殲滅できた。


 その夜の野営ではテントを張って休み、見張りを交代で行った。さらにサヤの結界を加えて警備面にも抜け目はない。

 サヤはこれまでも結界の鍛錬を続けていたようで、以前のラシードを出会った辺りのダンジョンでの結界に比べて展開規模が格段に広くなっていた。


 今では馬車を含めて仲間達のテントを覆うほどの結界だ。

 魔物対策としてこれ以上ない頼もしい存在に、安心して体を休めることができた。




 そして現在。

 昨日の気持ちの良い天気から一転、曇天に微かな雨の匂いを漂わせ、時折遠くから雷鳴が轟いていた。

 これは一雨来そうだ。とはいえこんなだだっ広い平原で雨宿りが出来そうな場所は見当たらない。


 そうこうしていると、ついに空から雨が降り始め、それはやがて大粒となり勢いが増し、土砂降りとなった。


「わー。雨すごい」

「ウィニ、私の荷物からマント取ってくれる? …………ありがと!」


 ウィニが猫耳を抑えながら馬車の中に引っ込み、サヤにフード付きのマントを手渡すと、サヤはそれを素早く着込んだ。

 御者席は吹き曝しに合う為、こういう時は辛そうだ。


 激しい雨音の中、雷鳴の嘶きが鳴り響いてすぐ稲光が遠くの木に落ちた。


「この先はここよりも高所になっているわ! 雨が弱まるのを待ちましょう!」


 先頭を行くサヤが大声で僕達に提案してきた。

 雷も落ちてきている状況下で高台に行く行為はリスクが高いからだ。ここは安全を第一に考えてこの辺りで雨を凌ぐことになった。



 雨風を凌げるものは何もない平原で僕達は馬車を止め、中に乗り込んで雨が弱まるのを待った。

 しかし土砂降りの雨は止む気配が見えない。

 じっと雨に耐えている馬達をなんとかしたいが…………。


 激しい雨を凌ぐにはどうしたらいいだろうか。


 そういえばこんな強い雨に降られたのは、シズクに初めて出会った時以来だ。

 あの時はシズクが怒り狂ってとばっちりを受けたんだったっけ。


 ……。


「――そうだっ!」

「ん? どうしたクサビ?」


 僕は天啓を得たとばかりにひらめき、きょとんとしているラシードとポルコさんに微笑を返し、手を前に伸ばして瞑目して集中を始めた。


「来てくれ! ……シズク!」


 そして僕の念に応えて眼前に出現する水溜まり。それは自律的に動き出して人の形を作り出し、契約した水の中位精霊、シズクが顕現した。

 水の精霊であるシズクの力ならばこの雨を操れると思ったのだ。以前怒ったシズクが豪雨を呼び出していた事を思い出したのだ。


「……あぁ……っ! クサビ…………! また……呼んでくれたの……っ」

 顔を赤らめて微笑むシズクが僕に抱きつこうとするところを慌てて手で遮って制すると、周囲を見渡したあと少し残念そうな顔をして居住まいを正した。


「や、やあシズク。頼まれて欲しい事があって呼んだんだけど、いいかな?」

「……クサビの為なら……なんでもするわ…………っ なぁに……?」


「この辺りでだけでも、シズクの力でこの雨を避ける事はできそう?」

「……もちろん、できるわ……っ。……クサビが雨に濡れないようにすればいいのね…………?」

「う、うん! 僕と、仲間達をね!」


 シズクが嬉しそうに微笑みながら頷くと、馬車の外へと飛び出して、まるで踊るようにゆらりと宙に舞った。


 そして空に向かって手を仰ぐと、その動きに合わせて、打ち付けていた雨の流れが見えない壁があるかのように屈折して、僕達がいる辺りだけドーム状のバリアに守られているみたいに雨が避けていった。


