「首尾はどうか?」
「ひとまずエルゴのギルドへ難しい依頼を回していますが……大丈夫ですかね? 炎の精霊はヤツと仲がいいのでなにかしら報復が来ないかと……」
ギュスター伯爵が王都のギルドを尋ね、裏のマスターが使う部屋へと来ていた。
煙草に火をつけてから、ギュスター伯爵はギルドマスターのコイルへ返事をする。
「なに、問題ない。聖女様と精霊がなにかをしてくることは無いさ。いや出来ないと言った方がいいか」
「できない?」
「うむ。前にも言ったが誰かに肩入れをしないことが『聖女』たる所以だ。聖殿に引きこもっているのはそのせいだな」
ギュスター伯爵の言葉にコイルは首を傾げる。それが聖女の役割だからではないのか、と。
「あれは訪問者に対応をするからいいのだ。個人の為に動けば拍車がかかり、頼まれることが増える。そうすると聖殿から出て頼みごとをする王なども出てくるだろう」
「ああ、平等では無くなると」
コイルが小さく頷くと、ギュスター伯爵はニヤリと口元に笑みを浮かべていた。
「そこだ。そのはずだが、先日のゴブリン討伐でそれが崩れた。まあ、精霊が表立ってやったということになっているが、聖女が加担したことは事実だ。それはあのスタイルを崩壊させて聖殿から出すことが可能ということにもなる」
「ふむ。それでお孫さんとの結婚を促す、と」
「そういうことだ。外に出れば接触の機会も増える」
「なるほど、それで難しい依頼をあっちに回すように指示して来たのですか」
依頼を受けるようになれば外に出る機会が増える。謁見で結婚の申し込みは出来ない。そう決められている。
そのためパーティやなにかしら貴族の集まり、例えば誕生祭といったようなお祭りで聖女がゲストに呼ばれるというようなことが無ければ会話をする機会がないのである。
ギュスター伯爵はそれを崩すため、もう一度リア達に依頼をするよう仕向けたのだ。
「乗ってきますかね……?」
「今、自分で言ったではないか。炎の精霊はギルドマスターと仲が良い、とな」
「……なるほど」
元々、休みの日に町へ来るのは知っていた。だからこそ、あの時ギュスター伯爵はリアに会うことが出来ていた。
あの偶然を装う形でもいいが、道端の話で孫のウェンターに口説かせるわけにはいかない。さらに言えば精霊達に邪魔されてしまうだろう。
まごついていれば王族のパーティに招待され、聖女が王子と婚約されるのはあり得ると考えている。
資産はあるし孫の顔は悪くない。しかし、王族となれば資産では勝てない。さらに王子もイケメンのため、恐らく王子に靡いてしまう可能性が高い。
故にその前に婚約をどうにかこぎつけなければならない。聖女たちの隙をついて顔合わせをする期間を増やすのが必要だと口にしていた。
「それほどですか」
「当然だ。聖女に子ができれば国の支援を受けることができるのだぞ? 女の子なら時期聖女。こんなに上手い話があるか?」
それを聞いてコイルは少しだけ眉を顰めていた。エルゴのことは気に入らないので苦しむように仕向けている彼だが、それとはまた別のベクトルで『この男は……』と考えていた。
それでも使えるので黙っておくことにした。
「で、向こうのギルドにはどういった依頼を回しているんだ?」
そんなコイルの思惑など知らないギュスター伯爵は煙を吐いてから質問を投げかけた。
「……前回の戦いでホブゴブリンを倒していたので、オーガの討伐ですな。あのギルドでもゴブリン討伐くらいはできるので一ランク上の魔物討伐を回しています」
「オーガか。聖女様になにかあっては困るぞ」
「あれもこれもは難しい、ということはご理解いただきたい」
「ふん……」
流石に要求が多すぎるとコイルは手を広げてそう返す。返されたギュスター伯爵は眉を少し動かしたが、それ以上なにも言わなかった。
「向こうには私の息がかかった者が居るので報告は来ます。町まで馬を使えば数時間の距離なのでなにかあればすぐに聞けるかと」
「そうか。ひとまず状況を聞きに来たが悪くない案だった。失敗しても成功しても上手くやれる策はある。頼むぞ」
「ええ」
ギュスター伯爵はそれだけ言うと灰皿に煙草を押し付けて火を消し、席を立つ。そのまま片手を上げて挨拶をすると部屋を出て行った。
「ふう……」
そんなギュスター伯爵が外に出ていくのを確認してから息を吐く。
「まったく。家のためにとはいえ、よくあそこまで行動できるものだ。まあ、エルゴを追い詰める口実には使えるから利用させてもらおうか」
失敗しても痛手が無いのはむしろこちらだと口にしながらコイルはフッと笑う。
「さて、問題は伯爵の言う通り依頼を受けるかどうかだな。随分と自信があるようだが、オーガともなればいくら精霊とて許可はしないだろう」
あてがったのは自分だが、流石に聖女を連れてオーガのところへ行くとは思えないと考えていた。
手はいくつか持っており、その中でもそれなりに難しい依頼を選んでいた。後でバレた際に言い訳も考えている。
どうせ炎の精霊が倒しにいくだろう、と。
「……エルゴではなく、私が……俺がその町で精霊と会うはずだったのに。お前のせいで……」
コイルは頭を振りながらそんなことを呟くのだった。
しかし、彼の予想は大きく外れ――