「ライオン野郎に女がいるようなんです」
石渡は言った。
「女? あのライオンにか? どんな女だ?」
向島も興味を示した。
「噂でしか俺も聞いていないのではっきりしたことは言えないですが、切杉女学院の生徒のようです」
「切杉女学院! あの美女しか通っていないという、あの切杉女学院か?」
「そうです。というのも、なんか最近あの学校の校門前でライオン野郎が騒ぎを起こしたみたいなんですよ。その騒ぎっていうのは、あいつが女のことを迎えに行った時に、周りがあいつの顔を見て起こったようなんですがね」
「ハハハ、まあ、あの顔だと校門前にいるだけで普通は騒ぎになるわな。ましてや美女ぞろいの切杉女学院となると、余計かもな」
「そうなんです」
「つまりお前が言いたいのは、その女をこっちの手の内に入れて、早い話が人質にしようって話か?」
「ええ、そういうことです」
「なるほど。そういう手もあるな。フフフ、しかし、お前も高校生のくせしてなかなか考えることが悪人だな」
「それほどでも、エヘヘ」
石渡は照れ臭そうにした。
「しかし、その女っていうのが誰だかわかってるのか?」
「それはまだ。でも、すぐにわかると思います。仲間がいま調べてるんで」
「そうか。よし、じゃあ、早いとこどの女か特定するんだ。それができたら、あとは俺に任せろ」
向島はそう言って、すぐに頭の中で先の展開を考えた。
もちろん、この話は石渡の勘違いであるが、その前提で話は進むのだった。
「まあ、岸田、気を落とすな」
宮下が岸田を励ました。
告白がうまくいかず岸田は落ち込んでいた。
「そうだよ。まだフラれたわけじゃないんだし」
佐藤も励ました。
「そうだけど、俺と立神が友達ってバレてるし、もう無理なんじゃないか?」
岸田は情けない声を出す。
いまは昼休みだ。
立神は相変わらず伊集院留美の作ってきた弁当を食べていた。
「岸田君、なにかあったの?」
留美が立神に訊く。
「女にフラれたんだ。それぐらいのことで落ち込みやがって、情けない」
立神は自分のやったことをまったく反省することもなく、そんなことを言うのだった。
「え、そうなの」
留美はそう言うと、岸田の方へ来た。
「岸田君、フラれたの?」
留美は単刀直入に訊いた。
「え、いや、フラれたわけじゃ……」
岸田はなんて言っていいのかわからなかった。
「フラれたんじゃないよ。単に立神の顔を見て女の子が逃げ出しただけだよ」
宮下が説明した。
「やだ、そうなの? どうして立神君の顔を見て逃げ出したんだろう?」
(いや、普通は逃げ出すと思うよ)
「それで、これからどうするの? もう諦めるの?」
留美が訊いた。
「もう、俺自信ない」
岸田はボソッと言った。
「なに言ってるのよ。本当に好きなら何度でもアタックしなさいよ。そんなことじゃ女心をつかめないわよ」
留美は強く言った。
「確かにそうだよ。岸田君。伊集院さんの言うとおりだ。まだフラれてわけでもないのに諦める必要なんてないよ」
佐藤も言った。
「そ、そうかなぁ」
「そうよ。なにをうじうじ言ってるのよ。しゃっきとしなさい!」
留美がそう言うと、妙に説得力があった。なにせ立神に強引に迫った実績がある。それはみんなが知っていることだ。
「そうだよ。岸田が本当に好きなら、これぐらいで諦めるなよ。今度は猛然とアタックしてダメならスッパリ諦めるつもりで、ハッキリ告白しろよ」
宮下も言った。
「そ、そうだな。よし、わかった。俺も男だ。もう一度挑戦するよ」
岸田は勇気が出てきた。
「ねえ、良かったら、私が協力してあげようか? 男だけじゃなくて女の私がいた方がなにかとうまくやれるんじゃない」
留美がそんな提案をした。
