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第56話 ある日のジュニアくん3

 店内からの一斉避難を呼びかける放送に、辺りがざわざわと騒がしくなった。

 不安そうに話し合う人、苛立(いらだ)ちをあらわにする人。


「こうなると気になるね。さっきの警官」

 ジュニアの抑えた声に店員たちの避難を誘導する声がかかり始めた。

 店内を巡回する警備員も携帯電話で店内の撮影を始める客を追い立て出す。


「ここなら森稜(しんりょう)署の管轄(かんかつ)だよ」

「巽さんが現場に出てくるわけないだろ。

 現場にいるって伝えても、帰れって言われるだけだよ」

 眉をひそめるイチと合わせる視線が語るのは

「首突っ込んでも巽さんがうまくうやむやにしてくれるってこと」

 抑えられない好奇心。

「そっちかよ」



 ###


 先程警官たちの入って行った|staff only(スタッフオンリー)の扉の前に立つと、気配を消すように中に滑り込んだ。

 殺風景な細い通路をバイト従業員になったつもりで進んで行く。

 荷物の嵩張(かさば)るバックヤードを、ジュニアはカンだけを頼りにズカズカと進み、【事務所】と書かれた扉をくぐった。


 館内放送のように避難をしたのか、避難誘導に回ったのか、とりあえず人の気配はない。


 耳に手を触れたジュニアが、奥の扉を指さしイチを誘導する。

 〈音が聞こえた〉ジュニアの進む先には、一部がガラス張りの内部の見える休憩室のようなところ。


「爆弾処理班の到着は14時40分を予定しています」

 緊張の伝わる男の声に、ため息混じりの声が答えた。

「爆破予定時刻のたった20分前じゃねぇか。

 館内の避難はどのくらい済んだか、確認しておけ。

 あとは爆発物の発見に全力尽くせ」


 投げやりとも言えなくない口調に、数人の男がする返事を聞いてジュニアとイチはあわてて扉の陰に貼り付いた。


 小走りにバックヤードへと散らばって行く人影は、そんな2人には気がつかなかったようで、小さく胸を撫(な)で下ろす。

 声や、物音から、それでも室内には少なくとも3人の大人のいる気配。


 ジュニアの合図に、2人はゆっくりとその場を後にした。




 少し離れた日用品のダンボールの影で、ジュニアは何やら検索していたスマホのページをイチに見せた。


「ネットの書き込みに、今日この商業施設を爆破するって投稿があったみたいだね。


 元の書き込みは削除されちゃったみたいだけど、リツイートまでは完全削除は難しいからね」


「『私は王になる。

 バベルの塔が、怒りの雷(いかづち)に撃たれたように。この手で愚(おろ)かな守銭奴(しゅせんど)どもを打ち崩すのだ。

 平和のハトがついばむリンゴはその始まり』」

 細かな装飾を施(ほどこ)した枠の中に書かれた投稿の手紙を、イチが読み上げる。


「バベルの塔に雷を落としたのは神様で、守銭奴は出てこないし、リンゴは聖書繋がりかな?

 なんかいろんなものがごちゃごちゃしてるね」

 スクロールする画面は黒い小箱と複雑なコードの写真を見せる。

 ジュニアの部屋でもよく見かける、基板(きばん)と呼ばれる板。


「シンプルで無駄がない。

 きれいな配線だな。画像だけど八割方。本物」

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