深夜一時頃。
無人の宝石店にて強盗が侵入、宝石を複数奪って逃走したのだ。
「待てぇええ!!!」
追い掛けるパトカー。そして、その前を走るのはトラックだった。
けたたましいサイレンの音と共に、赤い光が辺りを照らしている。
トラックを追いかける警官達は必死の形相で叫ぶ。
「止まれ! 止まりなさい!」
拡声器を使って呼びかけるが、止まる気配はない。
それもそのはずだ、ここで止まるくらいなら初めから強盗などやらない。というのが彼らの言い分だろうから。
トラックは街の構造を熟知しているかのように、路地裏などをスムーズに通り、いとも簡単にパトカーを巻いて見せた。
「へへ、ざまぁねえぜ。ポリ公が」
運転席に座る強盗が言った。その口元は一仕事達成したかのように、満足げに吊り上がっている。
助手席に座る男も、バッグの中の戦利品を覗き込んではニヤニヤと笑っていた。
「全くボロい仕事だったぜ。おい、アジトに戻ったら朝まで飲み明かそうや!」
「いいねぇ。だったらとっておきを開けてやらぁ! ぎゃははははは!!」
この状況が全くおかしくて仕方がない二人。背後に警察の姿は見えず、あとはアジトへと戻るばかり。確かにこの状況に安心感から注意がそれても仕方のないことであったのかもしれない。
だから……。
トラックのライトが照らす先、その前方に人影が見える。
運転手の男は目をこすった。
こんな夜中に一体何だ?
運転席の窓から顔を出して怒鳴り声を上げる。
「おい! 何だテメェ! ひき殺されてぇのか!」
それでも微動だにしないその人物、フードをかぶっておりそれが男か女かすら判別がつかない。
いつまでたっても動こうとしないその人物に対して、ついに腹を立てた運転手。
「……そうかよ。じゃあ文句言えねえよな!!」
「おう! 俺たちに逆らうとどうなるか見せてやれってんだ!!」
頭に血の登った運転手。助手席からも加勢する声が上がる。
「ホントにぶつかるぞぉ!!」
アクセルを踏み込み急加速して突っ込んで来るトラック。
あわやぶつかると思ったその瞬間である。
「何ッ!?」
運転手の男の驚いた声が静かに響き渡る。
間違いなくぶつかったはずである。
だが気づけばそこには何もいない。
「ど、どういう事だ?」
声が上ずり、何が起こったのかまるで判別できない男は、助手席に座ってる男に意見を求めた。
助手席の男も同じ考えを持って何かしらの言葉を発した。
……だっただろう。
その男の頬に拳が突き刺さっていなかったらの話だが。
「なっ!!?」
あまりの驚きにそれ以上の声が出せなかった。助手席の男は気絶しており、窓から伸びた手がその男の頬に触れていたのだ。これで驚くなという方が無理があるということ。
かろうじて我に返った運転手の男は急ブレーキをかける。
そして外へと飛び出した。
何かがいる?
男の危機察知能力は本物だった。だからこそわかる逃げなければ自分がやられる。
命やってのものだねだ、盗んだ品物のことなど置いてとっさに逃げた。逃げようとしたのだ。
「――がっ!!!?」
一歩、外へと踏み出した。その瞬間に男の意識は失われた。
「いたぞ、あのトラックだ!!」
追いかけてきたパトカーはついに、犯人の逃走車を見つけた。
街中を走り回りなんとか追いつくことができたのだ。
ただ不思議なのは、何故かエンジンがついたまま止まっているということ。
不思議には思いつつも、パトカーから降りた二人の警官はそろそろとそのトラックへと近づいた。
すると……。
「なっ! どういうことだ!?」
トラックのすぐそば、気絶させられロープで拘束させられた犯人の男二人がそこにいた。
さらにそのすぐそばには、犯人が盗品を入れるのに使ったバッグが中身ごと置いてあったのだ。
その夜、わずか一時間ほどの捕物劇はあっけなく幕を閉じた。
◇◇◇
『続いてのニュースです。
昨夜、A地区の宝石店にて強盗事件が発生しました。犯人はトラックに乗って逃走、パトカーに乗った警察官が追いかけましたが一度見失なってしまいました。
しかし、再度発見された際には犯人の男二人はロープのようなもので拘束され、犯人が犯行に使ったと思われるバッグの中に、盗まれたとされる宝石類二十点が発見されました。
