「どうしよう?」
佐藤が不安げに言った。
「とりあえず、立神に連絡しよう」
宮下はそう言うと、スマホを取りだし、立神に電話をかけた。
「立神、大変だ!」
宮下がそう言うと、立神が、
「はぁ? それよりもさぁ、さっき校門を出たところで変な奴らに手紙をもらったんだよ」
と言う。
「手紙?」
「そうなんだよ。俺の彼女をさらったから、三丁目のビル解体現場に来いって書いてるんだよなぁ。でも、俺って彼女いないし、いったいなんだと思う?」
立神はのんきな声で言った。
「あっ、それはお前、伊集院さんだよ。伊集院留美!」
宮下が叫ぶように言った。
「留美! ちょっと待ってくれよ。あれが俺の彼女だっていうのか?」
「いま俺たちの目の前でさらわれるところを見たんだ」
「なに! 本当か?」
立神もさすがに驚いていた。
「本当だ!」
「クソー、なんであんなブスが俺の彼女なんだよ!」
「いや、怒るポイントそこ?」
「許せねぇ!」
立神は怒っていた。
「あの、怒るのもわかるけど、いまはそれよりも彼女を助けないと」
「当たり前だ! いまから行って彼女じゃないって否定してくる!」
そう言って立神は電話を切った。
「立神君の声が聞こえてたけど、なんか方向性が違うようだったね」
横にいた佐藤が言った。
「うん、どうもポイントが違う気がするけど、どっちにしても立神が連れ去られたところへは行くみたいだから、俺たちも行こう」
宮下がそう言って走り出した。
「俺のことはどうなるんだ?」
岸田は今回も失敗してがっくりしていたが、宮下と佐藤について行くしかなかった。
「こいつがライオン野郎の女か?」
向島がビル解体現場で留美を見て言った。
「はい、そのはずです」
さらって来た男三人が答える。この男三人は、向島がかわいがっている半グレの兄ちゃんたちだった。
「切杉女学院って言ってたよな?」
「はい」
「それにして、えらく不細工じゃねえか。あの学校は顔面偏差値七十以上じゃないと入れねえって話だろ? この女はどう見ても三十以下だろ」
「いやぁ、でも、この女だと思うんですけどね」
男たちは自信なさげになってきた。
「おい、石渡。この女であってるのか?」
向島が石渡に訊く。
「俺も顔は知らないんですよ。ただ、ライオン野郎の彼女が誰か知ってるって奴が、あの女だって言うから、そのまま拉致ってきたんですけどね」
石渡は拉致現場の離れたところから、立神の彼女を知っているという者と一緒にいて、実行犯に指示していたのだ。
だが、伝聞情報ばかりで話が混乱していた。おそらくリオが立神の彼女と勘違いした人がいて、そこから話が周りまわっているうちに、こんなことになったのだろう。
「なにをさっきから言ってるんですか? 帰してください。こんなことしていいと思ってるんですか!」
留美は結構強気だった。
「うるせぇ! お前、ライオン野郎の女なのか?」
向島が訊いた。
「ライオン野郎? ああ、立神君のことね。そうよ。私が彼の彼女よ」
留美は胸を張って言うのだった。
「ほう、そうなのか。よし、お前らよくやった。思っていたような女じゃなかったが、そんなことはどうでもいい。こいつを餌にライオン野郎と痛めつけるぞ! お前ら武器は持ってるだろうな?」
「はい、このとおり」
半グレどもは鉄棒や鎖を手にしていた。
「ところで、ライオン野郎はちゃんと来るんだろうな?」
「はい、俺の仲間が奴に手紙を渡しているんで、それは大丈夫です」
石渡が答えた。
「フフフ、これまでの仮を返すぜ」
向島は不敵に笑うのだった。
「よし、この女を椅子に縛り付けるんだ」
向島の指示に、男どもは留美を縛り上げた。
「ああっ、やめて!」
留美は抵抗するが、男の力にはどうにもならなかった。
しばらくすると立神がビル解体現場に来た。
「おい! どういうつもりだ!」
立神は怒鳴って入ってきた。
「来たな。ライオン。騒ぐんじゃねえ。この女がどうなってもいいのか?」
