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Ep.246 ギルドの餞別

 オッティの雑貨屋さんの二人への挨拶を済ませた僕達は、来た道を引き返して冒険者ギルドへと足を運んでいた。


 既に冒険者にも僕達が今代の勇者のパーティということを認知されていて、ギルドに入った途端にワッと場が湧いた。

 ここに至り親睦を深めていた冒険者も多く、そんな人達は僕に絡んでは揶揄い、そして労ってくれた。


 ここの人達ともしばらくお別れになると思うとやっぱり寂しいな。

 ここまでいろんな人との別れを経てきたけど、この寂寞は慣れるものじゃないようだ。


 とはいえ冒険者さん達との別れの挨拶は普段と変わらないような、なんともあっさりしたものだ。常に死と隣り合わせの稼業故に突然の離別は別段珍しくないからだ。

 だから『また会おうぜ』くらいの挨拶が互いに丁度いいのだ。



 そして僕達は受付カウンターにやってきた。

 今日はこのギルドの華である、受付嬢のエピネルさん、イルマさん、アリンさんと揃い踏みのようだ。


「あっ! 勇者サマおはよっ!」

「皆さん、おはようございます」

「おつかれ~さまですぅ~~」


 受付嬢の中で一番元気なツインテールの眼鏡っ子のイルマさんが、真っ先に僕を標的に茶化す。それに続いてエピネルさんとアリンさんが挨拶をし、僕達も挨拶を返した。


「むず痒いので勇者さまはやめてくださいよっ……ところで、レドさんは居ますか?」

「ギルドマスターなら、執務室にいらっしゃいますよ。希望の黎明さんがいらしたとお伝えしてきますね」


 エピネルさんがそう言うと、一瞬の微笑を向けた後、綺麗な長い黒髪を翻してカウンターの奥へと歩いていった。


「今日は依頼受ける感じ?」

「それがさ、違うんだよイルマちゃん……。実は俺らさ、明後日ここを発つことになってよ、その挨拶に来たってわけさ……」

「あ、そうなんだ」


 やたらキザったらしく答えるラシードに、イルマさんの淡泊な返答。

 ……ラシードはイルマさんがお気に入りらしく、彼女の前ではいつもこんな感じで二枚目を気取るのだ。……脈は御覧の通りまったくない。


「街で聞きましたぁ。次は~リムデルタ帝国へ、向かわれるそうですね~」

 ゆっくりと話すツヴェルク族のアリンさんがこちらを見上げていた。


「そうなんだよぉ~。大変は旅になるから、よしよししてくれよ~!」

「わぁ~たいへんです~。よしよし~~」

「でへへでへへ」


 ……うわぁ。


 ラシードの醜態に皆がドン引きしていた時、カウンターの奥からエピネルさんが戻ってきた。


「マスターはお会いになるそうですよ。……皆さん、どうぞこちらへ」


 エピネルさんは、アリンさんに撫でられているだらしない顔のラシードを見て一瞬固まったが、いつもの調子のまま僕達を案内してくれた。

 いや、ラシードを見る時だけは目が据わっていた……。



 そして僕達はレドさんがいる、ギルドマスターの執務室に入る。

 ここに来るのは二度目で、慌ただしい日々を過ごしたからか、なんだか随分日が経ったような気がした。


 レドさんは装飾が施られた机に座り、僕達を歓迎する。

 僕達はソファに腰掛けてレドさんに向き合った。


「よく来た、希望の黎明の諸君。そしてクサビ、今代の勇者襲名、目出度く思うぞ」

「ありがとうございます。……でもまだ慣れませんけどね、あはは」


 今日のレドさんは穏やかな表情を浮かべていた。レドさんも王家の秘密を抱えてきた一人で、その重荷がようやく下りたことで清々しい思いでいるのかもしれない。


「ほっほ。……いよいよ旅立つのだな」

「はい。レドさんには本当にお世話になりました」


 朗らかな雰囲気から、凛とした様子に切り替えたレドさんが本題に誘導する。

 ギルドには修行の際やヨルムンガンド討伐の処理などでお世話になりっぱなしだった。僕は精一杯の感謝を込めてお辞儀をして、皆もそれに続いた。


「これしきのこと、なんでもないわい。……して、君達は中央孤島へ向かう手筈じゃったな?」

「はい。ここから東の港、シンギュリアで王様が船を用意してくださっているはずです」


 レドさんはチギリ師匠の策に賛同し、僕達の本当の行先を知る人物の一人だ。ギルドの中ではレドさん以外はそのことを知らないだろう。

 知っているのは、他には船の乗組員を除けばルドワイズ王のみだ。


「旅立ちの当日は、君達は北門から出ることになる。帝国領に向かうと見せかけねばならぬじゃろうからの。少し遠回りとなるが辛抱し給えよ」

「わかりました」


 魔王の目を帝国領に向ける為、僕達は帝国領がある北の門から出て、街が遠ざかったら東のシンギュリアに向かう。

 ……敵を欺くにはまず味方から、というやつか。


 旅立ち前の挨拶と段取りを示し合わせることが出来た。


 話の区切りがつき席を立とうとする僕達に、レドさんはそれを引き止める。


