せっかく箒は受けとれたのに、あいにくの天気は続いていた。今日なんて明け方からずっと雷まで鳴っている。いつもならそういう時期だからと割り切って家にこもっているところだが、今回ばかりは気が急いてしかたない。
それでも外には出られないため、リーゼロッテは客もほとんどいない店内でただシリウスの無事を祈りながら窓の外を眺めるしかなかった。
一方、シリウスもまた下手に動くことができないでいた。よほど深い事情があるのか、ルイーズが一瞬たりともシリウスをはなそうとしなかったからだ。
シリウスの腰には常にリードがつけられたままだし、食事のときも風呂に入るときも、なんならトイレにだってどこにでも一緒に連れて行かれてしまう。文字通り肌身離さずといった具合で、これではさすがにシリウスもどうにもできない。
仮にリードをなんとかできたところで、そもそも歩幅が小さすぎる。不本意ながらも歩くより転がる方が早いといった状態なのに、その全てを偶然を装って――なんてことはどう考えても無理だった。
リーゼロッテもさぞ心配していることだろう。
となれば、まずは箒の修理を目指しているのではないだろうか。不器用ながらも基本前向きで、わきまえるべきところはわきまえる性格なのはシリウスもよく知っている。それならそれで、シリウスもいま自分にできることをやるしかない。
(とりあえず、まずはこのリードを……)
この先逃げ出す隙があるかどうかはともかく、思いがけずそういう機会が来たときのためにも、そこだけは考えておく必要がある。
腰に括り付けられたリボンの結び目をさりげなく見下ろし、シリウスは僅かに目を細める。
(この結び方は……)
ルイーズはシリウスを膝にのせたまま、リビングのラグの上で絵本を読んでいた。かたわらのテーブルにはリオナの手作りらしき焼き菓子が盛られていた。
(……だんご結びだな)
これでもかと繰り返された結び目はさながら石のようにかちかちだった。断固として逃がさ――離さないという強い意志が伝わってくる。
次にシリウスは自分の手に視線を移す。
「……」
これを
シリウスは心の中で静かに首を振った。試さなくてもわかる。不可能だ。
ならばあとはもうどうにかして切り離すか、解いたり結んだりをしている反対側を奪取するかしか……。
「この本、面白いだろ。クリスも気に入ったか?」
最後のページまで辿り着いたルイーズが、ふいにシリウスの頭に触れてくる。名残惜しそうに閉じた絵本を、嬉しそうに目の前に掲げて見せてくる。促されるまま、シリウスは微笑ましげに表紙を眺める。
しかし、実はこれはもう今朝から何度も繰り返されていることでもあった。よほど気に入っている絵本なのだろう。
「――よし、もう一回読んでやる」
シリウスは寝転がったルイーズの胸元に乗せられ、持ち上げた絵本を再び一緒に見上げるしかない。ときおり音読しながら、片手間にシリウスへと触れるルイーズの手付きは子供特有に雑だったりもしたけれど、それでも大事に思ってくれているのはよくわかった。
たった二日ほどの付き合いでしかないけれど、いたいけなルイーズの健気さはじゅうぶん伝わっていた。
ルイはリーゼロッテと同じくぬいぐるみが好きで、絵本が好きで、そして歌も好きなようだった。風呂で披露してくれたそれはあどけなく、けれどもどこか癖になるような柔らかな歌声だった。手先の器用さはむしろルイーズの方が上のようだったが、リーゼロッテとの共通点は少なくなかった。
(ルイ……)
そんなルイーズとの繋がりを知られないように断ち切って、目の前から姿を消してしまう。改めてそう考えると、それはそれで心が痛むとシリウスの気持ちも複雑に揺れるのだった。