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第40話 リベンジマッチ

「カエっ、カエっ!」


 イチの声に視線を上げる。

 どうやら無意識に座り込んでいたらしい。


 腰をかがめ、視線は痩せ男たちに向けたままのイチが手を伸ばしてくる。

「しっかりしろ! また、榎本の時の二の舞になるぞっ!」


 そうだ、あんな迷惑もうかけらんないよ。

 鼓動の激しさに、浅くなった呼吸を整える。

 とりあえず今を切り抜けることだけに集中しよう。


「ごめん。大丈夫」


 ギュッ。


 伸ばしてきたイチの手を、一度だけ強く握りしめてゆっくりと立ち上がる。


「ここを抜けたら、本庁まで押しかけて〈くそじじぃ〉に真意を問いただしてやる。暴露されたら後がないのはお互いさまだ」

「……うん」


 ニヤニヤと相変わらずいやらしい笑みを浮かべる痩せ男の背後から、大男が前に出て来た。


「昨日のリベンジマッチだ」

 視線は明らかにあたしを見ている。


「下がってろ。まだ万全じゃ無いだろ」

 イチがあたしの前に立つ。

 もちろんアバラの痛みはまだ消えてはいない。

 手錠のハンディキャップもかなりの重荷だ。


「自分の身ぐらいはしっかり守るから、そっちは頼むね」

 昨日だって「勝ったっ!」って言えるような勝利じゃなかった。


 近くにいたら邪魔になる。


 もう1人、運転手の男がいないのが気にはかかるけど、痩せ男の動向に注意しつつイチとは距離を取った。


「おおー。カッコいいねぇ。どこまで女をかばえるか、楽しみだ」

 構えるイチに、大男が向き直る。


 スピードならイチに分があるけど、パワーは向こうが上だろうな。

 手錠のハンデ、拳銃のプレッシャー。


 うん。分が悪いにも程がある。


 睨み合いながら、徐々に間合いが詰まっていく。


 ダンッッ!

 足を踏み切る音に、大男が先陣を切った。


 イチの顔面を狙い振り上がる足に、ギリギリのところで身体をそらす。


 そのまま上体を沈み込ませたイチが、体勢を戻す直前の大男の胸元に蹴りの一撃を放つ。


 タイミングは悪くない。


 でも、手が使えない事で威力が落ちているのは明白。

 大男も少しバランスを崩した程度で持ち直し、顔面を狙い拳を繰り出してくる。


「避けてるだけじゃ、どうにもならんぞ!」

 痩せ男のヤジが飛ぶ。


 むかっ。

「ハンデかましといて偉そうな事言わないでっ!」


 つい口が出た。

 痩せ男の持つ拳銃がゆっくりとあたしの方を向く。


 っっ!

 視界の隅でイチが不自然に体勢を崩すのが見えた。


 ズッシリと重い音と共に、イチの身体がほこりにまみれたビニール床を滑ってくる。


「イチっ!」

「かばうものがあるのは大変だ。あんまり気を取られていると、自滅するぞ」


 あたしのせいだ。

 近づくあたしを手で制して、立ち上がるイチが大男に向かっていく。


 このままじゃ、打開だかい出来ないよ。

 気持ちだけが焦る中、すぐ外で大きなスピーカー音が響き出す。

 夕方を連想させる童謡、子供達に帰りを促す女性の声。


 5時半のチャイム。


 散々車で連れ回されたのに、聞き慣れたこの声は、地元から抜けてないんだ。

 イチの攻めは蹴り限定、逃げながらの攻撃はどうしても手数が少なくなる。


 顔スレスレを抜ける大男の腕を両手で掴み、勢いを乗せたまま綺麗な一本背負いが決まった。


 ズダァァンッ!

 埃を舞い上げて床に叩きつけられた大男が、ギリギリと歯を噛み締める音がここまで聞こえてくる気がする。


「クソガキがぁっ」

「小娘にもやられて、その小僧にもやられていたら立つ瀬がないな」

 大男の苛立つ顔が、痩せ男の冷たい一言に瞬時に凍りつく。


 上下関係はよっぽどキツイみたいね。


 そのまま逆上しててくれれば、付け入る隙も出来たかもしれないのにっ。


 三度みたび間合いを取り睨み合う。


 ジュニアっ。早く見つけて。

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