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第89話「香る手のひら 君の花(2)」





「────このあたりは昔からオリーブがよく採れるし、灰も容易に手に入ることから、石鹸も洗剤も作るのに事欠かなかったんだよ。

 表には出ない『隠れた産業』だけどな」



「ほぉ~」

「──とはいえ、ここまで石鹸加工の技術が進歩してるのは、俺も知らなかったんだけど。これだけ『『服飾・洗濯・石鹸加工』に特化している街ならでは』、かな」



「ふんふん」

「────ミリア。

 『クリーニング店』、多いと思わなかった?」



「…………いわれてみれば…………?」

「────なあ。」




 問いかけに、ぽけーと。

 『そういえばそうだね……?』とゆっくり首をひねるミリアに、エリックの口から遠慮なく飛び出す『彼』。



 花束を片手に、行き交う人々とブーケの男を背景に、彼は腰に手を当てミリアを覗き込むと、




「……君、5年暮らしてるって言ってたよな?

 あれは俺の聞き間違いだったのか?」

「暮らしてる! 5年もいる!」


「──なら、なんで気づかないんだ」

「だって行かないし! 行かない場所は知らなくない? 興味ない店は背景と一緒じゃん?」


「……極端な」

「串焼きの店と、布屋さんとパーツ屋さん! 

 そこは詳しいよ?

 あとは服屋さん。それと八百屋さんと精肉店。

 そこは詳しい。

 でも、それしか見てない!」

「…………はぁ…………









 …………ミリア………」


「そこまで呆れることなくない??

 そんなに思いっきり眉下げる!?

 今超溜めたよね!?


 じゃあじゃあ、おにーさんは布の種類言える??

 服のパターン、どこまで知ってると言うのか!」


「……いや、そこまでは知らないけど。

 と、言うか。服や布の種類と、店の偏りや街の特色は別のハナシじゃないか?

 論点がずれてる」


「ズレてるかもしれない!

 でも言いたいことは、『興味のない場所は”背景”』!」


「…………あの〜……もしもし……?」



 流れるようにはじまった言い合いに、忘れ去られていたブーケの男が弱弱しく口を挟んだ。


 まるでこのまま歩き出しそうな二人に、自分の存在を思い出してほしかったのである。



 ────が。



「興味ないモンは興味ないもん!」

「……ガラス工芸は?

 あれもうちの特産なんだけど、知らない?」


「それは知ってる~♪ 

 雑貨屋さんとかグラスショップに行くよ♪

 綺麗だよね~♪」


「──ああ、安心。

 君の店で使ってるガラスペンも、あれもなかなか良いものなんだ。壊すなよ?」


「……壊してないし!

 あ、でも、石鹸は地元より安くてびっくりした!」


「……そうか。値段もそうなのか。

 工業魔具のおかげで、これらも大分安く出回るようになったよな。

 俺が小さな頃は、高くて仕方なかったみたいだけど。

 うーん……こうして生産量をあげられるのなら、新たな名産品として売り出すのも」

「────あの~…………モシモーシ……」




 ──今度は。

 やや、はっきりと。

 勢いはないが大きめの声で声をねじ込まれ、2人揃って目を向ける。



(────あ。わすれてた)

(……そういえば居たな)

 と、2人して『完全に忘れてた』を滲み出すエリックとミリアのそれに、ブーケの男はひくっと笑い、


「おっ……、オフタリさん、仲良いンすねぇ。

 オレ、存在忘れられてたナ~……」

「ああ、悪かった。

 ────それで?

 このフラワーソープは、何のために?」




 しょんもりと。

 わざとらしく肩を落とす男に、毅然と聞き返し、一歩踏み出すのはエリックだ。



 ここでミリアが『ごめんね?』と謝り隙を見せ、あれよあれよと言わないうちにセールス男の意中にハマるのを防いだのである。




(──こいつは所詮しょせん、末端の人間なんだろうけど。ここから宗教や物品契約にまで連れて行かれることもあるからな……)



 と、警戒を滲ませるエリックに

 しかしブーケの兄さんは、へらへら顔でにこにこと、



「あたらしいモンができたんでぇ、試作っスヨ!

 へへへ、すっごいッショ!?」



 手揉み、すりすり。

 『興味あるでしょ~?』と、抜けた前歯も煌かせて擦り寄るが──もちろん。


 エリックはいい顔をしない。

 検閲・品定めという目つきでブーケを一瞥し、流れるように顎を手で触りながら、訝しげな顔で言う。



「…………”試作”、ねえ……

 確かにこれは凄い技術だが。

 こんな商品を無料で配っていいのか?

