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第21話 逃げたい男

 そんなこんなで欲しいものを買い揃えたホクホク顔のラゼク。それに付き合わされて服まで着替えさせられた俺は、フードコートまで来ていた。


 両手に荷物を抱えながら思う事。

 しかし、まさか母ちゃん以外の女に自分のパンツまで買え与えられるとは、さすがに初めての経験だぜ。


 なんだろう……、なんだろうな?



 昼も近く、フードコートにある店はどこも人だかりが出来始めていた。こりゃ早く決めんと待たされるな。


「で、どこ入るんだよ?」


「そうねぇ、やっぱりレストラ……ん?」


 レストランの入り口を覗き込んだラゼクが急に立ち止まる。

 一体何があるのか? 俺も同じように覗き込もうとした、のだが。


 ピキっ。


「ぐぉッ!?」


 顔の向きを強引に変更され、首にダメージが入る。

 い、今ピキって。ピキっていったもん首!?


「や、やっぱり他をあたりましょ? ほら行くわよ」


 強引に俺の腕を掴んで引っ張って行くラゼク。


「ちょ、落とすって!?」


 落としそうになる荷物のバランスを奇跡的に取りながら、レストランをチラッと見る。

 わずかな瞬間だったが、一つ分かったのはカウンターの女性の顔が綺麗だった事。だが残念なのは、肝心の胸まで確認できなかったことだ。


 俺はラゼクのされるがまま、他の店を目指す羽目になるのだった。


 痛い……首が……、がっくり。




 でもって着いた着いたよバーガーショップ。

 この受付のお姉さん。顔は好みだが、肝心の胸がラゼク並みじゃねぇか。


「ご注文は何になさいますか?」


 スマイルで問いかけるお姉さん。それは本心なのか営業なのか? 微妙に知りたいところじゃあるが。


「ダブルチーズバーガーを一つとフレッシュサラダにポテトのMサイズをそれぞれ二つずつ、それとバニラシェイクを。アンタは?」


「俺は……、そうだな。照り焼きエッグバーガーとコーラとポテ」


「ポテトは二つ頼んでるでしょ? じゃあ以上でお願いします」


「かしこまりました。では、出来上がり次第お持ちいたしますので、こちらの番号札を持って指定のテーブルへどうぞ」


 注文を終えて、店員さんに言われた通りに番号が書かれた小さなプレートを手にして席を探す。同じ番号の書かれたテーブルは、っと。


「あったあった。しっかしお前。さっきはポテト一人で食べるのかと思ったぜ」


「そんなわけないでしょ? どうして一人で二つも食べなきゃならないのよ。アンタの分だって気づきなさい」


 そんな会話をしながら向かい合わせに座る俺達二人。

 店内はまだまばらと言っていいぐらいには人が少ない。どうせそのうち一杯になるんだろうが。


「……ねぇ隣のテーブルの人、もの凄い美人じゃない? 正直羨ましいわね」


「え、美人?! どれどれ……」


 ラゼクが女の事であれこれ言うとは珍しいが、美人と聞いちゃ黙っていられねぇ。

 即座にそのお姿をのぞき込むことにした。


 テーブルに置いたハンバーガーに手を付けず、何かを憂いているかのような印象を与える儚げな雰囲気。


 その髪は深緑に煌めく美しさがあり背中まで届いていた。また、高身長なのだろう座っていてもその背丈が高い事がわかり、その手足もスラっとして長い。


 肝心の胸は……、ああ。うん、ラゼクと同じくらいか。Aカップだろう。

 もしかしたらラゼクよりは大きいかもだが。

 まあどっちもどっこいだな。


 でもなんか覚えのある体つきなような、顔は………………!?!?!?


