「最近多いよね〜?
『新しいの出たよおにいさん』と『しあわせおにーさん』」
「…………『幸せお兄さん』?」
夏のタンジェリン通り、短くテントを張り出した商店を背景に、ミリアの口から飛び出した『間の抜けた言葉』に、エリックは思わず目を見開き問い返していた。
思わず足も止めるそのワード。
戸惑いと拍子抜けを纏うエリックの視線の先で、ミリアは、バラと領花カルミアの混じる
「そうそう。ああやって『幸せですか?』って声かけてくる人たち。
居るじゃん?」
「…………いや、初めて聞いたけど」
身振りも大きく聞いてくるミリアに、エリックは静かに首を振った。
確かにこの街は、服飾の発展を中心に、色々なものが流れ込んできている。
街中ではしょっちゅうビラ配りや客引きを見るし、絡まれている女性も多い。
しかし、ミリアが言う『幸せお兄さん』については、エリックは聞いたことがない。
彼が、瞬間的に自分の範疇で
(どこを歩いているんだ……? 大丈夫か……?)
と疑念を巡らせる隣、ミリアはアニーブラウンの瞳に”不思議”を浮かべると、
「そーなの? 居るよ? 良く居る。
『新しいの出たよお兄さん』と
『幸せですかお兄さん』が居るんだけど」
「…………はあ……」
「──彼らはきっと亜種だと考えている……!」
きらぁん……! ふふーん……!
”──間違いない……!”
──と、その表情仕草で語るミリアに──
エリックは、静かな眼差しと気のない息を零し、
(まるで動物のような言い方だな……)と、胸の内で思う。
前々から感じてはいたが、ミリアの口から出る言葉はイマイチ緊張感に欠ける。
彼女のフィルターを通すと独特のものに仕上がるというのだろうか。聞いてて面白くはあるのだが、そのフィルターのせいか、『プリン』も結局いまいちよくわからなかった。
それらを総合し、ぐるりと考えて。
エリックは、彼女にもう一度、静かなる視線を向けると
「────……君はいちいち表現が変わってるよな」
「キミも、いちいち言うよね?
まあいいけどね慣れたからね?」
「……ちなみに、聞きたいんだけど。
良く居るのは
さっきの話を聞いていると、他にもいろいろ貰っているみたいだけど?」
「いるよ~。
『幸せお兄さん』でしょ
『新しいの出たよお兄さん』でしょ?
『調査してますお姉さん』に
『占い好きですかお姉さん』」
「…………」
────聞いて、黙る。
石鹸の花束を弄ぶ彼女に瞬間的に返すは、もちろん。
訝しげな問いだ。
「──調査って、なんの?」
「……さあ……?
満足度調査とかなんとか言ってたけど……?」
「なんの満足度か、覚えてる?」
「……生活に関する満足度……?」
「──……随分ざっくりしてるな……
──……けれど、それは答えない方がいい」
チェシャー通りを行きながら、落ち着きなく花束を動かす彼女に、エリックは神妙な顔つきで首を振った。
──『そういう手合い』が多いのは、エリック──いや、エルヴィスも重々承知だ。
産業が賑わうということは、人も業者の出入りも激しくなる。有事の際なら規制を張るが、今はそこまで厳しく取り締まっていないのが現状だ。
──新しい文化や産業は、国の発展に必要なことで
問題ももたらすが、税収や国益などの視点から鑑みれば、厳しく規制を張るのは損失になりうる可能性もある。
かと言って、好き勝手にやらせるわけではない。
塩梅が難しいところではあるのだが、国としても、ある程度は業者のマナーや常識に任せて、信頼をおく他方法が無かった。
ただし──
中に『怪しいのが混じっていない』とは言い切れない。
現に、ミリアから出たワードの数々は、心が和やかになると言えばそうなのだが、彼の感性からすれば胡散臭くて仕方なかった。
──それらを巡らせ、眉間に皺。
悩ましげに口元を覆いつつ、エリックはミリアに顔を向け、吐く息と共に
「──領が正式に行なっている調査ではないから。
……君の情報が妙なことに使われるかもしれない」
「……みょうなこと。」
神妙なトーンに、返ってくるのはピンとこないという顔。
視線の先で、右手の花束をちらちら見るミリアに、エリックは視線を落とし、考えながら口元を覆うと、
「──そう。例えば、そうだな……」
「ねえ、そうだ。これ要らないので差し上げます。」
「────はっ? 要らない?」
──唐突に。
話の流れも考えもまるで無視して現れた
先ほどまでの推測や、頭の中で組み立てていた例え話は、”ぽーい”された花束に押され、すでに思考のかなたである。
エリックがミリアの事を考えて、解りやすいたとえ話を用意しかけていたのに。
それらが綺麗にすっ飛び、頭の中は『要らない』と渡された花束と困惑で埋め尽くされた。
(──いや、さっきあんなに喜んでいたのに?)
と瞬間的に目をやれば、ミリアの顔は、全力で『微妙』を描いており──
(『綺麗~♡』はどこに行ったんだよ)
と困惑を込めるエリックの、その表情を読み取ったのか、
ミリアはぐーっと眉間に皺をよせると
困ったように唇を”くっ”とあげ
人差し指の甲で鼻を『こすこすっ』と擦ると、”じっ”と見上げ、