僕達のチギリ師匠や他の先生方との修行は続いていた。
毎日強者を相手にして、少しはその動きに着いてこられるようになっていた。
そんな日々に明け暮れていたら、あっと言う間に一週間が経過していた。
修行を始めた当初は毎日疲労困憊の状態で、ギルドから宿に帰る日々だったが、最近は宿に帰ってから皆と談笑するくらいには体力も付いてきた。
……成長を感じるとやる気も湧いてくるね。
そして今日は修行の終わりに、師匠達からこの後食事にでも行こうと誘いを受けた。
ウィニはよだれを垂らして大喜びしていたが、僕は知っている。
師匠から食事に誘う時は、何か話がある時だと。
サヤやマルシェ、ラシードも何か感づいたようで、目はキリっとしていた。
悪い知らせじゃなければいいが……。
そしてやってきたとあるのは、『星降る夜の女神亭』という大きな酒場だ。
ギルドからさほど離れていない位置にあり、店内は広く団体客にも対応できて、冒険者パーティ同士の打ち上げなどでもよく使われる酒場だ。
その酒場の団体席に僕達は集まったのだった。
何か話があるのは明白なんだけど、まずは腹ごしらえをしようと言う師匠に従い、皆はそれぞれ好きな料理を注文して、和気藹々とした楽しい食事の時間が過ぎていった。
「――さて、粗方空腹は満たされたかと思うが、皆に話がある」
お腹が満たされてきた頃、師匠が本題を切り出した。
一人を除いてこの予感を察知していた僕達は、居住まいを正して聞く姿勢を取った。
話し始めようとしているチギリ師匠はもちろん、おそらく師匠がこれから話す内容を先んじて知っているアスカさん達先生方も浮かない表情だった。
……今思えば食事の際も、心なしかいつもの調子ではなかったような気がする。
「先程、ファーザニア共和国大統領、リリィベル・ウィンセスからこの精霊具を介して報せがあった」
師匠が手のひらに収まる程の小物を見せてくる。形はこちらの東方文化に伝わる、勾玉というものに似ていた。どうやら精霊具らしい。
どんな精霊具なのか気になったが、今は師匠の話の続きに耳を傾ける。
「……一週間程前、ファーザニアの最前線である、シャダル砦が陥落。そこら一帯は瘴気が蔓延し漆黒の大地……つまりは魔族領化したそうだ」
「「――っ!」」
師匠から語られた内容はやはり良くない報せだった。僕達はそれぞれ危機感と人類の敗北に胸を痛めたが、一際反応した者がいた。
思わず席を立ちあがり、桃色の髪を揺らして師匠に詰め寄るマルシェだ。
「そんな! シャダル砦は長年魔族の侵攻を防ぎ続けてきた堅牢な砦ですッ! 何かの間違いでは――」
「残念だが、事実だ。ウィンセス大統領自らが赴き、その結果ただ一人生還している」
「…………そんな」
師匠の衣服を掴んでいた手を放し、力なく項垂れるマルシェ。
「――取り乱しました。申し訳ありません……」
「……無理もないことだ。話を続けても良いか……?」
気遣うように声を掛ける師匠にマルシェはこくんと頷くと、自分の席に戻っていく。その表情は悔し気であり、悲し気でもあった。
チギリ師匠はさらに話を続けた。
ウィンセス大統領からの話によると、シャダル砦から援軍を率いて出陣し、ガエリア雪原にて魔族軍とぶつかる共和国軍に合流したという。
精霊フェンリルの活躍もあり、戦線は一度持ち直したが、そこに魔族に新たな脅威が現れた。
赤い魔族の角を生やし、狂気じみた目で大きな鎌を振るう白髪で色黒の魔族ベリアル。
黒い優雅なドレスを纏い、冷たい眼差しで佇む、紫色の巻いた髪に角の生えた色黒の魔族リリス。
魔王の幹部と思しき二人の魔族が姿を現したという。
大統領は即座に撤退を決意したが、二人の魔族の力の前に成す術なく蹂躙され、大統領は兵士達の命懸けの行動で戦線を離脱。
しかし命からがら砦に戻った大統領にはさらなる絶望が待っていた。
それは既に燃え墜ちたシャダル砦と、魔族幹部リリスの姿。
リリスによって残った護衛を全て殺された大統領は死を覚悟したが、絶望に染まりきったその顔を見たリリスは、高らかに笑いながら去っていったという……。
その後ただ一人生き残った大統領はサレナグランツへと向かったが、過酷な環境に何も持たずの道中で、途中で力尽きて倒れてしまう。そこに奇跡的に哨戒任務に就いていた共和国兵に発見され、一命を取り留めた……。
「――以上だ。……魔王は魔族領化に本腰を入れてきている。我々もうかうかしては居られないな」
「ウィンセス大統領がご存命なのは何よりですわね……。しかし、魔族の幹部の前では軍の実力ではもう抑えられないというのはマズイですわ」
「然り。冒険者の力を結集させる計画を急がねばならぬ」
「ここにいつまでも居る訳にゃいかねェってこった」
世界の脅威が本腰を入れて動き出したという事実に、僕達は計り知れない危機感を覚えた。
師匠達が推し進める計画を一刻も早く成就させなければならないのだ。
……それはつまり、ヨルムンガンド討伐で足止めを食らっている余裕はないということだ。
……僕達にも使命があるように、師匠達には師匠達が成すべき使命がある。僕達が早く強くなる必要があるんだ。
……これ以上魔王の好きにさせてたまるかっ!
「……そして、マルシェ。……君にもう一つ伝える事がある」
「…………はい……っ」
師匠が一度瞑目した後、決意を秘めた瞳をマルシェに向けると、その様子に戸惑いを見せるマルシェは不安そうに返事をした。
「…………心を強く持って聞いて欲しい。――ガエリア雪原の戦いで、ヒューゴ・ゼルシアラ剣大将は奮戦の末、名誉の戦死を遂げたそうだ」
「――――ッ!!」
椅子が倒れる程に勢いよく立ち上がったマルシェは、後ずさりながら目を見開き口元を手で抑える。
そしてその目からぽろぽろと涙が流れ落ちてしまう。
「……ち、父上……が……っ…………! ――くっ…………ぅぅぅ……!」
マルシェはその場に崩れ落ち、俯いて必死に声を殺して肩を震わせている。
そんなマルシェの肩をそっと優しく抱き、自分に引き寄せたアスカさんは共に涙を流していた。
……僕には掛ける言葉を持ち合わせて居なかった。
生半可な励ましは返って逆効果だと思ったから。
「…………」
そんな僕達の中でウィニが動いた。
ウィニの猫耳は元気なく垂れ下がり、それでもそっと死を悼む思いに寄り添うようにマルシェに抱きついていた。
家族の死。それはどれほどの心に影を落とすものであるか僕は知っている。しかし、それは他者と比べてはならないものだ……。
その場にいた全員が、死者にせめてもの祈りを捧げていた……。