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迷子の話。
手持ちが心許なくなってしまったリーゼロッテは、ついでのように聞かされたその話にとびついた。謝礼が出る出ないで決めたわけではないが、出るなら出るでありがたかった。それがなかったとしても、お代自体は実はシリウスの入ったポーチへとこっそり戻されていたのだが、それを知る者はいまのところ当人のミカエルとシリウスだけだった。
ちなみにミカエルがしてくれた話というのは、商店街にある花屋の子供が昨日から行方不明になっているというものだった。食事の終わりぎわに聞いたその話に、リーゼロッテはすぐさま心を決めた。謝礼が出る出ないにかかわらず、なにか自分にできることがないかと考えた。
実際、謝礼の金額もたいしたものではなさそうだった。それでもまずは人助けができるならと、リーゼロッテは目的の商店街へと歩調を早める。頭上を渡るロープや飾り、看板なんかが多いため安易に空は飛べなかった。
もともとリーゼロッテの現在の仕事は便利屋だ。自称なんでも屋さんというだけあって、自分にできそうなことならなんでも請け負っている。メイサから定期的に請けている材料調達なんかもそのうちの一つで、他にも迷い猫の捜索や急ぎの届け物、煙突掃除なんかを依頼されることもある。高所での作業が苦手でないこともあり、高木の剪定作業は毎年のように頼まれるし、細かいところだと近所の幼稚園や老人施設の買い物代行、着ぐるみを着て身振り手振りするようなちょっとした催し物に呼ばれることもあった。
基本的に人の役に立ちたいというのが根底にあるリーゼロッテは、シリウスからすれば相当なお人好しで、かつ騙されやすい。そのせいで損することも少なくなかったが、それでも懲りないのがリーゼロッテだった。
そもそも、この街には魔法使いはあまりいないらしい。だからこそよけいに放っておけなくて、一も二もなく踏み出した。せめて話だけでも聞いてみようと、目的地に辿り着くまでにその子供が見つかっていればそれはそれで喜ばしいと、斜めがけにしたポーチを揺らしながら、緩勾配の坂道を登っていった。
「ありがとうございました」
思ったよりも距離があり、途中で確認のために近くの雑貨屋さんで道を聞いた。「このまままっすぐ行けば左手に見えてくるよ」と言われ、お礼代わりに四つ葉のクローバーの刺繍が入ったハンカチを一枚買った。
リーゼロッテはひたすら歩いた。街は広い。坂道は緩やかでも、続く上り坂に少し息が切れてくる。こんなとき、空が飛べたらなぁなんて考える。だけどいま、箒はリーゼロッテの手元にない。
街中では空が飛べないとわかったとき、荷物になる箒は一旦転移魔法で自宅の定位置へと送っておいた。転移魔法は魔法の中でも難易度が高く、例によってリーゼロッテも得意とは言えなかったが、少なくとも箒だけは安定して扱うことができている。
魔法使いの箒には持ち主の名前が刻まれており、契約成立の証のようなそれは魔法使いが箒に一定以上の魔法力を宿すことで現われるとされている。そうなって初めて、魔法使いは魔法使いとしてのスタートラインに立てるのだ。
ちなみに名前の刻まれた箒は無機物ではあるものの、ある意味眷属と呼べるような存在となり、言い換えれば自分の一部、だからこそリーゼロッテにも扱うことができるとも言えた。
「……にしても、ミカエルの歌聞きたかったなぁ」
ミカエルは午後はリハーサルで、今日もしっかり夜公演が入っているとのことだった。迷子の捜索、手伝えなくてごめんと眉を下げられたけれど、そんなのは当然だとリーゼロッテは頭をぶんぶん横に振った。だってそれがミカエルのやることだから。リーゼロッテはリーゼロッテのできることをやるだけだ。
「多分、歌はちょっと珍しいんだよ。普段は楽器の演奏が多いって言ってたし」
昼下がりの空を見上げながら、リーゼロッテは思い出したように歌い出す。森の中でシリウスを拾った際にも歌っていたそれは、どちらかと言えば子供向けの明るく優しい単調な曲。誰が教えてくれたかは覚えていないけれど、おさななじみはみんな知っているから、幼稚園ででも習ったものなのかも知れない。
「またみんなで集まったとき、歌ってもらえないかなぁ」
楽しそうに続けられるそれに、ポーチの中でシリウスも耳を傾ける。別に自分が望んだわけではないけれど、聞こえるのだからしかたない。特に不快になるわけではない。むしろ心地いい。
……ああ、間違いない。あのときの歌声はやはりリーゼロッテのものだったのだ。
「ミカエルの歌、ホントすてきなんだよ」
そんなことは言われるまでもなく知っている。だけどいまはリーゼロッテの歌声を聞いていたい。メイサの言っていたこともよくわかる。この不思議な歌声は、それはそれで唯一無二だ。
シリウスは浸るように瞑目し(実際にはかっぴらいたままだが)、再開された鼻歌にしばし聞き入っていた。