翌日の朝。
「岸田、落ち込むなよ。まだチャンスはあるよ」
宮下がうなだれている岸田を慰めた。
「そうだよ。あれは岸田君があの子に嫌われたってことじゃないんだから」
佐藤も慰めた。
「そうだけど……でも、俺、自信なくしたよ。確かに昨日は立神の顔を見て逃げ出したのかもしれないけどさ、俺が告白しても逃げ出すんじゃないかと思えて……」
岸田はボソボソ話した。
「なに言ってんだよ。立神は特別じゃないか。お前はごく普通の顔なんだし逃げだしたりはしなよ」
「そうそう。あれは立神君だから起こった問題で、普通は顔見ただけで逃げるなんてないんだから」
「そ、そうだな」
「そうだぜ。元気出せ。だいたい昨日は立神を連れて行ったのが失敗だったよ。やっぱりあいつはこういうことには向かない」
「そうだよね。立神君はある意味では頼りになるんだけど、恋愛関係はちょっと難しいよね。初めから嫌な予感はしてたんだけど……」
三人は納得して頷いた。
「だから、また今日、行こうぜ。立神抜きで」
宮下が提案した。
「そうだよ。それがいい」
佐藤も賛同した。
「そ、そうか? う、うん。じゃあ、今日、もう一回行ってみるかな」
岸田もその気になってきた。
「でも、俺昨日見てて思ったんだけど、やっぱり急にその場で告白されても、相手も困るんじゃないかなぁ」
宮下が言う。
「まぁ、確かにそうかもね。あんな周りにいっぱい同級生とかがいる校門前で、突然告白されても、対応に困るよね。ましてや知らない人からだと余計だよ」
佐藤も言った。
「じゃあ、なにかいい方法を考えてくれよ」
岸田が言う。
「そうだなぁ、なにかいい方法ねぇ」
「こんなのはどう? 例えばだけど、手紙を書いて、それを渡すっていうのは? それならその場で渡すだけで済むし、中にメルアドとか連絡先を書いておけば、後から連絡をもらえるんじゃない?」
佐藤が提案した。
「おっ、それいいじゃん。そうしようぜ」
宮下もそれに乗っかった。
「なるほど、いいかも。確かにそれなら、彼女も受け取ってくれるよね」
岸田も賛同した。
「よし、早速手紙を書けよ。今日の放課後渡しに行こう」
その時、立神が来た。
「オッス! いやぁ、今日も爽やかないい天気だな。朝から大根サイズの一本グソを出してきてやったぜ。ガッハッハ」
立神は上機嫌だ。
「お前、朝の一発目の話がそれかよ」
宮下が顔をしかめた。
「流すのに苦労したぜ。ガハハ」
立神は人の話は聞いていないようだ。
「お前、昨日のことはもう覚えていないようだな」
宮下が言う。
「はあ? 昨日のこと。そんな一々覚えてねえよ。ところでなにを深刻そうに話してたんだ?」
立神が三人の会話に興味を持ったようだ。
「えっ、いや、別に大したことじゃないよ。ハハハ」
岸田が笑ってごまかした。
立神にはもう関わってもらいたくないので、知られたくなかった。
「そ、そうだよ。立神君とは関係のない話だし、ハハハ」
佐藤も乾いた笑いで対応した。
「あ、そう。まあ、それならどうでもいいや。ガハハハ」
立神はそう言うと自分の席に着いた。
「よし、じゃあ、今日の放課後、立神に見つからないように行くぞ」
宮下が小声で言った。
放課後になり、宮下と岸田と佐藤は、そそくさと教室を出ようとした。しかし、いつも立神と帰っているだけに、立神がすぐにそれに気づいた。
「おい、待てよ。一緒に帰ろうぜ」
立神が呼び止める。
呼び止められて無視していくわけにもいかない。
「あ、すまん、立神。今日はちょっと俺たち用事があるから、先に帰るわ」
宮下が言った。
「そうなのか? なにがあるんだ?」
「いや、それは……実は俺たち新たに塾に行こうかと思ってな。ハハハ」
「そ、そうなんだよね。俺たちは立神君みたいに勉強ができないから、塾にでも行かないと勉強について行けないからさ。ハハ」
宮下と佐藤は取って付けた言い訳をした。
「へぇ、塾か。じゃあ、行けよ」
立神は、塾と聞いてコンマ二秒で興味を失ったようだ。
「じゃ、じゃあな、ハハハ」