「な、なあラゼクさ。ちょっとテーブル移動しない?」


「いやここ指定席だし、無理でしょ? 大体どうしたわけ?」


「いや、その。……べ、別にどうもしないんだけどさ。じゃ、じゃあ俺ちょっとトイレに……」


 恐る恐る、隣の女に気付かれないように席を離れようとした、その時。


「八番テーブルのお客様、ご注文の品をお届けに参りました!」


 間の悪い事にバーガーが来ちまったぜ。おぅ……。


「あ、はーい。ありがとうございます。……ほらトイレなら食べてから行きなさいよ、エル」


「ばっ!? な、名前を呼ぶんじゃ」


「………………エル?」


 ラゼクが何のけなしに発した俺の名前。それに気づいた隣の女が、ゆっくりと俺達のテーブルの方へ顔を向けた。


 その顔……鋭く長めの耳、泣き黒子、垂れ気味の目。


「エルちゃん、なの?」


「………………あぁん」


 結局こうなっちゃうのねぇ。……えぇぇ。




「では、ごゆっくりどうぞ」


 バーガーを届けたスタッフの女がスマイルで帰っていく。


 冷や汗を流す俺と、こちらをじっと見つめる隣の女。そして何がなんだかわからないラゼク。

 沈黙が流れたのも束の間、隣の女が口を開いた。


「エルちゃんよね? 久しぶり、元気にしてた?」


「う、うん……。ま、そのぉ、うん……。そうかなぁ?」


「いや、かなぁって何よアンタ? ていうか、こちらのお姉さんと知り合いなの?」


 一体どうしたものやら。

 何と言えばいいのか決めあぐねていれば、口を開いた隣の彼女。


「あ、ごめんなさい私ったら。……はじめまして、私はグウィニス。『グウィニス・エンディコット・ブルックショー』です。エルちゃんとは昔パーティを組んでいたの」


「あ、はいどうもご丁寧に。アタシはラゼク・サトーエンです。……あの、えっとグウィニスさん? でいいですか?」


「ええ、構わないわ。貴女はエルちゃんの、そう……新しいパートナーね」


「えぇっと、パートナーっていえばそうとも言えますけど。取り敢えず組んでます」


 朗らかな口調のこの長身の女性は、俺も元パーティメンバーの一人。

 パーティ最年長で俺の一つ上の二十歳だ。


 柔らかい雰囲気だが前衛を担当するメンバー随一の怪力の持ち主。背の高さもメンバー随一で俺より高い。俺これでも一九〇近いんだけど、それよりも十センチは高い。


 あと胸のデカさもメンバー随一。つっても他がAAカップとAAAカップとかだからなんだけども、世間一般から見ればどんぐりのなんちゃらだぜ。


 あ、ラティだけ同じAカップって言ってたな。どうでもいいかそんなもん。


 ボーっとしていた俺の事を人差し指でちょんちょんとつついてくるラゼク。

 一体何よ?


「(ちょっと、アンタこの人の事避けてない? だからさっきテーブルを移動とかトイレ行くとかいって。アンタこの人に何かしたわけ?)」


 グウィニスに聞こえないよう小声で話し掛けてきた。やり玉に挙げられている本人はキョトン顔だが。


「(ちょっとまぁ、そのぉ……。とにかく色々あるんだよ、いいじゃねぇかそんなの。そんなに気になるなら二人でごゆっくり。俺は他所に……)」


「(だから無理だって!)」


 無理言われてもねぇ……。


「ふふ、仲が良いのね二人とも。ちょっと妬けちゃうわ。……でも元気そうでよかった、エルちゃんったら胸の大きい女の子を追い掛けて警察の御厄介になってるかもって。身元引受人としていつ呼び出されてもいいよう心掛けていたのだけれど、その心配もなさそうね」


「あ、あんた俺を何だと……? いくら俺でもパクられるなんてゴメンだ。俺が品行方正な人間だってよくご存知のはずだろ?」


「どの口で品行方正とか言ってんのよ。アンタのどこに品性があるって?」


「うん、相変わらずのようで私も安心。ラゼクちゃん、でいいかしら? これからもエルちゃんの事よろしく頼むわね」


「は、はぁ……。これからも、ねぇ。アタシ達ってそんな長い付き合いになるの?」


「いや聞かれても」


 すっかりペースを持ってかれた。この天然具合というか……とにかくマイペースなんだよな。誰もこの女を制御出来ないし、その上、年長者だからみんなの保護者だと思ってる。


 逃げる機会を失ってしまった。さて、どうしたものか?


