「おはようございます」
「おう、おはよう。昨日はお疲れさん」
「ありがとうございます!」
翌日、アリアをとフランツはいつものように食堂へ顔を出す。するとそこにギルフォードがすでに着席していて、挨拶をした。
「おはようございますギルフォードさん」
「おう」
二人が挨拶をして席につくと、ギルフォードがお茶を飲みながら声をかけてきた。
「今日もギルドへ行くのか?」
「ええ、そのつもりです」
「……ジャネット達の話だと、エルフの追手が来ているそうじゃないか。大丈夫なのか?」
「心配してくれるんですか?」
意外な言葉にアリアが目を丸くして驚く。フランツも持って来た朝食を置きながらギルフォードを見ていた。
「なんだ、そんなに意外か? 一応、お前達からは報酬を貰っているからな。ちょっとした警告みたいなもんだ」
「なるほど。お気遣いありがとう。でも、試したいことがあるから行って来るわ。ジャネットさんかランキーさんは?」
「そうか。まあ、決めたことを止めるほど野暮じゃねえ。今日のランキーは別のパーティと出稼ぎだ。ジャネットは二人のお世話役だから居るぞ」
「ならジャネットさんと行きましょう。フランツ、ちょっと人が見えないところで魔物と戦いたいかも?」
「はは、やる気だねえ。まあ、今後を考えるとアリアが力をつけるのはアリだと思う」
フランツは苦笑しながらアリアの言葉を聞いていた。しかし声は真面目だった。
そのまま続きを話し出す。
「追手がエルフで三人なら、ややもすればこの町を明日にでも出る必要があるんですよ。どこで出くわすか分からないですが、いざ戦闘になったら僕一人では勝てない。逃げるのも難しいですね」
「そこまでなの?」
フランツの言葉にアリアが冷や汗をかく。頷いたフランツは一応、と念を押してから続けた。
「隣の国へ行けば彼等もそう簡単に追ってこれない。だから本当なら顔を見せて試すような真似はしたくないんだ」
「……でも、止めないのか?」
「ええ。賭けでもあるのですが……アリアを誤認するようであれば、ほぼ逃げ切れるかと考えています」
「そうなのかい?」
フランツが神妙な顔でジャネットの言葉に頷いた。
見つかれば逃げきれないというのにそんな賭けに出る必要があるのか? 三人が見守る中、フランツは話を続ける。
「アリアと顔合わせをしてもなんとかなる理由は大きく二つあって、まずこっちはリアさんのつもりで動いていることです。即座にアリアだと気づかれることは少ない。そして二つ目は町の中でお互い暴れるわけにはいかない、ということです」
「ああ、それはそうだな。こっちは中堅とはいえギルドに近い組織であるクランだ。ジャネットや俺がウチのメンバーに手を出すなと言えば牽制になるか」
「おー」
「いやいや、あんたはバレたらどうするつもりだったのさ……」
フランツの言葉にアリアは手を合わせて感嘆の声を漏らす。逆に言えばそこまで考えずにどうして大丈夫だと思ったのかとジャネットは苦笑する。
「ま、その時はその時よ! なんせ私はせ……っと、いいとこのお嬢様だもの」
「でも、見つかったら連れ戻されるんだろうが。追手が親ならそこは考慮されない」
「う……」
「はは、確かにそうですね。まあ、勝算はありますから、普段通りギルドへお願いします」
フランツが言って笑うと、確かに警戒しながらより堂々としていた方がバレにくいだろうとギルフォードが返していた。
「んじゃ、出かけようか。あいつらの顔はアタシが覚えているし、見かけたらなるべく接触しないように出来るし」
「ええ、ありがとうございます」
アリアはジャネットにお礼を言うと朝食をさっさと済ませてクランを出てギルドを目指す。外ではあまり会話をしない方がいいかと、黙って移動する。
「……」
フランツは視線だけを周囲に向けて一応の警戒をする。ギルドに近づいたところでジャネットが小声でフランツに声をかけた。
「……でもよく考えたらあんたの顔は大丈夫なの? 一緒だとバレない?」
「まあ、こうやってシーフっぽく顔を隠していますし、頭部防具もつけているから簡単にはバレないでしょう」
「フランツを知っている人がそう多くないから大丈夫よ。さて、今日はなんの依頼があるかしらね?」
「リアは喋るんじゃないよ?」
あまり緊張感の無いアリアに肩を竦めながら声を出すなと言い、ジャネットが扉をくぐる。
そのまま依頼票のある掲示板を物色し始めた。こっちで決めるより任せた方がいいとフランツとアリアはその場で待つ。
「……エルフだと向こうも目立つだろうからギルドには居ないかな?」
「そんなに居ないんだっけ?」
「後で話すけど、そうだね」
「よし、それじゃこれで行こうか!」
ひとまず男女ペアを探している追手エルフの存在は無さそうだと確認していると、ジャネットが依頼を決めた。
「なにを……ああ、確かに練習にはいいかも」
「魔法でも武器でもいいからね!」
「グリーンスライムの討伐……」
「じゃ受けてくるわねー」
アリアがポツリと呟いた後、ジャネットが意気揚々と受付へと行く。そのまま依頼を受けてからギルドを後にする。
「町の外に出たら森へ行くわよ。今日は最低三匹倒さないといけないけど、多分すぐ見つかるし」
「グリーンスライムって初めて見るわね」
馬車に乗って移動し、幌付きの荷台にアリアとフランツが乗っていた。そんな話をしていると、ジャネットが声を落として言う。
「……昨日の奴等だよ」
「え? ……あれは――」
「あー」
向こうからは見えない位置からジャネットの視線を辿ると、三人のエルフが道を歩いているのを視認した。
「知っている?」
「ええ、使用人の知り合いだわ。顔は見たことがあるけど、話したことはないかしら」
「彼等か……」
アリアとフランツはその顔に覚えがあると答え、ジャネットは小さく頷き馬車の足を速めた。
「知り合いを寄越すのは問題ないと思うけど、なんで名前を言えないのかしら? すぐに見つけられそうなのにさ」
「……アリアを探している家が素性を知られたくないから、だと思います。だから人海戦術みたいな手を使っているんじゃないかと」
「ふうん。本当にいいとこのお嬢様って感じねえ。ま、今はウチのクランメンバーだし、働いてもらうけどね!」
「そこはお任せを。町に居るなら外はまだ安全ですからね」
アリアはそう返して微笑む。
「(他に追手はいないだろうか? 各町に何人出しているのかそれが問題だ。だけど、エルフのタイドが来たならチャンスはあるか?)」