三人はそう言って、急ぎ足で立神から逃げるように教室を出た。
「ヤバかったな」
「うん」
「ま、とにかく急いで行かないと、彼女が帰ってしまうよ」
三人は急いで
三人が切杉女学院の校門前に着くと、昨日と同じでバラバラと生徒が校門から出てきていた。
「じゃあ、俺たちはここの影から見てるからな。しっかりやれよ」
宮下が岸田の肩を叩いて勇気づけた。
「ああ、頑張るよ」
「手紙はちゃんと持ってきたよね?」
「ここにある」
岸田は、授業中にコソコソ書いた手紙をポケットから取り出した。
「そろそろ出てくるかな」
「リオちゃんだったよね? 名前は確か」
「そうだ」
「めちゃくちゃかわいかったよな」
「そうだろう」
「あんなかわいい子と付き合えるなんて、うらやまし過ぎるよ」
「いや、まだ付き合うって決まったわけじゃないから」
岸田は照れくさそうにした。
「でも、絶対上手くいくって。自信持てよ」
「そうだよ。俺もそう思うな。うまくいくって」
「そう言ってもらえると、勇気が出るよ」
「あっ、あれ彼女じゃないか?」
「そ、そうだ。あの子だ!」
リオは昨日と同じ三人連れで校門から出てきた。
「よし、じゃあ、俺たちはここにいるから、頑張れよ」
宮下はそう言って岸田を送り出した。
岸田は緊張しながら、リオの方へと歩いていく。手には汗がにじんでいた。
(よし、何回も頭でシュミレーションしたとおりに渡せばいいんだ)
岸田は今日の昼間にどうやって渡すかを散々考えていた。
「あ、あのう」
岸田はリオのそばまで来ると、自分の想像しうる限りの爽やかさで声をかけた。
「はい、なんですか?」
リオと他の二人は無事立ち止まってくれた。
「あの、実は……」
岸田が手紙を出そうとした時だった。
「おーい、岸田じゃねえか!」
と声が聞こえた。
岸田が声のした方を見ると、遠くの方から立神が小走りでやってくるのが見えた。
(ゲッ、なんであいつがいるんだ!!)
岸田は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「あっ、あれは昨日のライオンじゃない!」
「キャー、なんでまた来たの?」
「怖いわ、逃げましょう!」
リオら女子三人は走り出した。
「あっ、待って!」
岸田が止めるが、そんなのは無視だった。
立神はそんなことは露知らず、笑顔でこっちにやってくるが、その笑顔が普通の人には単に牙を剝いているライオンにしか見えなかった。
女子三人が逃げ出すのはもっともだ。
「な、なんで立神が来るんだ?」
「まずいよ」
陰で見ていた宮下と佐藤も驚いた。
「おい、岸田。お前こんなところでなにやってんだ?」
そばまで来た立神は上機嫌だ。
「お前こそ、なんでこんなところに来たんだよ」
「実は、この先に新しく牛丼屋ができたんだよ。だから味の確認に来たんだ」
「牛丼屋なんてどこも一緒だよ」
岸田はあきれるやら、腹立たしいやらだ。
そこに宮下と佐藤も来た。
「どうなってるんだ?」
「立神君、どうしてここに?」
「だから牛丼屋ができたから、そこに行こうかと」
「はあ? 牛丼屋? なんか特別な店なのか?」
宮下が訊いた。
「いや、うちの学校のそばにあるやつの新しい店舗だ」
「おいおい、同じ牛丼屋なら味は一緒だぞ」
「そうなのか! あれって店のオヤジによって秘伝の味があるんじゃないのか?」
「あるか! お前、あれはみんなバイトだよ」
「そうだったのか、知らなかった」
そんなアホな会話の横で岸田は泣いていた。
「岸田君、そう落ち込むなよ。大丈夫だって。まだチャンスはあるよ」
佐藤は慰めるが、岸田は当分は立ち直れそうになかった。
四人はそのまま立神が行こうとしていた牛丼屋に行った。そして、岸田に牛丼を奢ってやった。
新規オープンということで五十円割引だった。
「おお、ラッキー!」
立神は自分のしたことなど気にすることもなく、無邪気に喜んでいた。
その頃、
「先輩、いい情報を仕入れてきたんですよ」
「なんだ?」
「実はですね……」