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第40話「愉快・不愉快・居場所ナイ」




 ────それは、毎月の業務。

 会費回収とご機嫌伺いの時間。


 総合服飾工房オール・ドレッサービスティーの軋む扉をそっと引き 音を殺して声を聞く。店の奥から聞こえる、男女の声。



「……他のところでもやってるんじゃないだろうな?」

「付き合ってくれる人などおらん!」

「…………だろうな」



 いつもの店。

 いつもの工房。


 女性だけで穏やかに営む総合服飾工房オールドレッサー

 しかし今日、花開いていたのは見慣れた男われらがボスと、女店員の会話だった。



 思わず目を見張る光景・・・・・・に、



「────こんにちは、失礼します」



 スネークは、すまし顔をそのままに高らかに声をかけ割り込んだ。『見ていますよ』と言わんばかりの、響く声で。



「……スネークさん!」

「こんにちは、ミリアさん」

「…………! …………」






 その日、昼の3時を回った頃。

 「商工会組合長」スネーク・ケラーが声をかけると、縫製服飾工房オール・ドレッサービスティーにいた男女は、全く違う反応を見せた。



 自分の声掛けに立ち上がったミリアという女店員。素早く表情を殺した様子の青年ボス



 明と暗。

 歓迎と拒絶。

 はっきりと分かれた対応をすまし顔で舐め回すのはスネークだ。決して表には出さず状況を掴み、


(…………ほう、これはこれは。なるほど、そうですか)


 『愉快』と言わんばかりに僅かに口元を緩ませた。



 商工ギルドと互いの利益のために連携を組んでいる組織・『ラジアル』のボスが『お誂え向き』を見つけたのは知っていた。情報源に対して『お誂え向き』などという言葉を使うのも珍しく、どこのだれかと聞いてみたが、彼はもちろん漏らさなかった。




 のに。

 掴んでしまったのだ。

 そして目撃してしまった。『ボスの信じられない行動』を。


 スネークは静かに糸目を滑らせる。


 ────ミリア。

 ────ボス。


 二人交互に視線を送り──狙いを澄まして微笑みかけるのは、もちろん・・・・ミリアの方。彼はにこにこと帽子をぬぐと、それを胸に置き口を開いた。



「──ミリアさん。お取り込み中、申し訳ありません。集金に参りました」



 しれっと言って退けるスネークの視界の外側で、地味〜〜〜……に感じる『圧』には、当然。気づかないふりだ。



「あ、はいはい集金ですね! いつもお疲れ様です♪」

「いえいえ。ミリアさんこそ。ドレスの見立てからクリーニングの修繕まで、ご苦労様です」

「ふふふ、仕事ですから〜♡」



 狙い通り『パッ』と表情を切り替えこちらに笑うミリアに、まずはねぎらいの一言。奥のボスの視界に入るよう、コツコツと床を鳴らして近づくが、ボスはこちらを見向きもしない。


 ──なんとも愉快だ。叩き込まれる殺気を無視し続けるのは。



「────ミリアさん、お邪魔でしたか?」

「あ、いえいえ! ぜんぜん!」


 当てつけのようにミリアに対してほほ笑むスネークと、それに首を振る彼女の隅で────ボスは沈黙のままだ。



(────それは、そうでしょうね)



 ボスの性格は知っている。

 スパイ組織のボスで、猜疑心も警戒心も強く、決して群れることのない男。


 『一匹狼』と表現するのが適切な『隙のない男』。


 組織のトップとして配下はいるが、群れて何かをすることはない。余計な情報の一切を排除し、物事に対して、最適な答えを導き出す冷酷な男だ。


 盟主『エルヴィス』として接したこともあるのだが、これはこれで見事な仮面の被りっぷりで、煌びやかでニコニコとした笑顔の下に滲ませる『”誰にも隙は見せない』『本音など、見せてたまるか』と言わんばかりの壁と棘は、身震いするほどのスリルがある。



