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第29話「ミリアの理由」



 遠い国から来たターゲット。

 マジェラの民だったという彼女に、エリックは再び問いかけた。



「…………で、理由については聞いてもいいのか?」

「りゆう?」


「そう。……まあ、純粋に知りたいだけなんだけど。『君が、ここに来た理由』。街道が設けられているとはいえ、パサー山脈あの山を越えてきたってことだろ? ……なにか相当な理由」

「だってダサい」


「…………はっ?」

「ダサいんだもん。服。」



 言われ、素っ頓狂な声が出た。

 完全に理解の範疇を超えたエリックの脳が追い付かない中、ミリアの言葉だけは素早く返ってくる。



(ふ、ふくがダサいから出てきた?)



 混乱の脳の中、エリックは一度、彼女の意図を考え宙を仰ぐと、戸惑いながらも、問いかける。



「……なんの?」

「あっちの」


「……ふ、服が?」

「ダサい」

「………………え、ーと」


(ふ、ふくが ダサいから 出てきた??)

 淀みない返事にまた再び呟くスパイ。


 彼はスパイだが『盟主』だ。

 『服がダサいなどと言う理由で国を出る』など、頭をひっくり返しても出てこないし、一昔前は『国を移る』など『亡命』の覚悟がないとできない事だし、そもそも彼の立場がそんなことを許さない。


 そんな『想像の外』からぶつけられた、『簡単には理解しがたい理由』を飲み込みながら、エリックはなんとか脳みそを動かし────



「……………………ちょっと、待って。君は、その……、服が、かっこ悪いから、出てきたのか?」

「YES!」



 拍子抜け・動揺を隠せない問いかけに、返ってきたのはとってもとってもいい返事。呆気に取られるとは、まさにこのこと。思わずぽろりと言葉が漏れる。



「…………それ、だけで?」

それだけ・・・・じゃないよっ!」



 思わずこぼれ落ちたそれに、しかしミリアは『くわ!』と目を見開くと、ぐっと彼に詰め寄り口を開ける!



マジェラあっちの服しってる!? ローブだよローブ!  みぃぃぃぃんな、黒か灰色のローブ! 冬は真っ黒・夏はまっ……灰色! 信じられない!  みんな! みんなだよ!? ……それで『迷子が多い』『待ち合わせに不便』なんて言ってるんだから、『あほか~っ!』って思うじゃんっ」

「……あ、ああ」



 勢いは雪崩のように。

 しかし声のボリュームは小さく。

 足を動かす速度もそのまま、こそこそ話程度の声量で流れ出した『彼女の不満』に、面を食らいながら頷く中、ミリアの勢いは止まらない。



「同じ服着てるんだから当たり前じゃない? 友達同士の待ち合わせだって一苦労!  なのに『力が外に漏れる』『民たるもの頭の先から爪先まで』って、馬鹿みたいにローブ羽織ってるの! 漏れるわけないのに! じゃあ魔導師ドーラの漁師はどうなるのよ! 漁の時ローブなんて着てないよ!? 漏れまくりじゃん! あったま硬いんだよじいさんばあさんは!」



 ────ふッ……!



「大体ね? 世の中『革命期』なの! あっちもこっちも魔具や技術が発達してきてる中、マジェラだけ『古の力をうんぬんかんぬんだからローブを着るべきであり、伝統を守る』とか、さあ~~~! 別にいいよ、じーさんばーさんはしてたらいいじゃん! でもそれをこっちに強要しないでほしいんだよね! 『若者には若者の意思』というものがあぁる!」

「────ふ、くくっ……!」




 どぉーん! と語る彼女に吹き出し笑う。

 どこの国も、年老いた人間の頭の固さは変わらないらしい。

 親近感を覚える彼の隣、ミリアは『解せぬ』という顔つきで手を広げ肩をすくめ、言い募るのだ。



「そもそも、人間誰でもちょびーっとは魔力ちからがあるじゃん? それに反応して動く魔具があるんだからさ。ウチらは、そのチカラが特別強いだけでー。それを術として操れるんだから、漏れるわけなくない?」


