「……いらなーい……。
見た感じ綺麗だけど、匂いが……ちょっと。
好みじゃないって言うか……」
「……いや。君、喜んでいたよな?」
「見た目は綺麗だよ?
でも、なんか残り香が好きじゃない……
あそこで要らないとも言えないしさあ〜……
なので、差し上げます~。
もらってくれる~?」
「…………」
困り顔のミリアに聞かれ────エリックは地味に困った。
(……いや、そう言われてもな……)
手元の花束に目を落とし、喉の奥で小さく唸る。
先ほどもセールスに述べたように、彼はこういうものに興味がない。
石鹸も家にあるし、それらにも困っていない。
こう、『ぽん!』と手渡されても、困る────のだが。
(────ちょっと待て。
俺も、こういうものに興味はないんだけど。
困ったな……捨てるというのも、ううん……)
掌の中。
咲き誇る石鹸に、目を落として眉間に皺。
彼が瞬間的に考えるのは『その後の対応・反応』だ。
部屋に飾っておくタイプではないし、そんな嗜好もない。
しかし、捨てるのには惜しいし、かといって気軽に渡せるものでもない。
貴族の間でも見たことのない代物なのだ。
『貴重な贈り物』レベルである。
(────屋敷のメイドに渡すか?
……いや、それもちょっとな……)
と、頭の中で二転三転させ、ブーケの処理方法を列挙する彼。
──仮に。
これをメイドにくれてやるとしたら、公平にするため、また自分の身とメイドの身を守るために、屋敷全ての女性に配らねばならない。
『花を誰か一人に渡す』なんてことはもってのほかだ。
『特別扱いに見える行為』がトラブルを呼ぶことは、散々見てきたし聞いてきた。
この花束がもたらす災いと、その後の処理を考え、エリックは眉間を絞る。
──『女性を雇う』ということは、そういうケアも必要なのである。非常に、面倒なのだ。
しかし、そこまで考えて。
彼は小さく首を振り、ブーケの対処については保留にすることにした。
今、それを考え悩み抜いても仕方ない。
帰宅するまでにどこかで処理をすればいいと
花束をこちらに押し付け、悠々と歩く彼女に問いかける。
「────で。
そのー『幸せお兄さん』? とやらは?
彼らがそう名乗ったのか?」
「ううん、わたしが勝手に呼んでるだけ」
問いかけに
戻りきたのは
けろっとした返事。
…………はあ…………
”胡散臭い”は胡散臭いが──
それを助長させる原因は、彼女のその呼び方にもあると、エリックは判断したのだ。
(……普通の民かもしれないんだろ。
妙な連中な可能性も捨てきれないけど…………)
と呟き肩を落とす。
ああ、一気にいろんな力が抜けた。
そして言葉は溢れでる。
「…………はあ。人様を勝手に……。
彼らも、まさか君に『幸せお兄さん』だなんて愛称を付けられているとは、微塵も思っていないだろうな」
「呼び方は自由です。
それより、知らないのにびっくりした。
あの人たち、良く居るのに~!」
「…………人を選んでるんだろ?
あんなの、声をかけてきたこともないよ」
「まじで? 一回も?」
「俺は経験がないな。
────まず話しかけてこない」
「…………愚問でございました」
彫刻のような顔の眉間を”ぐっ”と寄せて、怪訝なオーラを放つ彼に、ミリアはすぐさま意見をひるがえし、固い口調で相槌を打った。
(……まーたしかに〜。
ああいうのが声かけるタイプじゃ……、ないよね〜)
と、思いながらエリックをチラ見する。
──短い間とはいえ──
もう十分、エリックの人となりを知っているからあまり感じないが──ミリアの隣を歩く『エリック』という男は、基本的に『圧が強い』。
彫刻のような、凛々しくも、少々幼さの残る顔立ち。
艶やかな黒髪は少しばかり跳ね癖があり、その出立ちも『普通の服なのにオーラがある』。
笑えば好青年だが、
普通の顔をして歩いているところも
まるで──
『警戒の塊』が歩いているように思える彼が、
声をかけられるタイプではないのは、今のミリアからみても明白だった。
歩きながら(ですよね〜)とエリックの横顔を見上げ、視線を外して前を見て呟くミリアは、もう一度。彼が街中を歩いているところを想像し、問いかける。
「じゃあ、歩くときはサラサラ〜って感じなんだ?」
「…………まあな。
ああいう手合いはまず話しかけて来ないよ」
「へぇ〜、時間かからなくていいねえ〜」
「……君は、いつもああやって時間を取られていそうだけど」
「余計なお世話ですけど。
別にいいじゃん、結構助かることもあるし」
「──そこじゃなくて。
”目が離せない”って言ってるんだ」
「……言ってなくない?
そんなことひとことも言ってなくない?」
「…………──まあでも、”とにかく”。
ああいう手合いは、俺には声をかけてこないよ。
君も、もっと警戒して歩いたほうがいいんじゃないのか?」
流れるような会話の中。
隣をいくエリックのその言葉に、ミリアは一瞬考え、そして
少しばかり身を乗り出し、彼を、前から覗き込むと
「……”ああいう手合いは”ってことは、他のは何か寄ってくるんだ?」
「…………。
…………まあ。」
問いかけに、戻ってきたのは、煮え切らない返事。
”じっ”と送る視線に、エリックの表情が気まずい色に変わりゆき、
そして彼は
誤魔化すように空を仰ぐと、苦々しいトーンでこぼすのだ。
「……来ないことは、ないかな。
でも、最近は減って────」
「──こんちはー!
新規
はぁい、ただいま『成人フェア』開催っちゅう!」
「──へ? ”成人フェア”??」
まるで。
召喚されたかのように突如現れた男に、ミリアは目を丸くした。
声に導かれ目を向ければ、そこにいたのは紳士服の店員。
ぺらりと出されたビラに目を落とすと、そこには確かに『成人フェア』の文字と共にデザインされた服が描かれているビラが差し出されている。
(────うん? なんで”成人フェア”??)
まるっきり『対象外』のそのビラの登場に、ミリアは一瞬で困惑に包まれた。
彼女はもう24だ。
隣のエリックも、成人は迎えているはずである。
ここに、『
(……え……、なに?)
と、瞬間的に困り果てる彼女の隣──
『黙りこくるエリックは