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21.エルフの花屋さん

 ***



 その小さな店は、少しばかり急勾配になった坂道に面して建っていた。軒先にあふれる花は実に色とりどりで、どこか見覚えのあるその光景にリーゼロッテは小さく瞬く。


「これ、アリスハイン先生の……」


 アリスハインが育てている花は当人の魔法を掛け合わせたもので、アリスハインにしか作れないものだった。


 魔法にもそれぞれ個性があり、日によって変化したりもするため、掛け合わせによる生成物を他人が模倣することは難しい。それも高ランクの魔法使い――アリスハインが作り出したものであればなおさらだ。模倣元が複雑であればあるほどその難易度は上がり、よってここに並べられているのは、


「あら、いらっしゃい。お花をお探しですか?」

「あ、いえ……あの、失礼ですけどこのお花って、もしかしたらアリスハイン先生の……」

「まぁ、アリスハイン先生をご存じなの」


 やはり間違いなかった。予想通り、目の前にある花々商品はアリスハインが卸しているものだった。全てとは言わないまでも、そのほとんどがアリスハインの手で育てられたものらしい。


「先生、お元気にされているかしら。お花の手配だけはずっとしていただいてるんだけど、もう何年もお会いしていなくて……」


 店の奥から顔を出したのは、優しそうな面持ちの、けれどもどこか憔悴した様子の女性だった。足取りは少々頼りなく、右手には杖が握られていた。


「あ、はい、元気です!」


 リーゼロッテが頷くと、女性は控えめに微笑んだ。


「そう。それは良かったわ。最後にお会いしたの娘が生まれるより前だったから……」

「そう、なんですね。……あ、えっと、アリスハイン先生はわたしの師匠でもあって……」

「師匠……? ……ということは、あなたも魔法使いなの?」

「は、はい! そうなんです。それで少し、お話を聞けたらと思って――……」


 リーゼロッテは改めて背筋を伸ばし、女性の顔を見返した。






「じゃあ、昨日から姿が見えないんですね」


 促されるまま、リーゼロッテは小さな丸椅子に腰を下ろす。手作りの木の椅子は温かみがあり、乗せられていた柔らかなクッションも気持ち良かった。ここにいつもはその子供が座っているのだろう。


「そうなの。近所の人たちも一応探してはくれたんだけど……勝手に一人で出かけてしまうことはときどきあって」


 女性はナディアと名乗った。肩下まで伸ばされた淡い緑色の髪は一つに束ねられ、エメラルドのような翡翠色の瞳は柔らかな光を宿していた。両耳のピアスにも瞳と同じ色の石が使われている。ゆとりのあるロングスカートの腰には生成りのエプロンが巻かれており、そこにはひまわりの花が一輪刺繍されていた。


 迷子になっているのはその一人娘のポリーで、以前より足が悪い母親のためにと、森や山に一人で花を捜しに行くことがあったという。


 ポリーは小柄な少女で、一週間後に控えた誕生日を迎えると七歳になるらしい。父親――現在は出稼ぎに出ていて不在――に似た黒銀の髪はショートカットで、瞳はそれぞれの色を継いだ、黒銀と緑のオッドアイとのことだった。普段は赤いジャンパースカートを好んで着ており、その胸元にはナディアのエプロンと揃いのひまわりの刺繍が入っているとのことだった。


 参考までに聞いた種族は、わかっている範囲で母親がエルフと人間の混血(よく見れば耳が少し尖っている)、父親が人狼と人間の混血(髪も瞳の色も黒銀色)で、他にも些少な血は混ざっているかもしれないが、種族特性が表われたことはなく詳細は不明とのことだった。


 どこで探してくるのか、ポリーが摘んで帰る花は非常に高く売れるらしいが、そうは言ってもポリーはまだ六歳。当然心配でしかたない母親はそのたびにやめるよう言い聞かせ、窘めてはいるようだが、結局ほとぼりが冷めるころにはまた同じことをしていて、ときには丸一日戻って来ないこともあるようだった。それもあって、近所の人たちからは「いつものことだ」と思われている節もあるらしい。


「もちろん、本当に少し遅れているだけっていう可能性もあるにはあるけど……一晩帰って来ないっていうのはやっぱり珍しくて」


 まったくないと言えないところが恥ずかしいんだけど、と苦笑しながらもナディアの視線はそわそわと軒先へと向けられる。リーゼロッテを通り過ぎ、繰り返しその翡翠の瞳が向くのは往来だ。


 ポリーの捜索は一応継続中とのことだが、それぞれ生活もあるため、本腰を入れられる者は少ないようだった。たびたびということもあり、警察もほとんど取り合ってくれなくなっていて、ナディア自身も足が悪いためあまり出歩くこともできず、いまは家で無事を祈るしかない状況とのことだ。


「いつもどこに行っているのって聞いても、はっきり教えてくれなくて」

「心当たりはないですか? 泊まりがけで行くようなお友達のおうちとか……」

「行くとしたら街外れにある祖父母の家だと思うんだけど、それとなく聞いてみてもそんな感じはなくて……」


 ナディアの両親にあたる二人はポリーをとてもかわいがっているとのことだったが、普段は民宿を営んでおり、かつ高齢であるため自宅から出かけることは少ないとのことだった。


「それだと黙ってかくまってる、なんてこともなさそうですね」

「ええ、ないと思うわ」


 リーゼロッテは口許に手を当て、「うーん」と小さく声を漏らす。

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