向島は手に持ったドスを椅子に縛られた留美に向けていた。
「立神君!」
留美が叫んだ。
「クソー!」
立神は地団太を踏んだ。
「ああ、立神、来てたか」
そこに宮下、佐藤、岸田も到着した。
「ハハハ、お前がいくら強くても、大事な彼女を取られては手も足も出まい」
向島は愉快そうに笑った。
立神は口惜しそうに歯を食いしばっていた。
「どうだ? 自分の女が恐怖におののいている姿を見るのは? ハハハ」
「立神、どうする?」
宮下が訊いた。
「おのれ、許せねえ!」
立神は怒りに震えていた。
「この女を傷モノにされたくなかったら、おとなしく……」
と向島が話していると、立神は人間離れした速さで向島に突進し、
「この女は俺の彼女じゃねえー!!」
と向島の顔面にパンチを叩き込んだ。
「ゲフッ!」
向島はあまりの速さと、圧倒的な迫力に、持っていたドスもまったく使うことができずに殴られた。
そして、そのまま棒きれのように後ろに倒れた。
立神はガオーッと吠えて、倒れた向島に飛び掛かり、馬乗りになってボコボコに殴った。その姿は野生のライオンそのものであった。
「ああっ、ヤバい!」
宮下と佐藤は同時に声を上げた。
立神はしばらく殴ってほとんど気絶状態の向島をかかえると、頭にガブッと大きな口で噛みついた。
「ギャアアアアアアアア、助けてくれー!!」
向島の断末魔の悲鳴が解体現場に響いた。
「ああっ、まずいよ。止めよう」
宮下と佐藤が急いで立神に近づき、向島から立神を引き離した。
ライオンの口から出された向島はぐったりとしていた。
「ガルルル」
今回の立神はかなり怒っていて、まだおさまっていない。
残りの男たちのことを唸り声とともに睨みつける。
「ヒイイイイイイ!」
男たちは震えあがった。持っていた武器もすぐに投げ捨てた。とてもじゃないがライオンに鉄棒や鎖では勝てないと悟ったのだ。
「か、勘弁してください! 俺たちは向島さんに言われたからやっただけで」
男たちは土下座する勢いで謝った。
「この女は俺の彼女じゃねえ!」
立神は吠えるように言った。
「はい! そのとおりでございます。そんなブスがあなた様の彼女なわけないです」
男たちはペコペコと頭を下げた。
そして、走って逃げて行った。
石渡も逃げようとしたが、立神が捕まえた。
「ヒイイイ、か、勘弁してくれ! もう二度と手出しはしねえ。だから見逃してくれ!」
石渡は恐怖のあまりに失禁していた。
「いいか、あの女は俺の彼女じゃねえ! あんなブスが俺の彼女なわけないだろう!」
立神はそう言って石渡を殴った。
「は、はい。そのとおりです。あんなブスはあなたの彼女じゃないです」
石渡は鼻血を流しながら言った。
「みんなにもよく言っておけ!」
立神は言って石渡を放した。
すると石渡はあたふたと逃げて行った。
「良かったね。無事にすんだよ」
佐藤が言った。
宮下と岸田が、留美を縛りから解いた。
「ありがとう、立神君。嬉しかったわ」
留美は涙ぐんでいた。怖かったのだろう。
「フン、連中の勘違いをそのまま放置するわけにはいかねえからな」
立神はそう答えた。
「もう、強がり言って。でもいいの。あなたの本当の気持ちはちゃんとわかってるんだから」
留美はまったく気にしていないようだった。
「それにしても、立神の強さは尋常じゃないな」
宮下が感心していた。
「ほとんど、ライオンそのものだね。ヤクザでもあれには勝てないよ」
「まぁ、あれぐらい朝飯前よ。ガハハハ」
立神は誤解を解くことができてすっかり機嫌が良くなっていた。
「あの、俺の告白はどうなるの? みんな忘れてる?」
岸田は完全に忘れられているのだった。
向島は、立神らが帰った後、仲間が助けに来たが、顔面と頭がい骨の骨折で全治三か月の重傷だった。あごの骨が砕け散っていたので、治るまで流動食の生活を余儀なくされた。
そして、もう二度と立神にはかかわらないと心に誓うのだった。