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第20話 鬼塚の策略

「あいつになにか仕返ししねえと我慢ならねえよ」

 鬼塚は顔に絆創膏を貼っている。

 数日前、サッカーの試合にかこつけて、立神を痛めつけようとしたが、逆に痛い目を見ることになった。しかし、反省することもなく次の作戦を考えていた。

(やはり、まずはあいつと仲良くなってから、チャンスを狙った方が得策か)

 鬼塚はそんなことを考えていた。


 放課後になった。

「おい、立神。たまには練習に来てもいいんだぞ」

 ボクシング部の顧問原田が立神のところに来た。

 立神にボクシング部の窮地を二回も救ってもらったので、原田もさすがに偉そうには言えなくなっていた。

「練習っすか?」

 立神は相変わらずやる気はない。

「おう、そうだ。お前がやる気を見せてくれたら嬉しいなって俺も思ってるし、部員のみんなも思っているんだぞ」

 原田は気持ち悪いぐらいの猫なで声だ。

「まあ、でも、俺、ボクシングに興味ないんっすよ」

「そ、そうか。でも、そのうちやる気になったら練習に来てもいいだからな」

 原田はもう焼肉で釣ることはしなかった。以前にかなり出費することになり妻にひどく叱られたのだ。

 原田はそれだけ言うと教室から出て行った。


「なあ、立神ってボクシング部なのか?」

 鬼塚が自分の腰ぎんちゃくに訊いた。

「そうだよ。あいつは一応ボクシング部だ」

「へえ、ボクシングねぇ」

「でも、全然練習は行ってないみたいだ。顧問の原田が焼肉で釣って練習とかをさせているって話は聞いたことがあるけどね」

「焼肉? ハハハ、あのライオン頭ならそういうこともあり得るな」

(待てよ。そうか、いいことを思いついた)

 鬼塚はひらめいた。

「おい、立神。お前、ボクシング部なんだって?」

 鬼塚は帰り支度をしている立神に近づいて訊いた。

「はぁ? まぁ、一応そういうことのようだけどな。それがどうかしたのか?」

「俺もボクシングに興味があるんだよ。だからさぁ、悪いけど俺にボクシングを教えてくれよ」

 鬼塚は下手に出た。

「はぁ? なんで俺が? 知らねえよ。面倒臭い」

 立神はまったく興味を示さなかった。

「まぁ、まぁ、そう言わずに。もし俺にボクシングを教えてくれたら、焼肉を好きなだけ食べさせてやるからさ」

「なに! 好きなだけ? 焼肉を?」

 立神の目が光った。

「ああ、そうだ。どうだ? 教えてくれるか?」

 鬼塚は手ごたえを感じた。

「ボクシングを教えるぐらいお安い御用だぜ。じゃあ、早速ボクシング部へ行こう」

 立神はこれまでの態度と打って変わって、メチャクチャやる気になっていた。

(ちょろいもんだぜ。こんなライオン頭なんて食べ物で簡単に操作できるってことだ)


 立神と鬼塚はボクシング部の部室へと向かった。

「さあ、焼肉腹一杯食うぞ!」

 ボクシングなんて立神には関係ないようだった。

(フフフ、焼肉ぐらいでこれだもんな。バカは幸せだよ。俺のような資産家の息子にとっては焼肉を奢るぐらいはした金だぜ。教えてもらうという体で、逆にこいつを叩きのめしてやるよ。いくらバカ力でも、教えているときは隙もできるはずだ。いまに見てろよ)

