近場の窓から外を覗き込んだジュニアは、車の走る大通りから自分の今いる位置を確認した。
「あれはやっぱりリンゴだよね」
イチと共に人の気配の無くなった店内を走りながら、自分の答えが正しかった満足感に大きくジュニアが頷(うなず)く。
小さいリンゴか、デカいサクランボか。
イチからしてみたら、いまいちどんな仕掛けだったかすら記憶のない事案に、コメントしづらいことこの上ない。
止まってしまったエスカレーターを駆け上がり、時折現在地を確認するように外に目を向けるジュニアがイチに売り場の物陰に隠れるように指示を出した。
巡回(じゅんかい)をする2人1組の男性は、立ち並ぶ店舗の1つ1つを入念にチェックしていく。
「お役所はいつだって頭が硬いんだ。
そんなんじゃ時間がいくらあっても足りないよ」
隙を見て物陰から飛び出したジュニアとイチは、最上階へのエスカレーターを登りきると店内から再びバックヤードへと姿を消した。
太い配管がいくつも通る、華やかな商業施設の裏側を走り抜けて、頭の中の地図を頼りに進んでいくジュニアの目の前には鉄製の小ぶりな扉が姿を現す。
嬉しそうな微笑みが、侵入者を拒(こば)むような分厚い鉄の扉に手をかけた。
「ビンゴ。鍵が開いてる。
先に入った人間がいるんだ」
ここは仕掛け時計に直接繋がる扉のはず。
腕時計に視線を送ったイチが視線を上げた。
「5分ないぞ」
無機質の冷たい扉の中は、ガラス張りの空間から晴れた空が広がっている。
視線を巡らせたジュニアに、色鮮やかな森の中にいるような仕掛けが映った。
「見当たらない。
ここじゃないのかな」
だとしたら、もう避難も間に合わないな。
後半のセリフを飲み込んだのは、何も後ろに控えるイチの為ではない。
ガコンと大きな機械音に、注意が引かれた。
ガラスに沿うように半円形に敷かれた細いレールに乗って、背景の森の中からハトが出てくる。
「時間だっ」
狭い入口の外で、イチの焦る声を聞きながらジュニアが見たのは反対側の森から出てきた切り株に乗ったリンゴ。
その手前には
「あった。
起爆装置!」
工具箱を抱えた身体を滑り込ませて、奥に見える切り株に手を掛ける。
「固定されてる」
続いて室内を覗き込んだイチは、ガラス張りの室内に宙に放り出されたかのような錯覚を覚えて、入室を躊躇(ちゅうちょ)した。
うつぶせになり工具箱を広げるジュニアに向かい、大きな作り物のハトが迫る。
「待っ」
イチの伸ばした手はハトの背中をかすったのみ。
細いレールの走る床に仰向けに身体を滑り込ませた。
大きく振りあがるハトの首。そのくちばしは一直線にリンゴと起爆装置のスイッチに振り下ろされる。
間一髪、イチの両手がハトの首を下から支えるように受け止めた。
「イチ、ナイス」
黒い外箱の蓋(ふた)を外したジュニアは押し込まれたカラフルなコードの束を慎重に引きずり出す。
「ハト、デカいよ。
ジュニア、急いでくれ」
ガチンガチンと空回りする音を立てて、モーターだか歯車だかがハトの首を振り下ろそうと力ずくでもがいて来る。
「あいあい。
僕も知らない人の作った爆弾なんかで死にたくないよ」
押し込まれていたコードを、基板(きばん)に沿うように並べなおすと、数を数えて左右に分けていく。
「えとー。
A-Dが繋がって、B-Cだから……。こことの対(つい)がこっち側」
頭を整理しながらごそごそと箱の中身をチェックしていくジュニアの真横で、ハトの首を支えるイチの腕にも限界が近づいている。
こめかみには青筋が立ち、袖をまくり上げた腕からは盛り上がる筋肉の筋がプルプルと震えだす。
「早くっ」
「もうちょい耐えて。
……切るよ」
パチン。
絶縁体(ぜつえんたい)に巻かれた配線を切る小さな音が異様に耳についた。
時間すら止まったんじゃないかと思うほどの一瞬の静けさの後に、大きなため息と共に床に突っ伏したジュニアに、イチもハトの下から転がり出る。
この数分の激闘をものともせずに、ハトはのんきにリンゴの手前の黒い箱をついばんだ。