3. 「月の加護」 - 異能の力
満月が夜空に浮かび、静かな村全体を柔らかな光で包んでいる。リアの家での生活にも少しずつ慣れてきたアリサは、今夜も村の外れに立ち、満月を見上げていた。穏やかで、澄んだ夜空。日本にいた頃、こんなに美しい夜をゆっくりと楽しむことはなかったな、と彼女はふと感じる。
異世界に来て以来、自分に与えられた「月の加護」についてずっと気になっていた。老人から告げられたこの力が一体何を意味し、どのように使うべきなのか、彼女はまだはっきりと理解していなかった。ただ、「この世界で自分に必要な力だ」と彼は言っていた。少し不安でありながらも、試してみたいという強い気持ちがアリサの中に芽生えていた。
アリサは静かに目を閉じ、月の光を全身で感じるように意識を集中させた。その瞬間、心の中がじんわりと温かくなるのを感じた。胸の奥から湧き上がってくる不思議な感覚に身を任せ、ゆっくりと深呼吸をする。すると、まるで月光が体の中に溶け込んでいくように、心が澄みわたっていくのを感じる。
その時、アリサの視界に小さな光が浮かび上がった。村の広場から少し離れた場所に、一人で座り込んでいる人の姿が見える。それは、少年だった。彼の姿は遠くからでもはっきりと分かり、アリサは無意識にその光に向かって歩き出した。
少年に近づくにつれ、アリサの心に彼の感情が流れ込んでくる。不安、孤独、そして悲しみ。まるで彼の心の中に直接触れているような感覚だ。彼の心が抱える重みが、自分の胸にも押し寄せてくる。
初めての共感
少年は膝を抱えてうつむいていた。近づくアリサに気づいたのか、顔を上げると、驚いた表情を浮かべた。彼の瞳には涙の跡が残っていて、どこか怯えたような目つきをしている。
「どうしたの?こんな夜遅くに一人で……」
アリサが静かに問いかけると、少年は少しの間黙っていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「……父さんが病気で畑の仕事ができないんだ。だから、僕が手伝わなきゃいけないのに、どうしても不安で……。僕には無理かもしれないって思うと、怖くなって……」
彼の言葉を聞き、アリサは胸が締めつけられるような気持ちになった。まだ幼い彼が、家族を支えなければならないという重荷を抱えているのだ。その責任があまりにも重すぎて、心が壊れそうになっているのが伝わってくる。
アリサはそっと少年の肩に手を置き、心の中で「月の加護」の力を使って彼を癒したいと願った。その瞬間、体が温かな光で満たされ、穏やかな力が少年に流れ込んでいくのを感じる。彼の怯えた心が少しずつほぐれていくのが、彼女の胸にも伝わってきた。
「大丈夫よ。あなたは一人じゃない。村の人たちも、私も、みんながあなたを支えてくれるわ。だから、そんなに自分だけで背負い込まないでね」
アリサの言葉に、少年は涙を拭きながら、小さく頷いた。「……ありがとう、お姉さん」
その瞬間、アリサの胸が温かく満たされるのを感じた。自分の「月の加護」の力で、彼の心を少しでも軽くすることができた。その感覚は心地よく、また自分自身も癒されているようだった。
月の加護の意味
少年と別れた後、アリサは再び満月を見上げ、月の加護が自分にとってどんな意味を持つのか考えていた。この力は、ただ自分が得たものではなく、人々の心に寄り添い、彼らの苦しみや不安を和らげるためのものなのかもしれない。
「私がこの世界でできること……」
自分がなぜこの世界に転生してきたのか、その理由はまだわからない。しかし、もしこの力が異世界の人々を助けるためにあるのだとしたら、それが自分の役目なのではないかという気がした。人々の悲しみや不安を少しでも軽くできるのなら、異世界での生活に意義が見えてくる。
「ありがとう、月の加護……」
満月を見上げ、心の中でそうつぶやくと、アリサはこの異世界で生きる覚悟が少しずつ芽生えていることを感じた。これから、彼女の役割を果たしながら成長していく旅が始まるのだと、月の光が優しく背中を押してくれるようだった。