「はっはっは。…………閣下ぁ、お歳を重ねて先代に似てきましたなあ~! その瞳! 目元! 雰囲気! 亡きオリバーさまの再来を彷彿とさせるその威厳! まさに『オリオンの血』! 流石は我が国屈指の武器商人! 身震いがしますなあ!」
(────────
ドミニクの言葉に、彼の中。張り付けた薄い笑みの裏側で、何かが淀み、捻じれ・沈んだ。
会食の度。
毎度毎度。
言われるたびに自覚する。
逃げられぬ運命だと突きつけられる。
────『忌まわしきオリオンの血』。
それに、何度心が濁っただろう。
腹の奥、ごろりと音を立てる重い何かを笑いに変えて。エルヴィスは少し高めの声を意識してドミニクに顔を向けると、
「────……それは……昔の話ですよ。現在の取り扱いは
「がっはっは! そうでありましたな! お父上と初代オリオン様が我が諸侯同盟に挙げた功績は、計り知れぬものがありますからなあ!」
「…………有難うございます」
「エルヴィス様♡ レアは魔具も好きなんですの。コレクションをご覧になりまして?」
「────……ああ、それではまた、機会のある時に」
レアのすり寄った笑顔に微笑を浮かべ、ふと。手元のナイフに映った自分の瞳に、彼は動きを止めた。
そこにあるのは『確かに自分の瞳』であるはずなのに、中から父が見つめているかのような感覚に、素早く目を反らす。
嫌というほど味わってきた。
うんざりするほど浴びてきた。
(……お前たちが欲しいのは、うちの金と地位だろう。オリオンの名があれば国内で怖いものなどないからな? …………透けて見えるんだよ)
彼は、嫌いだった。
こうした欺瞞と虚栄に溢れた貴族の付き合いが。
(どいつもこいつも、二言目には「オリオンの血」)
会うたびそっくりだと言われる、この『奈落を閉じ込めた様な瞳』も。
(裏で。お前たちがなんて言ってるか、知らないとでも思っているのか? だとしたらおめでたいな?)
『所詮あそこは死の商人』『何万人殺してきてるんだ』『血にまみれた富』『悪魔の末裔』『女神の
対面では
『オリオンの家の子』
『血も涙もない悪魔の子!』
『逆おうものなら屋敷ごと焼かれる』
『戦争も知らない3代目が』
(………………人なんて。表面上笑っていても、肚の奥で何を考えているかわからない)
幼いころから突き付けられていた、人の本性。腹の中身。成人してからさらに感じる──どす黒さ。
利用し・利用され・裏切りそして────富を得る。
そんな世界に生きている。
(────……信じられるのは 自分だけ)
エルヴィスは皿の上の肉の塊にナイフを通し、淡々と口に運んだ。
ああ────吐き気がする。
※
その日、天気は雨だった。
7月の終わり、とある午前。
ウエストエッジはどんよりとした雲に覆われ、朝から細やかな雨が降り注でいる。
工房ビスティーの軒先。気持ちばかりのテントを躱して降り注いだ雨が、ガラスに当たりはじけ飛ぶさまを、ぼけーっと眺めながら。
──────はぁ──────っ……。
カウンターで一人、背中を丸めてため息をこぼすのは、ミリア・リリ・マキシマム。この物語の女主人公だ。
むすーっと剥れる彼女は、文字通り不機嫌だった。
原因は
彼女の前に置かれた、 一通の手紙である。
(…………ミリアです。不機嫌です。え? どうしてって? 父から手紙が届いたの。ありがたぁいお手紙が)
げっそりげんなり、ジト目で眺めつつ、誰かに向かって語り掛けるミリアの悩みの種は、父から届いた手紙だった。これが来ると、ミリアのテンションは急降下する。
(……もう何通目なのよ。住所教えるんじゃなかった)
親の心子知らずとはいうが、ミリアの家に至っては
「………………」
ミリアは黙ってそのまま。
カウンターに寝そべるそれを、じっーーっと睨んでみた。
頬を膨らまし、じーっと。睨む。
眼力で消し去るつもりなのだ。不服な目線で見つめ続ければ消えるかもしれない。
しかし。
(……無くなったりしないかな。しないよね、知ってる。このまま消し炭になったりしないかな? しないよね、知ってる。……あぁ〜。これ、読まないで放っておくと返事をするまで何通も来るやつだから、まじでめんどくさいんだよなぁ〜)
自問自答しながら、うんざりと息をついた。
諦めて読んでしまえば一瞬なのだが、しかしどうしても読みたくない。読んでもいい気分にはならないし、内容などわかりきっているからだ。
そんな手紙に、
ぷら~んと宙に浮いた紙が、なんだか異様なオーラを放っている気がする。指の先から感じる、何かの『圧』。
────本気で読みたくない。
(──わ・か・る・ものを〜…………………読む必要、なくない?)
指の先、ぷらんぷらんする手紙相手に、すぅっと目を細め、首を引いて呟く彼女はわかっていた。
父がしつこいタイプだと。
この手紙には魔法が込められている。封を開けたか開けていないかもすぐわかるし、返事をしないと追撃が来る。
そしてその『必ず送られてくる追撃の手紙内容』が
(…………むり。)
口に出さずに封筒に念力を送る。淡い色の封筒はいまだにオーラを放ちながら変わる様子がなく、ミリアは
…………はうっ。
(───まあまあ、仕方ない。読んであげますよ、オトウサマ? ミリアは優しいですから。ちゃんと読んであげましょう、うんうん。)
紙から放たれる圧に観念して、自分を肯定しつつ、指をかける。
『ほんの少しばかり我慢すれば一瞬で済むことだ』と腹をくくって引き上げたのは、父がよく使っている羊皮紙。すこしざらついた紙。
中から漂う、遠く、懐かしい実家の匂い。
ほんの少し柔らかくなる心。
開かれた手紙から、ふわりと浮き消える小さな光。
そんな光を追いかけた目をそのまま、ミリアは手紙に目を落とし────
─────ミリアへ