警察は、他に犯人の仲間がいないか調べるとともに、犯人を取り押さえた謎の捜査協力者の行方も探しております。
では次に――』
ラジオから流れるニュースを聞きながら、今だシャッキリとしない頭で朝食を貪っていた。
今日は開いたバターロールにハムとレタスを挟んで食べるシンプルさ。そしてポタージュ。う~ん、いかにもな朝だな。
「ふぅん。夜中にそんなことがあったんだ、正義感の強い人もいるものね」
ニュースを聞いて感心したような声をこぼすラゼク。だが、俺は正直そんなことに興味がなかったので適当に返事をした。
「ただの酔狂もんだろ? ここは都会なんだ、変わったやつの一人や二人……。どうでもいいじゃねえか」
「冷めてるわねぇアンタ」
そんなジト目で見られたって興味がないものは興味がないんだ。俺が興味あるのは女と金と将来だけだぜ。あと飯と漫画とあれとそれとそれから……。
つまりそれだけだ。
今日はラゼクの提案で仕事は休み。俺としては部屋でゴロゴロするか外に出て色っぽい姉ちゃんをナンパするかとしゃれこみたいところ、だったんだが。
「アンタ覚えてるでしょうね? 今日はアタシの買い物に付き合うって」
「へいへい、ちゃ~んと覚えとりますとも。……ったく何十回も同じこと言わせやがって」
「アンタのニワトリ頭が心配だから何十回も言ってるんでしょうが。
お金だってある程度貯まったんだから、ここいらで生活用品をキッチリと揃えないと。
シャンプーやトリートメントだって買い足して、トイレットペーパーだって切れ気味だし。アンタ、アタシと同じ歯磨き粉で文句は無かったわよね?
それに洗剤も心配だし、フライパンだって見ておきたいし。化粧水も同じの使ってるから減りが早いし。
……ま、とにかく色々と必要なのよ。生きていくっていうことは、それだけであれこれ必要になってくるんだから。アンタちゃんとわかってる?」
「あ、うん。べちゃくちゃ回る舌だなぁって」
「は?」
「いや、その、ちゃんとわかってるって。うんうん」
ややうんざり気味に返事を返すと、残っていたポタージュに口をつける。
……冷めてしまっていた、がっくり。
◇◇◇
というわけでやってきたのは街一番の大型デパート。
地上十階建ての建物だ。
どの階が何の売り場か、なんて一々いいか。
取り敢えず目的の物を物色して回って、そうして積み上がる俺の腕の中の紙袋達。
こいつのお陰で好みの巨乳美女を見かけても、咄嗟に声を掛ける事も出来ない。
ラゼクのヤツ、これを見越してたな。
そんなこんなで巡り巡ってたどり着いたぜ衣料品売り場。
といってもお高いブランド物じゃないがな、それは別フロア。
大衆向けブランドを取り扱ってるこのフロアに俺たちは到着したのだ。
服を選ぶラゼクに付き合わされる事、一時間。
全く女の服選びってのは長いもんだな。
な~んて考えていたんだが……。
「うん、なかなかいいわね。流石アタシのセンス」
「あ、そう」
てっきり自分の服だけ選んでいたのかと思えば、俺の分まで持ってきて試着室に強引に押し込められた。あ、もちろん荷物はラゼクに持っていかれたが。
着替えた自分の格好を鏡で見る。
淡い紺色のテーラードジャケットに灰色のテーパードスラックス。中に白のロングTシャツときた。一言で言えばカジュアルコーデ。派手さは無いがシックで街中ならどこにいても溶け込めるだろう。
……つまり俺があんまり選ばないタイプね。
とはいえ流石の俺様ときたら何でも似合っちゃうんだな。これで眼鏡でもかけたらもっと様になるか?
「じゃあ次のに着替えてね」
「まだ着替えるの俺?」
「いいでしょ? お金はアタシ持ちなんだから、大人しく着せ替え人形やってなさいな」
とのことで。
いやはや女ってのは自分のでも他人のでもファッションに時間をかけるもんだな。付き合わされる方は疲れるぜ。
「なんだかなぁ」
「何よ? だって着の身着のまま飛び出してきたんでしょ? 服だっていつもの冒険用と、雑貨屋で買ったパジャマとパンツくらいしかないんだから文句言わない」
「はいはい……」