翌日。早朝に僕達はチギリ師匠達の旅立ちを見送る為にマリスハイムの北門の前に集まった。
チギリ師匠達は昨日王様やギルドには挨拶を済ませ、見送りは不要と告げたらしい。なのでここに居る見送りは僕達だけだ。
昨晩、お酒で見事に撃沈してしまって、師匠達としっかり話せていなかったのが悔やまれる。
だが、これからは言葉ならばいつでも交わすことができる。そう自分に言い聞かせて、旅立とうとするチギリ師匠達に向き合った。
今日の聖なる水の都は快晴で、良い旅立ち日和だ。
早朝故に辺りはまだ静かで、澄み切った空気が辺りを包んでいた。
「こうして弟子に見送られるのは二度目だな」
日の光に照らされたチギリ師匠の微笑が眩しく映る。
「師匠。道中どうかお気をつけて……!」
「ああ。……花の都で別れた時とは顔つきが違うな。こうも立派になるとは、流石の我も万感の至りだよ」
それぞれ旅の荷物を背負った恩師達が満足気な眼差しを僕達に向けていた。
「いいですこと? 貴方は勇者である前に人間ですわ。重い荷を背負うには一人では限界が必ず来ます。その時は周りを見て御覧なさい。頼れる仲間が支えてくれる。……だからどうか重圧に押し潰されないで……?」
アスカさんが僕の前までやってきて、優しい声色で言葉を投げ掛けてくれた。
「……はい。皆と苦難を乗り越えていきます」
「ええ。何かあれば、言霊返しで声を送ってちょうだいね」
そう言うとアスカさんは目を細め、他の仲間達の方へ歩み寄っていった。
そして次に僕の前に現れたのはラムザッドさんだった。
「クサビ。おめェはまだまだ伸びる。今程度で満足すンじゃねェぞ。……そンだけだ。あばよ」
「はい! 次に会う時にはもっと力を付けておきますから!」
フン、と鼻を鳴らして離れるラムザッドさん。その口元は僅かに口角を上げていた。
そして入れ替わるようにナタクさんがやってきて僕の正面に立った。
「クサビよ、これよりの道、凄絶尽くし難き苦難がお主らを試すだろう。その時、己を見失うことなかれ。……では再会を楽しみにしているでござるよ」
「ありがとうございます、ナタクさん。また必ずお会いしましょう……!」
ナタクさんは僕の目をまっすぐ見つめて力強く頷いた。
僕は旅の無事と感謝を込めて眼差しを返し、見送りとした。
やがて、皆それぞれに言葉を交わし合ったようだ。
もはやこれ以上の言葉は無粋。ついに別れの時がやって来た。
「――ではな」
そう師匠が短く告げると、門に向かって歩いていく4人の恩師達。
ついぞ別れの時だというのに、あっさりとした別れの言葉だった。
だけど、それでいい。きっとまた会えるのだから。僕達には進むべき道があり、師匠達にも別の進む道があるというだけのことなんだ。
いつかその道は再び交わり、再会を喜ぶ日がきっと来るんだと信じてる。
僕達は、小さくなっていく恩師達の背中が見えなくなるまで、目に焼き付けながら見送っていたのだった…………。
こうして師匠達を見送った僕達は一度宿に戻った。
そして人が賑わいを見せ始めてきた頃まで待って、お世話になった人達に挨拶しにいくこととなった。
2日後には僕達もここを発つことになるのだ。悔いの残らないように、馴染みの人達と言葉を交わしておきたかった。
まずは、この聖都マリスハイムまでの道中を一緒に辿ってきたポルコさんの所へ行こう。お店が開くこの時間ならポルコさんもいるはずだ。
程なくして、ポルコさんと奥さんのカルアさんが営むお店『オッティの雑貨屋さん』に辿り着いた。
お店の前では、カルアさんが箒を持って、ツヴェルク族の小さな体を一杯に動かしてきびきびと掃除をしていた。
「――こんにちは、カルアさん」
「まぁ! クサビさんと皆さん~! こんにちはっ!! ――勇者さまご一行のご来店です~!! はわわ~!!」
カルアさんは変わらず元気溌剌な様子でぴょんぴょんと跳ねて僕達を歓迎して、ハッと我に返ると店内へと案内してくれた。
「あーなーたーーー!!! クサビさん達が来てくれたわよーーーー!!!」