「まあまあ、もう一つじじいの話を聞いていき給え。王と協議してな。君達に餞別を贈呈しようと思ってのう」

「む! ごほうび? おいしいやつ?」


 さっきから眠そうにしていたウィニが気力を取り戻して身を乗り出す。絶対食べ物じゃないと思うけど、餞別というのは僕も気になるところだ。


 皆は居住まいを正してレドさんの話を聞く姿勢を取った。


「君達の冒険者ランクはBだったかの。流石に厄災ヨルムンガンドをも討伐した者達がランクBでは不釣り合いじゃて」

「……ということは……ランクが……?」


 レドさんの話に察しが付いたサヤが促す。


「うむ! 希望の黎明の諸君、全員をランクAに昇格とする! この先どこでそのランクが役に立つか分からぬからの。儂と王からの餞別、貰ってくれるかの?」


 そういうとレドさんは、くしゃりと破顔させて笑った。

 ランクAにもなれば各ギルドでも一目置かれるようになるだろうし、活動を続けていく上では非常に有難かった。


「――はいっ! ありがとうございます!」


 僕達に否やはなく快諾した。……ああ、一人だけ残念そうな顔して耳を垂らしてるのはいたけどね。


「では、手続きは表の嬢に頼むと良い。では儂は見送りの準備があるでの。またその時に」

「……? はい。では、失礼します!」


 レドさんが何か意味深な事を言った気がしたが、特に気にせずに部屋を出た。



 その後はカウンターでランク昇格の手続きをエピネルさんにしてもらっていた。そして渡された新しいギルドカードには、Aランクの表記がされていた。


 異例続きの昇格とはいえ、こんな短時間でランクAになるとは思ってもいなかった。カードを手にすると実感が湧いてくる。

 元々旅の資金を稼ぐ為に冒険者になったけれど、これまで乗り越えてきた苦難が報われた気がした。


「昇格おめでとうございます」

「ありがとうございます!」


 控えめに微笑んだエピネルさんがさらに、あの、と続けた。


「明後日、出立するとお聞きしました。……どうかご無事で」


 エピネルさんの心配そうな眼差しに、彼女は本気で僕達の身を案じてくれているのだと伝わる。その気持ちに僕は努めて明るく振る舞いながら答えた。


「はい! またいつかこの街に来た時は顔を出しますね」

「ええ。お待ちしていますね」



 そして僕達は3人の受付嬢に見送られて冒険者ギルドを後にした。


 ……これで皆で挨拶する相手には顔を出せたはずだ。

 この後はそれぞれの馴染みの人に別れを告げるため、自由行動ということになった。


 僕としては、まだ挨拶できてないのは、王立書庫の職員さんや街の露店を営む人達かな。

 そう思い立ち、以前は足しげく通っていた王立書庫に向かった。



 久方ぶりの王立書庫に辿り着き、懐かしさを感じながら僕は辺りを見渡した。……懐かしいというほど日は経ってないけど、ここ最近は濃密な日々だったからね……。


 などと考えながら目を配ると、ウェーブ掛かった黒くて長い髪の女性を見かけて、僕は声を掛けた。


「こんにちは、ルピネルさん」

「あっ。こんにちは、クサビさん」


 振り向いたルピネルさんは控えめな笑みを浮かべる。

 端正な顔立ちに少し切れ長の目は、冒険者ギルドに勤めるエピネルさんと瓜二つだ。


「……何か調べ物ですか?」

「いや、実はここを発つことになりまして、その挨拶にと……」

「……そうなんですね。勇者様として、戦いに赴かれるのですか……?」


 ルピネルさんの表情が曇る。……心根が優しいところは姉妹揃って同じなんだなあ。

 あまり心配掛けたくなかった僕は、敢えて楽観的に笑って見せる。


「まあ、そうですね! でも大丈夫です! 僕には頼りになる仲間がいますから!」


 そんな僕の空元気を見透かしつつもそれを汲んでくれたルピネルさんが笑みを零した。……少しわざとらしかったかな。


「ふふ……。それなら私も安心です。……クサビさん。どうかお元気で……」

「はい! ルピネルさんも!」


 少し儚げな笑みを送るルピネルさんが深々とお辞儀をし、僕はそれに笑顔で手を振ってその場を離れた。




 そうして王立書庫から外に出た僕は、空元気すらも陰が差し、笑みが消える。


 ……。

 やはり別れの瞬間は苦手だ。胸の奥がじくじくと痛むから。

 いつも思う。こんな素敵な人達に囲まれて過ごせたらどんなに幸せだろうかと。


 今の僕には使命がある。責任がある。

 それを投げ出す事は出来ない。だから毎回訪れる別れの寂しさも飲み込んで前に進むんだ。

 いつか魔王を倒し、平和な世界を取り戻せたなら、その時は――――。


 そう想いを馳せながら空を仰ぐと、何処までも広がる青空が、真っ白な雲をどこかへと運んでいく。

 僕はこの青く美しい景色を奪わせはしないと、心に誓うのだった。

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