「そうだよ。この際伊集院さんにも協力してもらおうよ」
「それがいい」
佐藤と宮下も留美に賛同した。
「ありがとう、みんな」
岸田は感動していた。
「なに話してるんだ?」
そこに弁当を食い終わった立神が来た。
「あん、立神君。実はね……」
「あああ、伊集院さん、ダメダメ、これは内緒に」
佐藤が慌てて留美を止めた。
「どうした?」
立神が不思議そうだ。
「なに? 彼に話してはダメなの?」
留美も理解していない。
「うん、ちょっとこっちに……」
佐藤は留美を連れて、少し離れたところに行き小声で事情を話した。
「ああ、そういうことなの。もう、彼ってそういうところあるから。ウフッ、でもそういうところがかわいいのよね」
留美はどうやら理解してくれた。
「よし、じゃあ、今日改めて告白に行こう」
放課後、岸田と宮下、佐藤、そして留美の四人でまた切杉女学院に向かった。
立神はもう興味を失ったのか、さっさと一人で帰ってしまったので、撒く必要はなかった。
「ところで、どうするつもりなの?」
道中、留美が岸田に訊いた。
「もう正面突破で行くつもりだよ」
「それって、彼女にいきなり告白するってこと?」
「そうだ」
「ダメよ。そんなことしちゃ。だって他の子もいるところで告白されたら、彼女はその気があっても、周りの目を気にして断るってこともあるわよ」
「そ、そんなものなのか?」
「もう、ダメねぇ。そんなこともわからないの」
カバのような顔をした女が偉そうに恋愛を語ることに、男三人は正直腹立たしかったが、ここは協力をしてもらった方がいいという判断で、なんとか我慢した。
「じゃあ、どうするのさ?」
「まずは私が行って、その子を別の場所に連れて行くから、そこで岸田君が告白したらいいんじゃない」
「ああ、なるほど。その方が確かにいいな」
岸田は納得した。
確かに男がいきなり現れて告白をされても、彼女も警戒するだろう。でも、同じ年ごろの女の子だとかなり警戒心も薄れるはずだ。
「彼女の言うとおりだよ。伊集院さんに来てもらって良かったな」
宮下が言った。
「私に任せて。ウフッ」
四人は切杉女学院の校門前に着いた。そして、とりあえずリオが出てくるのを物陰で待つことにした。
しばらくするとリオはまた女子三人で出てきた。
「あの子だ」
岸田が言った。
「あの真ん中の子?」
留美が訊く。
「そうだよ」
「あら、なかなか美人じゃない。ま、私には敵わないけどね」
「えっ」
留美の言葉に男三人は言葉を失った。
「それじゃあ、ここで待ってて。私が彼女を連れてくるから」
留美はそう言うと、リオの方へと歩いて行った。
「あの子って、自分の見た目をどう思ってるんだ?」
「美人、と思ってるようだな」
「あの言い方だと、そうだよね」
男三人は歩いていく留美の背中を見ながら話した。
留美はリオのところまで行き、声をかけようとした時だった。
急にタイヤの鳴る音とともに一台のバンが現れた。そして、留美のすぐ横に停車し、中から男二人が出てきて留美を捕まえると、抱えるようにしてバンの中へと放り込んだ。
そして、そのまますぐに走り去った。
それを見ていた宮下、佐藤、岸田の三人はなにが起こったのか一瞬わからなかった。
「いったいなんだ?」
宮下が一番先に声を上げた。
「誘拐?」
「大変だよ!」
それに岸田と佐藤も続いた。
「やりました。うまくいきましたよ」
留美をバンに放り込んだ男の一人が電話で話していた。男は三人で運転手と留美を捕まえた二人だ。
「立神の女を確保しました」
「ちょ、ちょっとなに? どういうつもりですか!」
留美は状況がわからず、男どもに訊いた。
「お前は人質だ。おとなしくしな」
男はドスのきいた声でそう言った。