「漏れる漏れないについては、わからないけれど。……それで、出てきたのか?」

「おうよ」


「…………親は? 家族はどうしたんだよ」

「出たもんが勝ち。出てしまえばこっちのもん。『一生ローブ』で人生終えてたまりますかっ!」

「…………」



 清々しいほどはっきりと言いきる彼女に苦笑する。

 心の底でほのかに思う。

 ────見ていて気持ちがいい、と。


 気持ちよさと呆気が混じり言葉を失う彼の前。ミリアは『理解できないでしょ?』を言わんばかりに小首をかしげ続けるのだ。



「ローブの下まで黒一色なんて、地味で仕方ない。みんな真っ黒。及び灰色。あっちも黒、こっちも黒。蟻の大群もびーっくりだわ?」


「……それはそれで、見てみたい気もするけど」

「上から見ると気持ち悪いから、マジでやめたほうがいいと思う」



 瞬間的に『真っ黒な人々』を想像し、笑いながら興味本位で述べるエリックにげっそりとした突っ込みが飛ぶ。


 実際にその国で育った彼女と、想像だけでのエリックとでは、見えている世界が違う──のだが。


 全力ゲンナリモードの彼女を横目に、エリックは(……昔聞いた「国を焼き尽くす黒き魔物」はそれなんじゃないか)と思いつつ。


 完全に雨の上がった青空の元、ぽつぽつと出歩き始めた通行人を横目で流し──彼は、流れるようにさらりと顔を向け、



「で? それで、どうしてウエストエッジに? 今でさえ、魔具の取り引きぐらいで、それほど国交はないのに。うちが服飾で伸び始めたのも、ここ20年だぞ?」

「…………うん、あのね?」



 言った瞬間、ぱあっと花咲くように浮かれたミリアから語られたのは──照れと憧れの混ざった昔の話だった。


 彼女は語る。

 気恥ずかしそうに手のひらを合わせて、憧れの眼差しで空を仰ぎながら。



「……10歳ぐらいのころかな? 町の外れにバザールが来てね? すっごく綺麗なワンピースが混じってたの。わたし、はじめはそれが何なのかわからなくて。おじちゃんに『これ、なに? すごく綺麗な色』って言ったら『ワンピースだよ』って教えてくれたんだ」


「…………へえ」

「──もう、ほんっっっとにびっくりしちゃって! 『えっ! うそでしょっ!?』って! だって服って言ったら黒か灰色しか知らなかったんだもん!」

「……フ! ……うん、それで?」


「それでねっ? 『うあああ、きれー! こんな服があるんだ!』って感動してたら、おじちゃんが『シルクメイル地方のウエストエッジという街で流行ってるんだよ』って。『あそこは衣装が華やかなんだ、綺麗だろ?』って教えてくれたの!」



 言うミリアは、とても浮き足立っていて『幼かった彼女の感動』がとてもよく分かった。その様子に──エリックが感じるのは『誇らしさと喜び』だ。


 話す彼女の声のトーン、華やいだ表情を見ればわかる。


 ミリアの中で『この街 う ち  の衣装』がどれだけ衝撃的だったのか。


 我が国の産業が、巡り巡って他国の人間を動かしたのだ。これほど誇らしいことはない。


 胸の中。

 じんわりとした嬉しさを感じるエリックの隣で、ミリアは嬉々とした顔のまま『ぴっ』と人差し指を立てると、



「で、おじちゃん曰く~。当時人気だったモデルさんが着てた服と同じものが流行って? それが回り回って、あんなところで……。……出会ってしまったんですねぇ〜……────革命的でした……!」


「────ああ、ココの」

「おや。呼び捨て。モデルさんを。」



 するりと飛び出した『ココ呼び』に反応するミリアに、エリックは穏やかな笑みで言う。



「…………まあね。モデル『ココ・ジュリア』。センセーショナルなデビューを果たした人で、俺たちにとっては馴染みが深いんだ。街のあちこちに、瞳をマスクで隠した女性の転写絵があるだろ?」


