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第22話 「どこまで行けどもついて回るは血の呪い」




「はっはっは。…………閣下ぁ、お歳を重ねて先代に似てきましたなあ~! その瞳! 目元! 雰囲気! 亡きオリバーさまの再来を彷彿とさせるその威厳! まさに『オリオンの血』! 流石は我が国屈指の武器商人! 身震いがしますなあ!」

(────────これだ・・・




 ドミニクの言葉に、彼の中。張り付けた薄い笑みの裏側で、何かが淀み、捻じれ・沈んだ。



 会食の度。

 毎度毎度。

 言われるたびに自覚する。

 逃げられぬ運命だと突きつけられる。


 ────『忌まわしきオリオンの血』。

 それに、何度心が濁っただろう。



 腹の奥、ごろりと音を立てる重い何かを笑いに変えて。エルヴィスは少し高めの声を意識してドミニクに顔を向けると、



「────……それは……昔の話ですよ。現在の取り扱いは魔具マグ専門です。……武器は……、父の時代で終わりですから」


「がっはっは! そうでありましたな! お父上と初代オリオン様が我が諸侯同盟に挙げた功績は、計り知れぬものがありますからなあ!」


「…………有難うございます」

「エルヴィス様♡ レアは魔具も好きなんですの。コレクションをご覧になりまして?」


「────……ああ、それではまた、機会のある時に」



 レアのすり寄った笑顔に微笑を浮かべ、ふと。手元のナイフに映った自分の瞳に、彼は動きを止めた。


 そこにあるのは『確かに自分の瞳』であるはずなのに、中から父が見つめているかのような感覚に、素早く目を反らす。


 嫌というほど味わってきた。

 うんざりするほど浴びてきた。



(……お前たちが欲しいのは、うちの金と地位だろう。オリオンの名があれば国内で怖いものなどないからな? …………透けて見えるんだよ)



 彼は、嫌いだった。

 こうした欺瞞と虚栄に溢れた貴族の付き合いが。



(どいつもこいつも、二言目には「オリオンの血」)



 会うたびそっくりだと言われる、この『奈落を閉じ込めた様な瞳』も。



(裏で。お前たちがなんて言ってるか、知らないとでも思っているのか? だとしたらおめでたいな?)



 『所詮あそこは死の商人』『何万人殺してきてるんだ』『血にまみれた富』『悪魔の末裔』『女神の御許みもとへなど行けるわけがない』


 対面ではへつらい、陰で囁く醜悪さも。いくら努力・研鑽を重ねても付きまとう家の呪いも。



 『オリオンの家の子』

 『血も涙もない悪魔の子!』

 『逆おうものなら屋敷ごと焼かれる』

 『戦争も知らない3代目が』



(………………人なんて。表面上笑っていても、肚の奥で何を考えているかわからない)



 幼いころから突き付けられていた、人の本性。腹の中身。成人してからさらに感じる──どす黒さ。

 利用し・利用され・裏切りそして────富を得る。

 そんな世界に生きている。



(────……信じられるのは 自分だけ)



 エルヴィスは皿の上の肉の塊にナイフを通し、淡々と口に運んだ。



 ああ────吐き気がする。











 その日、天気は雨だった。

 7月の終わり、とある午前。

 ウエストエッジはどんよりとした雲に覆われ、朝から細やかな雨が降り注でいる。


 工房ビスティーの軒先。気持ちばかりのテントを躱して降り注いだ雨が、ガラスに当たりはじけ飛ぶさまを、ぼけーっと眺めながら。


 ──────はぁ──────っ……。


 カウンターで一人、背中を丸めてため息をこぼすのは、ミリア・リリ・マキシマム。この物語の女主人公だ。



 むすーっと剥れる彼女は、文字通り不機嫌だった。


 原因はそこ・・

 彼女の前に置かれた、 一通の手紙である。



(…………ミリアです。不機嫌です。え? どうしてって? 父から手紙が届いたの。ありがたぁいお手紙が)



 げっそりげんなり、ジト目で眺めつつ、誰かに向かって語り掛けるミリアの悩みの種は、父から届いた手紙だった。これが来ると、ミリアのテンションは急降下する。



(……もう何通目なのよ。住所教えるんじゃなかった)



 親の心子知らずとはいうが、ミリアの家に至ってはお互い様・・・・だろう。




「………………」


 ミリアは黙ってそのまま。

 カウンターに寝そべるそれを、じっーーっと睨んでみた。


 頬を膨らまし、じーっと。睨む。


 眼力で消し去るつもりなのだ。不服な目線で見つめ続ければ消えるかもしれない。

 しかし。



(……無くなったりしないかな。しないよね、知ってる。このまま消し炭になったりしないかな? しないよね、知ってる。……あぁ〜。これ、読まないで放っておくと返事をするまで何通も来るやつだから、まじでめんどくさいんだよなぁ〜)



 自問自答しながら、うんざりと息をついた。


 諦めて読んでしまえば一瞬なのだが、しかしどうしても読みたくない。読んでもいい気分にはならないし、内容などわかりきっているからだ。


 そんな手紙に、一瞥いちべつ。ミリアは『うぅん、むむむ』と言わんばかりの眉使いで指でつまみ上げる。

 ぷら~んと宙に浮いた紙が、なんだか異様なオーラを放っている気がする。指の先から感じる、何かの『圧』。



 ────本気で読みたくない。

(──わ・か・る・ものを〜…………………読む必要、なくない?)



 指の先、ぷらんぷらんする手紙相手に、すぅっと目を細め、首を引いて呟く彼女はわかっていた。


 父がしつこいタイプだと。

 この手紙には魔法が込められている。封を開けたか開けていないかもすぐわかるし、返事をしないと追撃が来る。


 そしてその『必ず送られてくる追撃の手紙内容』がまた・・──……


(…………むり。)


 口に出さずに封筒に念力を送る。淡い色の封筒はいまだにオーラを放ちながら変わる様子がなく、ミリアはそれ・・に息を吐いた。



 …………はうっ。

(───まあまあ、仕方ない。読んであげますよ、オトウサマ? ミリアは優しいですから。ちゃんと読んであげましょう、うんうん。)



 紙から放たれる圧に観念して、自分を肯定しつつ、指をかける。


 『ほんの少しばかり我慢すれば一瞬で済むことだ』と腹をくくって引き上げたのは、父がよく使っている羊皮紙。すこしざらついた紙。



 中から漂う、遠く、懐かしい実家の匂い。

 ほんの少し柔らかくなる心。

 開かれた手紙から、ふわりと浮き消える小さな光。


 そんな光を追いかけた目をそのまま、ミリアは手紙に目を落とし────




─────ミリアへ

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