 採算が取れないだろう」



 と、毅然とした態度で息を吐き、そして続ける。



「そもそも、ここら一帯での頒布はんぷ活動には許可が必要だ。許可は取っ」

「ま~~~~た固いこといってる〜。

 いいじゃん、くれるんだし。綺麗だな〜って楽しもうよ!」



 始まった、矢継ぎ早の詰問を吹き飛ばすように。

 ミリアの勢いのある声がその場を駆け抜けた。




 矢を射るが如く変わった空気を引っ張るように、

 彼女はエリックから石鹸の花束を引っこ抜き、ご機嫌に鼻先を近づけると




「ほらほら!

 ほんのり香りも、ふわ〜っ………………

 …………、…………………………」


「おにーさんも! どっすか!」



 吸い込み 笑顔のまま

 言葉なく固まるミリアの、その隣。



 ブーケの男がずずいとエリックとの距離を詰めようとするが、しかしエリックは流されない。

 澄まし顔でその手のひらを相手に向け、固く、首を横に振り


「────いや、結構。

 彼女が欲しいと言うのなら、もう一つ頂戴するが……

 石鹸や花を飾って愛でる趣味はないんだ」

「新しいンスよぉ!?」


「────『新くても』。

 必要ないものは必要ない。

 …………使えないしな、こんなの…………」



 言いながら、眉を下げて一瞥。

 もう一度固く首を振る。



 ミリアの手の内で咲き誇るその花束は、確かに素晴らしい。石鹸とは思えないし、そのまま贈り物にしてもいいだろう。




 ──しかし、このまま家に持ち帰るのは、困るのである。




 ソレらを想像し

 とても短く瞼を伏せて

 彼は男に口を開くと



「決して安いものではないだろう?

 興味のない者に配るより、ターゲットを絞った方が採算が取れるんじゃないか? 俺に勧めても、商品の展望は望めないと考えた方がいい」

「いや、でも、タダですよぉ!?」



「……『無料配布ただは愚かである』。


 配る者も、もらう者もな。

 周知するのは必要だが、技術を込め丹精に作ったものを安売りするべきじゃないんだ。

 本当に価値があるものなら、おのずと買い手はつくだろう。

 そう、トップに伝えておいてくれ」



 ──そう、ブーケの男を一蹴し。

 そのまま(……いや、俺はそうだが、彼女はどうだ?)と思考をめぐらせ、流れるように彼はミリアに問いかけた。




「────ミリア、君は? もう一つ欲しい?」

「………………ううん、いっこでいいかな……」

「────と、言うわけだから。

 俺たちはここで失礼させてもらうよ」




 若干、テンションを下げつつ言うミリアの返答を合図に。

 エリックは、小さく彼女の腕を引いた。




 足並みを揃えその場を離れる彼らの遥か後ろで

 ブーケの兄さんは今もまだ『よろしくっすー!』と商品のアピールに余念がない。





 ウエストエッジ・人々で活気づくタンジェリン通りを行きながら。




 隣を歩く彼女に エリックは、ふと。

 ──ふうっ……

 と短く息を吐き、その青黒い目をミリアに向け──



 自然と開くのは、口。

 流れるように出るのは、呆れを含んだ小言である。




「────まったく……、君は退屈しないな。

 てっきりまたナンパにでも引っ掛かっているのかと思った」

「いやあ、違いますね〜。

 前も言ったじゃん、『ナンパは滅多に声かけてこないよ』って」



 言われ、答えるミリアはちょろっと目くばせ。

 横目で見上げる目がぱちっと合って、それが合図だったかのように、エリックはリズムよく問いかける。




「じゃあ、ああいうのは?」

「しょっちゅうある」


「しょっちゅう?」

「超ある。

 歩けば来る。

 家にタダでもらったものいっぱいある。」


「……………………」

「あ、今汚い部屋想像したでしょ!

 そんなにめちゃくちゃ汚れてないし!

 ゴミとかすぐ捨てるし!」


「…………いや?

 別に、そうは言ってないだろ?

 俺はただ、『一人にしておけないな』と思っただけ」


「一人にしておけないって。子どもじゃあるまいし」

「ああ。そうだな?」



 エリックの言葉に、楕円状の目をして抗議を送る彼女に送るは『さらりとした同意』。



 そして彼は言うのである。



 ささやかな笑みに────呆れを混ぜて。



「…………子供の方が、まだ危なっかしくないかな?

 ”知らない人に物を貰ってはならない”って、教わらなかった?」

「あったかもしれない。

 まあ~~~、それはさておき」


「……さておかないでほしいんだけど?」

「うん、さておき」




 呆れ口調の小言をスパンと隣に置き消し、ミリアは構わず口を開け、述べたのだ。




「最近多いよね〜?

 『新しいの出たよおにいさん』と

 『しあわせおにーさん』」



「…………『幸せお兄さん』?」





 その。

 間の抜けた文言に、エリックは思わず目を見開き、問い返したのであった。












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