覆面マスケッタモデルさんのことだよね? うん」

「そう。彼女が『ココ・ジュリア』。転写魔具の販売と共に、あっという間に服飾産業を発展させたんだ」

「へえ〜。リック・ドイルじゃないんだ?」



 言って彼女は首をかしげた。

 ミリアの中で『覆面マスケモデル』と言ったら今をときめく『リック・ドイル』と『ココ・オリビア』である。


 二人とも、黒いマスクで目を隠すスタイルで服飾産業に花を添えている。


 ──それは元祖モデル『ココ・ジュリア』の意思『服を売るのに、顔はいらない』『皆平等に、着飾る服を選んでほしい』『モデルは、服を彩る素材であるべき』という姿勢を貫いたのが表向きの理由なのだが──ミリアは、そこまで知らなかった。


 目を丸めるミリアに、エリックは言葉を続ける。



「今活動しているのは、確かに『リック・ドイル』と『ココ・オリビア』だけど。

 産業を盛り立てたのはオリビアの母『ココ・ジュリア』でさ。彼女の転写絵は、リックとオリビアに打って変わった今でも、街のあちこちに残っているんだ」



 ──と、息。

 短く目配せをして、彼は続きを口にした。



「……まあ、ジュリアは当に引退しているんだけどね。君に影響を与えたのは『ジュリア』の方だな?」

「なるほど〜。『リックとオリビア』っていうか……『覆面マスケモデル』さんたちって、目が隠れてるじゃない? 中の人が変わってるなんて全然わかんなかったなあ〜! ……かっこいいよね、ココとリック。はぁ〜〜……」 

「…………」 



 ……着付け師スタイリストの憧れなのだろうか。

 言いながら、恍惚と頬に手を当てるミリアの隣でエリックは、『こほっ』と照れを逃すように口元を隠して咳払いをした。


(────慣れてるはずなんだけど。どうもこそばゆいな……)

 こほん、こほん。

 ごまかすように息を吸い、彼はミリアに語り始める。



「────……元々、服飾に関してはシルクメイル地方でも華やかな方だったんだけど。おかげさまで『国のカラー』として、『産業』として根付いたんだから。見事だよ。恐れ入ったと思うぐらいだ」



 言いながら振り返るのは、『ここ二十年の街並み』だ。

 自分が幼いころから比べると、随分と清潔に──また華やかになった。

 それらの移り変わりを頬に宿すエリックの、その隣で。


 ミリアは、『じ────』っと彼を見つめて────



「…………キミの発言、たまにおもしろいよね?」


「……? なんで?」

「なんかそういう……政治的分析みたいな? 国を動かす立場でもなかろーに。」

「……だから。『国の政策・上の方針や盟主の考えに関心を持つのは当たり前のこと』だよ」

「…………へいへい、そうでございました」



 言われてミリアは、ため息をつきつつ目線を斜め下の方に流し、口を平たく伸ばしていた。


 ……そうだった。

 彼は真面目なのだ。

 政治家でも何でもないのに真面目な奴なのである。


 (……マタ・言われて・シマッタ)。

 密かに顔のパーツを引き伸ばすミリアの隣で、エリックは前を向きつつ続けた。




「…………間違っているなら間違っていると声を上げないと、国はどんどん狂っていくおかしくなる。国とはいえ、動かしているのはただの人だからな。先の大戦に巻き込まれた時のように、これからの時代もそういった過ちを繰り返さないとは限らない。常に目を光らせておくんだ。『いつも見てるぞ』って」

「………………」



 至極まっとう・真面目な意見に、ミリアは皿の埋め込まれたような瞳を向け、じ──────っと見つめあげる。その、まるで猫のような目に「なに? その顔」と、エリックが首をかしげた時。


 ミリアは・十分・間をとり・言った。



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