「今日は帰りに牛丼を食って帰ろうぜ」
立神はすでに涎が出そうな顔をしていた。
「そうだな。そうしよう。俺も腹減ってるし」
宮下が言った。
「いいね。俺も腹減ってるよ」
佐藤も言った。
そんな会話をしながら、立神と宮下、佐藤が下校しようと校門を出ると、そこに華流高校の番長、石渡が仲間数人といた。
「おい、立神」
石渡が声をかけてきた。
「…………」
立神は黙って石渡の方を睨んだ。
「あっ、こいつは!」
宮下と佐藤はなんでこの連中がうちの校門で待っているんだと身構えた。
(まさかまた喧嘩をしに来たのか?)
「すまんが、ちょっと話がある」
石渡は言った。
どうやら喧嘩に来たということではないようだ。
「…………」
立神はまだ黙っていた。
「ここではなんだから、ちょっとそこまで来てくれ」
石渡はそう言って歩き出そうとした。
しかし、立神は動こうとしないし、まだなにも言わなかった。
「立神君」
佐藤が声をかけた。
「お前誰?」
立神が言った。
「え?」
「だから、お前誰よ?」
どうやら誰だかわからないので思い出そうとしていたようだ。
「石渡だ!
石渡は怒鳴った。
「いやぁ、すまん。ガハハハ。ところで話ってなんだ?」
立神は忘れっぽいので過去のわだかまりもまったくなかった。
「別の場所で話そう。ここではまずい」
石渡はそう言って場所を変えようと歩き出した。
「嫌だよ。面倒くさい。それなら話は聞かない」
立神はそう言うと自分の帰る方へと歩き出した。
「ああ、待て待て。わかったここで話す。実は、最近うちの高校が
石渡は仕方なしに話し始めた。
「小和井高校から狙われる?」
「そうなんだ。その高校の奴らがうちの生徒にちょっかいを出してくるから、番長の俺が出て行って追っ払おうと思ったんだが、相手がやたら強くてな。恥ずかしい話なんだが、俺たちだけではどうにもならん。だから、お前の力を……」
石渡の顔に苦渋の表情が浮かんでいた。
もともとの敵に頭を下げるのがよほど悔しいのだろう。
「へぇ、でも、俺は関係ないし」
立神はまったく興味がなさそうだ。
「確かにお前には関係のないことだ。だが、このままでは華流高校は小和井高校の勢力に飲み込まれてしまう。そうなると華流高校の風紀が乱れてしまうことに……」
石渡は苦しそうに言うのだった。
(いや、もともと華流高校は風紀は乱れているから)
宮下と佐藤は心の中で思うのだった。
「そして、俺たちの進学も危うくなってしまうんだ!」
(進学とか目指す学校じゃないでしょ)
「だから、なんとかここで食い止めて、奴らのことを排除しないと、俺たち、華流高校の生徒の未来はないんだ」
(なんだかよくわからない話だなぁ)
石渡はとにかく必死だった。
宮下と佐藤は立神を見た。
立神は腕を組んでその話を聞いていた。その様子はいつになく真剣だ。
「牛丼はやっぱり特盛にするよ」
立神が言った。
「え?」
立神以外が全員そう言った。
「だから、特盛にするって。家に帰ったら晩飯があるから大盛でもいいかなって思ってたんだけど、やっぱ特盛だな。ガハハハ。男は常に上を目指さないとな」
「お前、いま牛丼の注文を考えていたのか?」
石渡はプルプルと怒りに震えた。
「そうなんだ。牛丼屋に行くって決めてから、ずっと考えてたんだよ。特盛か大盛か。小遣いも少ないしなぁ。あんまり贅沢もダメかと思ったんだよ。でも、そんな細かいことにこだわってちゃダメだって、オヤジがよく言ってるなってな」
立神にとって石渡の気持ちなどはどうでもいいのだ。
「ま、まあ、牛丼のことも大事だろうが、俺の話についてはどう思うんだ?」
石渡は怒りをこらえて訊くのだった。
「ああ? まぁ、俺には関係のないことだし、勝手にやれば」
立神はやはりまったく興味がなかった。
(まずい。こいつをなんとか仲間にしないと連中には勝てねえ)
石渡はどうすべきか考えた。
「お前が俺たちに加勢してくれるなら、牛丼特盛を十杯奢ってやるからどうだ?」
(こんな手に乗るのかなぁ)
石渡はあまりの子供だましの提案に、自分でも少し恥ずかしかった。
「なに! じゃあやる」
立神は即答だった。
「お、おう、助かるぜ!」
(こいつがバカで良かったぜ)
石渡は立神に手を出し握手を求めた。
「ガハハハ、俺に任せとけ。牛丼特盛頼むぜ!」
立神は嬉しくなって興奮したのだろう。石渡の手を固く握った。すると、
「ボキボキ」
と軽い音がした。
「ギャアアア!」
石渡が叫んだ。
「なんだ?」
石渡の取り巻きが石渡に集まった。
「手、手が、砕けた」
「ガハハ、すまん。ちょっと嬉しくて力が入っちまったよ」
立神は頭を掻いた。
取り巻き連中はなにも言えなかった。
「ま、俺に任せとけ。明日早速その連中を成敗しに行こう。それじゃあ、まずは牛丼を奢ってくれよ。いまから食いに行こう」
立神はそう言うと牛丼屋に歩き出した。
「立神君、さすがにまずいんじゃないの? 他校のもめごとに加わるなんて」
佐藤は心配そうに言った。
「別にどうってことねえよ」
「そうだよ。佐藤。こいつは普通じゃないんだからさ。簡単に相手の連中をやっつけて終わりだろう」
宮下が言った。
そして、立神、宮下、佐藤の三人は牛丼屋に行った。
石渡も行くはずだったが、手が砕けたのでさすがにそのまま病院に直行となった。ただ、牛丼十杯分の金だけはきちんと立神に渡していた。
「それにしても、立神。お前があの連中に加勢することになるなんてな。わからないものだな」
宮下は牛丼を食いながら言った。
「そうだよね。石渡ってそもそも立神君のことを締めに来てたのに」
佐藤も言った。
「これも俺の人徳ってやつだな。ガハハハ」
立神はすでに牛丼特盛を十杯自分の前に並べていた。
「人徳って言っていいのかねぇ」
「まぁ、確かに人徳ともちょっと違う気はするね」
宮下と佐藤はゆっくりと牛丼を食べているが、その間に立神は、ライオンの大きな口で飲み物のように牛丼を喰らっていた。
「立神君が強いのは確かだから、そういう方面では頼られるってことなんだろうね」
「それは、そうだよな。規格外だから、こいつ」
そんなやり取りの間に、立神はすべて食い終わり、爪楊枝で牙の掃除をしていた。
「ああ、食った食った。十杯食うとさすがに腹も膨れるな。ガハハハ」
立神は膨れた腹をポンと叩いた。
その頃、病院では、
「石渡、大丈夫か?」
「複雑骨折だった」
石渡は泣いていた。手はギプスで固められている。
「でも、これで小和井高校の連中を追っ払うことができるぞ」
「全治三か月だって」
石渡は自分の手を涙目で眺めた。
「あの立神って奴は、敵だととてつもなく怖いけど、味方となるとめちゃくちゃ心強いよな」
「利き手だぞ。しかも手術を三回はするらしい」
石渡はうなだれるのだった。
取り巻き連中は興奮気味だが、石渡はもう小和井高校との喧嘩のことなどは考える余裕がなかった。