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第38話 机上追跡

「ただいまぁ」

 寮のドアを開けて、意識して大声を出す。


(ま。そんな事にはなってないと思うけどね)

 教室前での一幕を思い出しながら靴を脱ぐ玄関先で、ジュニアの視線が止まった。


 イチとカエの靴がない。


 上がって来る時に、駐輪場にイチの自転車は確認している。

(出掛けた? カエを送って行ったのかな?)


 それにしては帰宅路で会わなかったし、そもそもイチはそういう事をしない。

(なんだろう……。気にし過ぎかな)


 ざわざわと気になる。

 ひとまず自室に入り、カバンを片付けて部屋着に着替えた。


(まだ4時前だ。夕方まで待とう)

 パソコンの電源を入れ、今朝巽に頼まれたアクセス権への侵入へ、意識を集中させた。


 ###


「ただいま」

「っ。なんだカイリか」


 あからさまに落胆した声にカイリが寂しそうな顔をしてリビングに姿を見せる。


「なんだ。ってなんだ。

 イチいるか? 6時間目の後、全校に連絡のあった『短髪の男子生徒とポニーテールの女子生徒』ってイチとカエだろ。人命救助したとか何とか」

 カイリの目がリビングを見渡す。


「うん。目立つといろいろ面倒だし、全校朝会なんかでさらし者になりたくないからね。

 2人とも 6時間目が始まる前に学校は脱出したはずなんだけど……」


 スマホの着信音が鳴り、手を伸ばしたジュニアが通話ボタンをスライドする。


「もしもし?」

『電話もらったのに出られなくてすまなかったな』

「大丈夫だよ。今朝巽さんに頼まれてた、データベースのアクセス権の事なんだけどね、侵入出来たからご連絡」


『ああ、あれか』

 明らかに落胆した巽の声に違和感を覚える。


「なんかあったの?」

『お前達が確保してくれた犯人な、本庁から連絡が来て強制的にかっさらわれたんだ』

 悔しさを滲ませて、言葉を吐き出す。


「連れて行かれちゃったんだ。

 まぁ、しょうがないよ。データベースに侵入したからわかった事だけどね、運転手も含めてあの3人、公安警察の人間だった。

 超強力ブロックされてるわけだよ。警察関係者がうちカエを襲撃するなんて、〈おじいさま〉の人徳の無さが伺えるよねぇ」


(呼び戻されてるのか……。悪い予感しかしないや)


「ねぇ巽さん……。

 また、連絡するかも」

『? ああ』

 通話を切ってパソコンのマウスを操作する。


「カイリ、リカコ呼び出して。

 ちょっとマズイことになってる気がする」

「なんだ、マズイことって」

 聞きはするが、返事は待たずにカイリは電話をかけた。


「ちゃんと緊急回線でかけてよ」

 通常の用事はメッセージも電話もLINEで、緊急時は電話番号からかける約束になっている。


『なんでこの回線でかけて来たのよ』

 長いコールの後、開口一番リカコの不機嫌な声が出た。


「ジュニアがリカコを呼び出せって言うからさ。なんか良くない事になってるらしい」

 全く要領を得ないカイリの説明に、リカコが小さく息を吐く。


『私も気になったのよ。カエちゃんと連絡が付かない。

 まだ学校なの。出来るだけ早く行くわ』



 ###


「2人が帰ってこない?」

 寮に着くなり、リカコはソファ横の籠の中にスポバを落として、カイリと共にジュニアの座るパソコンデスクを囲む。


「これ見て」

 パソコンに映る駐輪場の映像を再生する。


「防犯カメラにアクセスしたんだ。

 3時過ぎ。イチのチャリで2人が入ってくる。先に降りたカエが……ここ、画面の外の誰かと話してるんだ」


 イチの向かった方向とは90度別の方向を向いて、画面の端に横向きに映るカエが何かを話している。

 そして急にイチの消えた方に振り向くと、何事かを叫ぶ。


「その後は画面からフェードアウト。もうどこにも映って無い。

 この後に駐車場からシルバーのバンが出て行く」


 違う防犯カメラの映像に切り替える。

「下を見て。

 バンが見切れてすぐ、アスファルトに赤いテールランプが反射するんだ。停車時間から見ても数人の人間が乗り降りしたはず。

 防犯カメラの位置を把握して、映らないように動いてる奴がいる」


「駐輪場の映像をもう一度見せて」

 リカコが身を乗り出してくる。

 カエが叫んだ後、画面からフェードアウト。


「ここっ!

 左上のカーブミラーの中を拡大して」

 リカコの声に一度止まった映像から、鏡の中を切り取り、ボヤけた画像の解析度かいせきどを上げていく。


「いた。この頭、イチだね」

 その後ろを、少し離れて歩くガタイのいい男。


「イチの身長が大体177。コイツは2メートル近いかな。カエはちっちゃいから映ってないや」


 リカコを振り返って続ける。

「カイリには話したんだけど、巽さんのところで引き取ってもらった奴ら、本庁に連れて行かれちゃったんだって。

 しかもこいつらが公安警察の人間だった」


「公安……」

 リカコが手で顔を覆う。

 公安警察は犯罪組織の見張りや内偵を行い、防犯重視の組織だけど、とにかく秘密主義。


 ジュニアのスマホにLINEが着信した。

 内容に目を走らせると顔を上げる。

「2人が拉致られてから大体2時間。偉いね。インカムがちゃんとオンになってた」


 パソコンの画面を地図に切り替えると、GPSの発信元がカエを表すピンクの光を放つ。

「後30分で真影さんが来てくれるって。2人をお迎えに行こう」

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