 だからこそ『今』・『この状況』は『愉快』で仕方ない。


 隠そうとすればするほどほじくり返したくなる。



 ──先ほどまで、ミリアと愉快におしゃべりしていたのが嘘のように、ただじっと黙りこくるボスをもう一度。


 スネークは視線を送り、ミリアの言葉にわざとらしく目を丸くし小首を傾げると



「おやあ。そうですか? お二人の仲睦まじい腕相撲が見えたのですが」



 糸のような眼はそのまま。

 口と眉をまあるくかたどり、とぼけた声で問いかける。


 そんなスネークに『わあっ』と口元を押さえ、驚くのはミリアだ。



「えっ。…………見られちゃいました?」

「ええ、しっかりと。まるみえ。です」

「あらヤダおはずかしい〜っ! へへ、遊んでもらってましたっ」

「ふふっ、お茶目ですねえ」



 一笑するスネークに、ミリアは『バレました~』と言わんばかりに誤魔化し後ろ頭を掻いた。


 彼女は、知らない。

 エリックとスネークが上下関係にあるということも、エリックがスネークを毛嫌いしていることも、彼らが『知り合い』であることも。


 知らぬミリアは、スネークに向かって説明を続ける。解ってもらえるように。



「あのですね、おねだりしたんです。腕相撲、やってくれるひと居なくて。そしたら彼、付き合ってくれたんですよ~」

「ほう? そうなのですか?」


「そうそう、そうなんです! このおにーさん、結構ノリが良いんですよ!」

「────そうですか」

「はい~♪」



 にこにこ、ふふふ!

 笑うミリアは、『当たり障りのない回答』で場を乗り切った────つもりだった。しかしその返答は『彼』にとって不都合な事この上ないものだった。


 ────そう。エリックにとっては。



(………………)


 はっきり言って最悪である。

 心の声すら殺して考えるほど。


 本当なら、ミリアに『それ』も言ってほしくはなかったのだが、彼女はエリックとスネークの関係を知らないのだ。彼女の行動を責められはしない。


 だからあの時、あの瞬間。

 スネークの声を認識した時から、表情を殺した。まるで貝のように黙り込み、ひたすら密かな圧をかけた。


 『速やかに立ち去れ』

 『なんの用だ』

 『帰れ。わかっているんだろうな』と。


 もちろん自分の部下である、スネーク・ケラーに対してだ。そこで下がれば自分も気兼ねなく居られるし、スネークに対して圧を叩き込む必要もない。


 しかしスネークは、それをさらりと無視して入ってきやがったのだ。


 ビジネスパートナーとしてはとても優秀。

 しかし、こういうところ気に食わない。



(…………チッ……、しまった)



 ミリアとスネークが『オーナーはどこだ』とか『外はどうだ』とか『集金袋が、えーと』とか話をしているその隣で、エリックは音もなく舌打ちをして考えを巡らせた。


(『油断していた』。いつから居たんだ。くそ……! よりによって……! いや、しかしそこにこだわっている場合ではないだろう。これじゃあ、スパイ失格だ……!)



 胸の内で毒づきながら、目で捕らえるのは談笑するスネークの顔。

 その表情にイラつきを覚え、ミリアに気取られぬよう素早く目を伏せ表情を固め、奥歯を噛みしめる。



(──そもそも、なぜ視線に気づけなかった? 常日頃から周囲に気は配っていたはずなのに。ミリアに気を取られていたといえばそうだが、そんなものは、言い訳だ)



 すべてにおいて自分の過失。

 だがそれはともかく『今の状況』が気に食わないものであることに変わりはない。


 確実にみられてしまった『腕相撲』。

 相手は”彼女”・ミリア・リリ・マキシマム。

 ──この国では抜群に使い勝手がよさそうな、エリックの周りにはいなかった女。


 もとより彼は、秘密主義であり、今までも情報源のことは隠してきたが、協力者 ミ リ ア については、最後まで身元を特定させるつもりもなかった。


 ──のに。



(…………くそ…………!)



 ああ、気に食わない。

 この前からどうしてこうもうまくいかないのか。


 スネークとミリア、ふたり和気藹々と談笑する最中。被害を最小限に抑えるべく、カタンと静かに席を立ち────



(……ミリアに挨拶だけして、すぐに引き揚)

