新しい一日は朝特有の清々しい風が吹く晴れた日で始まった。
僕達は昨日のうちにお世話になった人達への別れの挨拶を済ませ、今日エルヴァイナを発つ。
昨日僕達は揃ってギルドに赴き、受付けのミシェルさんやギルドマスターのドゥーガさんに面会し、世話になったことへの感謝と別れの挨拶を告げ、いつかの再会を祈った。
その後サヤは刀を打ってくれた鍛冶屋さんや他のお店の人達に挨拶して回ったようだ。
ウィニはお気に入りのお店への挨拶や、古びた本屋のおばあさんに会いに行ったそうだ。
ラシードは酒場で知り合った人や、夜のお店のお姉さん達に挨拶回りだ。
そして旅立ちの日に当日、最後に牧場に行きアサヒを迎えに行く際におじさんにも出立を知らせてきた。
これで心残りなく旅立てる。また会いたい人達の笑顔を思い出しながら僕達は先に進もうと思う。
こうして『また来よう』『また会おう』と思える場所や人がまた一つ増えていくのだ。
……そんな世界に生きる人達と場所を魔王に奪われてなるものか。
「やあー! 皆さん! おはよーございまーーーす!!」
街の外へと続く北側の出口を背に、こちらに向かって飛び跳ねながら手を振っている人影が見えた。
あの元気過ぎるくらいの明るさはポルコさん以外に居ないだろう。
「おはようございます、ポルコさん! 今日も元気いっぱいですね!」
「ええ! ええもちろんですッ! それだけが取り柄ですんでねええ!!」
と、満面の笑みで答えるポルコさん。なんだか雰囲気がパッと明るくさせてくれる人だなあ。思わずこっちまで笑みが零れるよ。
ポルコさんも商人というだけあって馬車を所持していた。荷台には樽や木箱など、仕入れたものがたくさん入っていた。
「おおっ! 皆さんも馬車をお持ちなのですね!? 道中よろしくお願いしますー!」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
「ではまず、聖都マリスハイムまでは、街道に沿っていくつか村や街を経由して行きますッ! 馬の移動ならば二週間ほどで着くでしょう!」
僕達は目的地までの道筋を確認する。
聖なる水の都と呼ばれ、サリア神聖王国の首都である聖都マリスハイムまでの街道を北上していくことになる。
その道中で村や街に立ち寄りながら移動し、二週間の長い道のりの末にようやく念願の目的地に到着という流れだ。
「よし、じゃあ出発だ! 皆、警戒しながら行こう!」
「ええ! ……アサヒ、頼んだわ。さあいきましょ!」
そして僕達はポルコさんを護衛しながら再びマリスハイムへ向けての旅を再開した。
まずはここから馬車で2日の距離にある『イム村』を目指す。
イム村はカラッザ地方とサリア地方の境目に位置する集落で、小さいながら旅人の往来を歓迎する、中継地点としてはちょうどいい所らしい。
道中では僕達の馬車を先頭にして、サヤが御者席に座って新たな愛馬であるアサヒの手網を握り、ご機嫌な様子で力強く馬車を引くアサヒ。
僕とラシードはポルコさんの馬車の両脇を徒歩で、あるいは中に乗り込みながら周囲を警戒していた。ウィニは僕達の馬車の中で索敵してくれている。
今は御者席のサヤの隣に座ってじゃれているようだけど。
ポルコさんは人と話すのが大好きと語る。
道中でも僕やラシードに話しかけてはニコニコと楽しそうだった。
ツヴェルク族は皆陽気なのかと問うと、別段そういう訳ではないそうだ。ポルコさんが底抜けに明るいのは彼自身の性格なのだ。
だがポルコさんの故郷は皆明るい人達らしい。ファーザニアの大陸に里があり是非一度行ってみて欲しいと、故郷を思い浮かべながら笑みを浮かべていた。
道中がこれほどに気楽な理由は、街道沿いは昼間はさほど危険が少ないかららしい。
それでも魔物が出たりすることはある為、僕達も気を抜き過ぎないように努めている。護衛依頼だということを忘れちゃいけない。
軽快な旅は順調で、そろそろお昼時というところで、先頭を行く僕達の馬車の中から、仏頂面のウィニが顔を出した。
「お昼のじかん。ごはんを所望する!」
旅の途中のこの感じも久しぶりだ。
「そうですね! それではこの辺りでお昼ご飯にしましょう!!」
僕達は馬車を止めて昼食の支度を始めた。
依頼内容に書いてあったように、ポルコさんが僕達の分の食事も用意してくれる。
街道の横に外れて火を起こし、馬車の中から取り出した大きな鍋を使って、いろいろな食材が入った具だくさんなシチューをご馳走してくれるそうだ。
アサヒやポルコさんの馬にも食事を与えて休ませ、午後からの旅の英気を養ってもらおう。
僕達は火を囲んで腰掛けていた。
ぐつぐつと煮だったミルクベースのシチューの香りが食欲を誘う。ウィニなんて目を輝かせて鍋を覗き込んでいて腹の虫が鳴り止まない。
そんなウィニや楽しそうにシチューをかき混ぜるポルコさんの様子に周囲は明るい雰囲気を漂わせながら食事の完成を待った。
「――いただきます!」
僕は手を合わせてシチューを頂く。
ミルクの風味とコクが美味しさをさらに引き立てる。
お肉や野菜がたっぷり入った具だくさんのシチューはとても食べ応えがあり、皆美味しそうに頬張っていた。
旅の道中にこんなにちゃんとしたご馳走にありつけるなんて幸せだなあ。
「……そういえばポルコさんっておいくつなんですか?」
皆で食事をしながら、ふと気になった事を訪ねてみる。
見た目は子供にしか見えないツヴェルク族だ。
思い切って聞いてしまおう!
「僕ですかッ! まだまだピチピチの38歳ですよ!!」
「俺よりだいぶ年上だったのか! ツヴェルク族の平均寿命は長いのか?」
「んー! そうですねぇ! だいたい平均180年くらいですかねぇ!! 長生きだと200年は生きますよッ!」
耳長人ほどではないにしてもかなり長生きな種族なんだね。たしかにそのくらい生きるなら38年というのはまだ若年層になるのかもしれないね。
それにしたら僕なんてまだまだ子供だよなあ……。
と、会話を弾ませながら食事の時間は過ぎていき、馬達もしっかりと休めたようで、僕達は再び馬車を進めた。
昼下がりの陽気に平原の街道を吹き抜けるそよ風が、和やかな馬車の旅を彩り、過酷な使命を帯びた旅であることをつい忘れてしまうのではないかと思うほどに、僕の心は穏やかだったのである。