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第62話「夢と現実」




 彼女は語る。

 賑やかに食事を囲む人々を背景に。



「────でもさあ、『ここなら綺麗にしてくれる!』って思って来てくれるお客様の期待には、応えたいじゃない?」



 嬉しそうに頬杖をつきながら、疲れた顔に光を宿して。



「『盟主さまの目に留まりたい』って。『あの方の瞳に入りたい』って。この街の女性だって、別に『相手が要らないわけじゃない』と思う」



 そんなキラキラしたミリアに、彼が返した言葉は『鉛色』。



「…………どれだけの人間が……『エルヴィス・ディン・オリオン』を見ているのか、疑問ではあるけどな」

「? どゆこと?」

「────いや、なんでも?」



 皮肉も込めた呟きは最後、口の中。

 切り替えたように顔を上げ、ごまかしさえ掃き捨てて問いかける”彼”は、話題をミリアに向ける。



「……それで? 君は? 毎日ドレスにも触れて、着せているんだろ?」

「わたしは、着せる側じゃん? ドレス一着いくらすると思ってるの? 婚礼の贈り物って言われてるのに。貴族令嬢でもないわたしが、着れるわけないでしょ〜?」



 返す彼女は『なにを当たり前な』と言わんばかりで、それを考えたこともなさそうだった。


 しかし彼女は笑うのだ。

 今ある幸せを、噛み締めるように。



「…………でもね、いーの。毎日服を選ぶだけで楽しいんだよ? そんなの、ここに来るまで知らなかったっ」

「…………………………」


 その『 何も望まない 』と言わんばかりの返答に、────は思わず、投げかけていた。



「…………着てみたいとは、思わないのか?」




※※※




「…………着てみたいとは、思わないのか?」

「……?」



 それは、修羅場の中のオアシス。

 ウエストエッジ・飲食街の一画。

 人で賑わう『ビストロ・ポロネーズ』の店内で。


 食事を共にしている男性『エリック・マーティン』にそう聞かれ、ミリア・リリ・マキシマムは小さく目を見開いた。


 彼女のハニーブラウンの瞳が捉えるのは、エリックの暗く青い瞳。その眼差しがどことなく真剣で──ミリアはそのまま、顎を乗せていた手のひらの指を、緩やかに握り『うん?』と眉を上げると



「? 着てるよ? カタログから試着ドレスを起こす時とか。 わたし、体型がド平均だから。あそこにあるドレス、大体入るんだ」

「…………いや、」



 答えた直後、返って来たのは小さな否定。

 しかしミリアの耳には届いていない。



「まあ、サイズが大きすぎるのとか〜あと、お子様用のは流石に入らないけど。試着のやつはだいたい着てるよ? 」


「…………」

「うちのドレスって基本オーダーだけど、とりあえずレギュラーサイズで型紙とって、それで細かく合わせていくのね? 絞れるものはフリーで作る。で、そのレギュラーサイズを作る時に、わたしがトルソーになるの。型紙起こす勉強にもなるし、仕立てが分かると、おすすめする時も説得力が増すでしょ?」

「……まあ」


「ドレスのスカートの感じをみたりとか、途中の仕上がりを確認するのに着てみたりとか、本縫いする前に確認したりする時とか、結構重要な仕事なのね? ……動けないけど」


「…………だから、」

「? だから、あのー……割と着ている、けれど、も……??」


「…………」

「????」



 何か言いたげに黙り込んでしまったエリックに、ミリアは、ただただ不思議だと言わんばかりに目を向けた。


 細やかに瞬きをしながら『じぃ────:っと視線を送ってみるが────彼は、複雑そうな顔をするのみ。そんなエリックを前にミリアは表情かおには出さずに心で首を捻る。



(…………何が言いたいのかしら。このおにーさん…………)



 彼女は『エリックが何が言いたいのか』本気で分からなかった。


 今の彼女にとって、ドレスは『着付けるもの』であり、『商品』だ。『自分が金を出して身に着ける』ものではない。


 明らかな高級品。身の丈に合わないもの。

 全く憧れがないといえば嘘になるが、しかし『欲しくてほしくてたまらない』というものではない。


 それでも昔は、ドレスにあこがれて仕方なかった。『あんな服を着てみたい』と思っていた。


 けれど、いざこの街に来た時、突きつけられたのはその金額げんじつだ。


 ──貴族でもない彼女が、普段の生活を送りながら、手に入れられる値段ものでは……無かったのである。



 そしてミリアは割り切った。



 ──『ドレスは、婚礼の贈り物』。

 『身分ある女性が纏う衣装』であり『わたしが着るものではない』。

 『花嫁の予定もない。それになれるとも思っていない。でも好き。だからドレスの花を咲かせる手伝いをするのだ』と。


 そう、当の昔に割り切った彼女にとって、エリックの問いは、ピンともなんとも来なかった。



(……えと……いや……『着て、みたい』というか、着てるっていう……ってゆか、どうした?? なに??)



 と、もう一度、疑念の目を向ける。

 しかしエリックは、気まずそうに黙っている。



(────えぇ~……、……どうしたぁ────……??)

「…………」

(────だまると気になるんですけど……)



 エリックの『珍しすぎる沈黙』に、困惑に包まれ瞳を惑わせた。


 彼女の中、『エリック』という青年は、『基本的にレスポンスがいい』。

 一つ言えば二つ返ってくると言うか。

 気になることがあれば、もれなく小言もおまけでついてくると言うか。


 『おしゃべりな男』というわけではなく『意見を言うのに躊躇いがない』。『遠慮なくずけずけと、思ったことを言ってくる』。のに、たまにこうして言い淀む時もある。



 その線引きが掴めないミリアには──エリックの『不調』は不思議で仕方なかった。



(……わっかんないおにーさん ひ と だなあ〜?)