 大雨の中で唯一濡れない神秘的な不思議な空間に、皆は馬車から出てきて空や周囲を見渡していた。


「おお! これは何と素敵な光景でしょう!」

「これは、有難いわね……!」


 激しい雨の音に包まれながらも濡れることの無い様子に、ポルコさんもサヤをはじめ皆が驚いている。僕もこの空間が幻想的でつい笑みが零れた。


「すごいねシズク! 助かったよ」

「……ほんと? 私……クサビの役に立ててる…………っ? 嬉しい……」


 宙に浮き両手を広げたまま儚げに笑うシズク。

 用がある時ばかり呼び出してなんだか悪いなと思いつつ、ここは頼りにさせてもらおう。


「ありがとう、もし辛くなったら無理しないでいいからね」

「うん……っ! しばらくは……大丈夫よ…………」


 シズクのおかげで馬達も雨に曝される心配はなくなって良かった。この雨が弱まるまではこのままここで待つことになるだろう。

 シズクに感謝しながら、しばらくこの不思議な空間を楽しんだ。



 だが、そんな楽しい時間は長くは続かなかった。


「――おお、こりゃすげぇや。なあ、俺らも中に入れてくれや、ひひひひ」


 数人の粗暴そうな風貌の男がシズクの恩恵の中に入ってきて、不快を感じる笑みを浮かべながら近づいてきたのだ。

 僕達は警戒の色を強めて様子を窺う。


「オイオイ! この水精霊そそるなァ!」

「そこのお姉ちゃんも上物だぞ、へへへ……」


「……クサビ…………。アレから邪な気配を感じる……気をつけて…………?」

「……下品な視線を感じるわ」


 シズクやサヤに下卑た笑いで舌なめずりする様子に僕達は嫌悪感を抱いた。

 その風貌、明らかに盗賊の類いの手合いだ。

 すでに向こうも刃物を取り出して略奪する気を隠していない。


「と! とととととと盗賊さんですかーッ!! はわわわ……!」

「……お前ら、覚悟出来てんだろうな?」

 大慌ててあたふたするポルコさんを遮るように立ち、怒気を向けて威嚇するラシード。


「野郎は黙って死ね! 女と積荷は俺らが貰ってやるからよぉ〜!」


 僕達はポルコさんを囲んで守るように立ち、四方からジリジリと迫る盗賊に向き合う。


 ……下衆め! ポルコさんも荷物も、サヤも奪わせはしない! これ以上下品な視線をサヤに向けることは許さない。

 僕は盗賊のリーダー格の男を睨みながら抜剣して構える。


「ハッ! 僕ちゃん、生意気な態度だなァ?」


「お前達の思い通りになると思うな!」

「そうだぞ、わたしも見ろ」

「そうだぞ! ウィニ猫は傷付いてるんだぞ!」

「ふざけた事言ってないで警戒しなさい2人とも!」


 そんなやりとりに気に障ったのか、怒りの沸点に達した盗賊の一人が顔を歪ませ、睨みながら短剣を向けてくる。


「テメエらが追い詰められてんだぞ舐めてんのかッ!? ……いいぜェ……、野郎は女が犯されるところを見せてから殺してやるよ!」


 盗賊達が一斉に襲いかかってくる!

 向こうの殺意が伝わってくる。これが僕にとって初めての人との命の取り合い、すなわち人を殺める事なのだ。


「……クサビ。やらなきゃやられる。私は貴方を守る為なら…………。来るわよっ!」

「……ああ、わかってる。……僕も同じだ!」


 サヤが敵を見据えながら僕に諭すように、自身の覚悟を語る。

 そうだ、サヤの言う通りなんだ……。

 僕もサヤを守る為なら、それがたとえ人間であっても……排除するッ!


 今は余計な考えは忘れるんだ! 振り払う火の粉を払え!

 僕は心の中の迷いを隅に追いやり、戦意を紛らせた。


「シズク! ポルコさんと馬達を守ってほしい!」

「……分かったわ……! 気をつけてね……っ」


「皆、……行くぞ!」

「おう! 不埒な奴らは成敗だぜ!」

「ん! わたしの魅力をみせつける!」

「後悔させてやるわ!」


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