「なんですとーーーー!? うわーーい!!!!」
お店の奥に向かって大音量が炸裂し、それに負けないくらいの大音量が返って来た。
小さな体のどこにそんな声量が生み出されるのだろうか。ここに来るといつも二人には圧倒させられる。でも同時に笑顔にもさせてくれる。
そしてすぐにどたどたと足音が聞こえ、奥からこちらにダッシュしてきたポルコさんが、目の前で急ブレーキを掛けて止まった。
「やあやあクサビさん達ッ!! いらっしゃいませーーー!!」
人間の子供よりも元気いっぱいなポルコさんが奥さんと揃って同じくぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「――――…………っ」
この光景に終始圧倒されて言葉を失っていたのは、初対面になるマルシェだ。嵐のような元気さを振りまく二人にたじろいでしまうのも無理はない……。
……いや、そうでもないような気がする。
ポルコさん達を見るマルシェの翠の瞳には輝きが走り、顔は僅かに紅潮して呼吸がだんだん荒くなってきている……。
「――――……か…………ぃ」
「……え?」
「――かわいいっっ!」
ぼそりと何かを呟いたマルシェに耳を近づけて聞き返すと、今度は明確な歓喜の声がマルシェから飛び出した。
目をキラキラと輝かせてポルコさんとカルアさんを交互に見ながら興奮していた。あまり見せない表情に僕達もびっくりだ。
……マルシェは可愛いものに目がないらしいけど、二人を小動物にでも見えているのかもしれない……。
そんな珍事はあったものの、その後なんとか場が落ち着いた僕達は、ポルコさんとカルアさんに旅立つことを伝えた。
「なんとッ! ついに帝国領へ旅立つ時が来たのですね!! それならば冒険に役立つアイテムを! ぜひ当店でぇ!!!」
さすがポルコさん。商魂旺盛だ。……今サヤが一瞬悪い顔したぞ。見なかったことにしよう。
そして、帝国領へ旅立つと言ったポルコさんの言葉に僕は僅かな罪悪感を感じていた。本当の行先を言えないことへの申し訳なさに近い。
これは、チギリ師匠達が提案した僕達への安全策の一つだ。
――聖都に勇者台頭す。
この報はサリア大陸から他国へと広まっていくだろう。そしていずれ魔族の耳にも入る。そうすれば魔王は必ず勇者を狙いに来るはずだ。
よってチギリ師匠は一策を講じたのだ。
勇者はこれより帝国領に向かい、前線に向かうという情報を触れ回ることで、魔王の目を帝国に向けさせる。そしてチギリ師匠達は帝国の皇帝に謁見し、かねてよりの大願である反攻勢力発足を成す。そしてそのまま前線へ向かうという。
一時的にも帝国を盾にする作戦故に、チギリ師匠達は前線の戦闘に参加するという。それは帝国へのけじめでもあり、僕達から魔王を遠ざける囮でもあった……。
僕は、師匠達にとって最も危険な作戦を反対したが、僕以外の皆は師匠の策に賛同したため実行に移されることになった。
僕達の身を案ずる師匠達の目に覚悟が宿っていて、それ以上は僕も拒めなかった。
ならば僕達に出来るのは、師匠達ならきっと大丈夫だと信じ、無事を祈ることだ。
そして必ず解放の神剣の力を復活させることだ――――。
「――旅立ちの日には! 私達もお見送りにいきますからね~っ!!」
「ええ! ええ!! そうですともッ!! 絶対にお見送りしますからねぇーー!!」
「ありがとう! カルアさん、ポルコさん! 本当にお世話になりました!」
その後、皆で軽く他愛もない会話を楽しんでお店を後にした。
ちなみに、ポルコさんとサヤはお店の奥の方で何か話をしていたようで、奥の部屋から出てきた、嫌ににこにこした顔のサヤと、肩を落として明らかに渋い顔をしているポルコさんの姿があった。
……サヤ曰く『交渉は成立した』らしい……。
ポルコさん達には挨拶できたな。皆でお世話になったところと言えば、次はギルドくらいか。
ということになり、次は冒険者ギルドに向かうことにしたのだった。