 鬼塚は実はボクシングを中学の時から習っていた。プロデビューしている選手を相手に互角にやり合うぐらいの腕前だ。

 立神がボクシング部に顔を出すと、

「おおっ、来てくれたか!」

 原田が満面の笑みだ。

「今日からボクシング部に入りたいんですけど、いいですか?」

 鬼塚は低姿勢でお願いした。

 部員のメンバーは、鬼塚がこの学校の実質番長であることは知っているので、少しざわついた。

「おっ、お前は鬼塚じゃないか。そうか、お前もボクシングをやりたくなったか」

 原田は嬉しそうだ。

 当然原田は鬼塚にも目をつけていた。見た目も良く体格も良い。運動神経も抜群のこの男なら、ボクシング界のスターになれると以前から思っていたのだ。

 しかし、原田が声をかけても、鬼塚はまったく乗り気ではなく、あっさり袖にされていた過去があるのだ。

「いまさらですが、俺も頑張ります」

 鬼塚はあくまで低姿勢だ。

 それに部員は違和感を感じていた。

「なんかおかしくないか?」

「そうだよな。鬼塚がボクシングをやるって本気か?」

「ボクシングにまったく興味がないって聞いたことあるけど」

 部員は鬼塚らに聞こえないようコソコソと話した。


「先生、俺、立神に教えてもらいたいんですけど、いいですか?」

 鬼塚が言った。

「えっ、立神にか? ま、まあいいだろう」

 原田はしぶしぶという感じで言った。

「ええ、まずいんじゃないですか? 立神はボクシングはできないですよ」

 井上がすぐにそう言ったが、原田は、

「シーッ、せっかくあの二人がやる気になったんだから、今日のところはとりあえずこのままやらせよう」

 と言うのだった。


 立神と鬼塚はジャージに着替えてグローブをつけた。

「じゃあ、まずはなにをする?」

 鬼塚が言った。

(まずはシャドーかミット打ち当たりで体を温めてって感じだろうな)

 鬼塚は勝手にそう予想していた。

「早速スパーリングやるぞ」

 立神は言った。

「えっ! いきなりスパーリング?」

 鬼塚は立神の提案に驚いた。

「ああ、そうだ。なにか問題か?」

「あ、いや、そうではないけど、もうちょっと基礎的な事からのほうが……」

(やべーよ。ミット打ちとかの時に間違ったふりをして殴ってやるつもりだったのに、スパーリングだと計算が狂うじゃねえか)

 鬼塚はなんとかスパーリングは回避したかった。

「基礎的な事? そうは言ってもなぁ、俺はボクシングのことはなにも知らねえからなぁ」

 立神は本当になにも知らなさそうだった。

「それじゃあ、あのサンドバッグを使って、パンチの打ち方を教えてくれよ」

(なんだよ、このライオン頭。まったくボクシングのことを知らねえのかよ。ヘヘヘ、だったらどうにでもやれるな)

 鬼塚は腹の中で笑った。

「サンドバッグか。まあ、じゃあそれを使ってみるか」

 立神は仕方がないという感じでサンドバッグのところに行った。

 鬼塚も来る。

「パンチってどうやって打つの?」

 鬼塚はなにも知らないふりをして訊いた。

「それは力いっぱい殴ればいいんだよ」

「それだけ?」

「そうだ。俺はいつもそうしている」

(ハハハ、こいつ、本当になにもわかっていねえ。ボクシングは実は細かい技術の積み重ねだ。バカ力だけじゃあどうにもならねえんだよ)

 鬼塚は立神がまるっきりボクシングの素人であると確信して、だいぶ気持ちに余裕ができた。

「じゃあ、見本を見せてくれよ」

 鬼塚は言った。

 「おし、じゃあ、見てろよ」

 立神はそう言うと、力いっぱいサンドバッグにパンチを叩き込んだ。

 するとサンドバッグはガシャンという音とともに、釣っていた鎖が千切れ飛んだ。

「立神、頼むから備品を壊さないでくれ」

 原田が言った。

「いや、まいったな。よく考えたらサンドバッグって初めて叩いた。こんなに弱かったのか。ガハハハ」

 立神は豪快に笑うのだった。

(こいつ、こんな凄いパンチなのかよ。まともにやり合ったらただじゃ済まねえな)

 鬼塚に恐怖心が走った。

「やっぱり、実戦での練習の方がいいよ。リングに上がれよ。スパーリングだ」

 立神はそう言って、リングに鬼塚を引っ張って上がった。

「えっ!」

 鬼塚はヤバいと思った。

「さあ、誰かゴングを鳴らしてくれ」

 立神が言うと、誰かがゴングを鳴らした。

(クソー、こうなったらやるしかねえ。大丈夫だ。こいつはボクシングは素人だ。落ち着いてやればなんとかなるはずだ)

 鬼塚は自分に言い聞かせた。

「オリャー」

 立神は変な掛け声とともに、向かってきた。

 鬼塚は咄嗟にガードを固めた。

 しかし、立神のパンチ力はそんなガードは関係なかった。ガードした腕もろとも鬼塚は吹っ飛ばされた。

 そして、ロープに跳ね返されて戻ってきたところを、立神はジャンプしてフライングボディアタックを決めた。

 立神の巨体が鬼塚を襲う。

 鬼塚は立神の身体にぶち当たられて、そのままリングに倒れた。

 立神はそんな鬼塚にガオーっといって噛みついた。

「ギャアアアアアアア!」

「まずい!」

 原田が急いで止めに入った。

 結局、鬼塚はなにもできずに終わった。


 医務室に運ばれた鬼塚は、

「あいつ、ボクシングを知らなすぎる」

 と一人泣いていた。

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