 打開策が見えないので、仕方ないからバーガーをついばむ。

 そう王道の照り焼きエッグバーガーだ。……どこが王道なのかはさておき、こいつをひとかじり。


 タレが絡み合うこのパティとパンズとエッグにレタス、あまじょっぱさが口内に広がり鼻腔を抜けていく。

 う~ん、素晴らしい。


 付け合わせのポテトも一つまみ、これがベストマッチだぜ。そしてすかさずコーラだ。炭酸の刺激が喉を刺激して食欲を増進させてくれる。最高だぜ!


 そういやなんでサラダが二つあるんだ?


「なぁお前サラダを二つも食べんのか? そんなにサラダが好きだったなんて知らなかったぜ」


「何言ってんのよ。一つはアンタの分」


「……?」


「何その顔? ハンバーガーとポテトとコーラじゃバランス摂れないでしょうが。ほらちゃんと食べなさい」


「いいよ、遠慮するよぉ」


「するんじゃないわよ!」


 何だよ余計な気を回しやがってよ。皿の上にはキャベツに人参にパプリカとコーン、いかにも付け合わせのサラダを目の前に突き出される。

 えぇ~。バーガーにはバーガーの流儀というものがある。そこにサラダなんてものの入る余地は無いんだ。


「まま、そう言わずに。お前の美容と健康の為に俺は涙を飲んで譲渡しよう。ホント優しいよな俺って」


「グダグダつまんない言い訳並べてないで食べなさいっての!」


 ああ言えばこう言いやがって! いくら器の大きい俺だってカチンだぜ。


 俺達が言い争いをしていると、横から挟む口がある。


「はいはい、おやめなさい二人共。他のお客さんにご迷惑よ? ほらエルちゃん、ごめんなさいをしなさいな」


 しまったぜ、すっかり頭からグウィニスの事が消えていた。

 だが俺にも意地がある、ここで食い下がるべきじゃ無いはずだ。


「いやでも勝手に俺の分を頼まれたわけだし、そこはさぁ……」


「エルちゃん。貴方がお野菜を苦手なのは知ってるけど、キチンと栄養のバランスを考えてるラゼクちゃんは間違ってないわ。多少強引だけど、それもエルちゃんの為。貴方の器はそれを受け入れられない程小さくないって私信じてるわ」


「えぇ……」


 久し振りの再開だがこのお姉さん風は変わってねぇな。俺は幼稚園児か?


「エルちゃん。お野菜食べないと大きくなれないわ」


「いや多分もう、俺これ以上デカくなれないと思う」


「でも、これからの事はわからないわ。そのうち私を追い越すかもだし」


「無理だと思うねぼかぁ。規格が違うんだよねそもそも」


「もう屁理屈ばっかり。仕方ないわね、……はいあ~ん」


 皿にフォークを突き立てたグウィニスは、その先に野菜を絡めて俺の眼前に突き出して来た。


 いやいやいや! 冗談が過ぎるぜそいつぁ!


「ママ、あのお兄ちゃん……」


「人には色々事情があるものよ。見ないであげるのも優しさなの、わかった?」


 近くのテーブルにいた親子が俺を見てそんな会話をしていた。

 な、なんてこった! 爽やかな出来る男の俺のイメージが!!?


「食うよ! 食えばいいんでしょ?!」


「あ……」


 グウィニスからフォークをひったくるとガツガツ喉の奥へと野菜共をかきこんでいく。口の中に広がる青臭さ。ち゛ぐじょう゛!!


 皿の上をまっさらにし、口の中に乗っていたカスを強引にコーラで流し込んだ。

 合わんのよサラダとコーラが!


「アンタちょっと行儀悪いわよ」


 バーガーとサラダを交互に食べるラゼクが俺の作法に文句をつけてきた。


 ほっとけ!

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