「…………ねえ、調子悪いの?」

「え? ああ、いや?」



 胸の疑問を気遣いに変えて、ミリアが飛ばした問いに、エリックが返したのは『素早いNO』だった。


 素早く顔を上げたエリックには一瞬『不意を突かれた』ような色が見えて取れたが、彼は即座に『余裕』と言わんばかりの色を湛え、テーブルの向こうで意地悪く笑う。



「…………むしろ、悪かったのは君の方じゃないか? 食事を摂ってだいぶ顔色が戻ったように思うけど?」

「…………うぁあ〜、心配して損したぁ〜。修羅場なの、誰のせいだと思ってるの?キミのご主人さまのせいなんだからね!」



 からかいを含むそれに返すのは、ノリのいいむくれ顔。瞬時にエリックの眉が下がり、言葉は返ってくる。



「…………だから、『手伝う』って。オーナーにも許可をもらったし、オリオンの家のものとして、精一杯やらせてもらうよ」 


「…………お屋敷のお手伝いはいいの?」

「ああ、大丈夫。俺の仕事はもう終わったから」



 伺うように聞くミリアに頷きながら、落ち着き払った口調で答えつつ、エリックは『ここ数日で片付けた仕事の数々』を思い出していた。


 簡単に『終わった』とは言ったが、その量は膨大なものだった。

 舞踏会に招かねばならない人間のリストをもとに、招待状という名のラブレターをおくり、もてなす食事のメニューをざっと確認し、場所を確保し金を納める。


 ビスティーが修羅場なように、オリオン家も相当な修羅場であったが、今回。エリックの印象に強く残っていたのは、膨大な量の手紙でも食事の発注でもなく──『衣装の新調』であった。



 一度宴が決まれば、流れるように始まるこの慣習。

 親・祖父の代からの慣わし・慣例行事。

 注文せずとも『舞踏会』といえばやってくる、お抱えテーラーの縫製師。


 ぶっちゃけ彼は『舞踏会で毎回やることもない』と思うのだが、ここで新調しないと、お抱えのテーラーが泣きをみる。


 その縫製師が語る『生地やらボタンの種類やら』の話題に、彼は少し前まで『そうか』『良いものなのだな』としか返しようがなく、どう話題を拡げて良いかわからない時間だったのだが、今回は違ったのだ。


 ──『ほんの少し明るくなっただけで、返せるものが違ってくる』。



「…………君から話を聞いたおかげで、今回は随分スムーズだった。相手の言っていることがわかるようになると、話の進みも早いよな」

「……? わたし、舞踏会の準備に役立つようなこと言ったっけ……?」


「いや? こっちの話だから。気にしなくていいよ」



 盛り上がった話題と、嬉しそうにしていた老いたテーラーを思い出しながらぽろっと溢れたそれを素早く掃き流し、彼は次に──小難しい顔つきで口元を覆い悩ましげに息をつき言葉を続ける。



「────そうだな、残っている仕事といえば……あとは、当日? ……当日は流石に、抜けられそうも無いけど」

「……当日はさすがに、男性スタッフ立ち入り禁止ですね……?」


「……ああ、そうか。当日こそ修羅場だよな」

「よやくでいっぱい。あさからドレス締める」


「なるほど。……で、俺が言いたいのはそっちじゃなくてさ」

「?」



 首をかしげるミリアに、ひとつ。

 エリックは背を浮かせて距離を詰め、彼女の瞳を覗きこむと、軽さを捨てた声を出す。



「……「契約」。今のうちに詰めて置きたいのはそっちほうなんだけど」

「…………」



 言いながら、”コツ・コツ・”とテーブルを鳴らすが────彼女は顔のパーツ全てを横に引き伸ばして黙るのみ。

 それだけで・・・・・、もうわかる。『ミリアの思考や思うこと』。

 それを確認するべく、エリックは伺うように首を寄せると、



「……忘れてた?」

「いや?? 1割ぐらい覚えてたし??」

「…………それ、ほとんど忘れてるのと一緒だろ」

「や、」



 テンポ良く、呆れ口調のそれに一瞬。

 『ちが、』と言いかけるが────素早く瞳を回し、話を進める方向を取り、話題を振った。



「そいえば「やり方はおにーさんが考える」んだっけ? この前そういってたよね?」

「…………ああ」




 『話題反らし作戦』が成功したミリアが(ヨシ!)とガッツポーズを取る正面で────深刻に頷く彼は、気を潜めて周りに神経を配る。



 探る。

 ────昼の『ビストロ・ポロネーズ』。

 天井から吊る下げられた数々の照明魔具を頭の上に、楽しそうに話し込む人々。


 職場の仲間か、兄弟か、それとも、母親同士なのか。

 わいわいざわざわと騒がしい客を背景にエリックは、「じっ」と彼女を見つめテーブルに両肘を置き、声を潜め、澄ました顔でそっと囁いた。



「…………少し、こっちに来て」

「……!」



 ざわめきの中、誘うように声をかけ、『聞いてもらう』。

 細かく瞬きしながら前のめりに『聞く』姿勢を取るミリアに、エリックは声を潜めると、



「これぐらい煩いぐらいの方が、都合がいいんだ。下手に静かなところより、周りの声が会話をかき消してくれるから。──それに。これなら『仲のいい恋人同士が語らっている』ようにしか見えないよ」」





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