「ねえ、エリックさん」

「────……!」



 その時。

 ミリアに名を呼ばれて、ぴくんと動きを止めた。



 エリックが反射的に一瞬固まったその瞬間、ミリアは、カウンターの内側から促すように中指と薬指がぴたりとついた手のひらでスネークを差すと、



「こちら、商工会の組長さん。スネーク・ケラーさん。お世話になってる人なの」



 『紹介するね』と言わんばかりに述べる。

 応えるようにスネークは、すぅ。っと目を細め、左胸に手を添え会釈した。



「スネーク・ケラーと申します、商工会ギルド総合組長をしております」



 ──白々しい挨拶。

 エリックは合わせるしかなかった。



「────…………ああ、どうもはじめまして。」

「………………ええ。はじめまして。以後、お見知り置きを」



 立ち上がり、正面から向かい合い。

 短く言葉を交わす エリックとスネーク。

 すっと出した手、交わした握手。

 ──────そして。



『………………』

 無言である。


 動かぬ顔の奥底から『余分なことは言うんじゃない。わかってるだろうな?』と圧をかけるエリックに対し、にこやかな笑みの下・ボスの出方を伺うスネーク。



「………………」

「………………」

『………………』



 交わした握手から手を離すことすらなく、相対して黙り込む男二人が放つ空気に、ビスティーの店内が張りつめていき────






 …………ごくっ…………

(…………アノ~──────……スイマセェェェン……息が詰まるんですけど……)



 カウンターの内側。艶やかな張り部分を“ぎゅうっ”と掴んで、ミリアは二人を見上げ小さな抗議を上げていた。



 はっきり言って意味が解らない。

 ミリアは、現れたスネークとエリックを繋げるつもりで紹介したのだ。

(おにーさん、この先話すことあるよね?)と気を利かせたつもりだったのだが、向かい合った二人が放つのは、『ナニカが始まりそうな威圧』。


 ヒリつく空気、閉まる喉。

 何がどうしてこうなった。



(……な、なんなのイッタイ)



 内側の言葉も片言に、二人の──、主にエリックから滲み出る圧力にそぉっと見上げてみる。スネーク。エリック。スネーク・エリック。



 ────ああ、息もできない。

「………………ア、あの〜……ねえ、えっと。なんかお互い、こう、なんか、……意識でも飛ばしあってる、の……?」



 ミリアがそれでもおずおずと、ひっくり返ったか細い声を上げた先。



 スネークは、すっと目だけを横して口元を上げ、エリックはさっと目を背けた。



(えっ。なんかまずいことしたっ?)



 その反応に────ミリアはさら戸惑った。


 意味深。

 意味深である。



(えっ? なにこの、エリックさんの反応っ? えっ? なにっ!? なにっ!?)


 ひだり、みぎ・ひだり、みぎ。

 エリック、スネーク・エリック、スネーク。

 そして恐る恐る、口を開くのだ。


「…………えと、ア、あのー……、おふたり、お知り合いで……? スカ」

「──────いや、知らないな」



 カスり気味の質問に、かぶせ気味に答えたのはエリックの方。


 いつになく硬めの声色にミリアが『ん?』と目を向けた瞬間とき、スネークが流れるように喋り出す。



「えぇ。どこかでお会いしたことはあるかもしれませんが、私の記憶にはありませんねえ」

「いや。会ったことはない。記憶は正しいと思いますよ、スネークさん」

「おや。私の名前を憶えていただき光栄です」

「…………名乗られましたから。そ れ ぐ ら い は。」

『…………』



 ──── 黙。



(…………イヤ…………ダカラ……ナンなのコノ空気クウキ…………)



 男二人。

 止めなく一気にどばっと話し始めたかと思いきや、瞬間的に黙り込む。緩急激しいそれに、ミリアは肩身も狭く息を呑みこんだ。



(は、挟まれています。なんですか、この状況ハ。何が始まるのこれ。つ、ツラい。ヘタに動けない……!)



 とりあえずただ事ではないと察したミリアが、(やばい、そこのトルソーしまっておいた方がいいかも)と懸念し、つま先に力を入れた────その時。



「────じゃあ、ミリア。…………また来るから」

「え? あ、はい、わかりました?」



 唐突な声かけはエリックから。反射的に切り替えしたミリアの横から、次の声も飛んでくる。


「ミリアさん、会費をいただいてよろしいですか?」

「あ! はい! 中身確認します!」



 突如流れ出した空気・人の動き。

 畳みかけるような声かけに、ミリアがわたわたと封筒を探し始めるその傍らで。


 スネークはサインを送った。

 すれ違いざま、『ボス・あとで』と、瞳の動きで。









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