根菜が、まだ硬いと思ったのだ。もう少しだけ、熱を加えたいと思ってしまった。素直に時間をかければ良かったのに、途中から明日の分もと多めに作ることになり、材料を切るだけで思いのほか手こずってしまったこともあって、よけいに焦ってしまった。
「大丈夫よ。かえってキッチンもきれいになったし、味は悪くなかったわ」
「本当にごめんなさい……」
天井までとびちったシチューをきれいに拭き取って、一通りの証拠隠滅――掃除が終わろうとしていたところに、ヴィヴィアンがアトリエから戻ってきた。もともと隠すつもりもなかったのだが、ワークトップの上に立ち、背伸びして必死に天井を拭いているところを見られてしまっては言い逃れもできなかった。
完成間近だった鍋の中身はずいぶん減ってしまったが、それでも今夜の分は足りるからと、ヴィヴィアンは笑って食事の用意を手伝ってくれた。そうして二人そろってごちそうさまと手を合わせたところだった。
「コーヒー入れるわね」
「あ、それもわたしが……!」
「大丈夫、リズは座ってて」
暗に大人しくしてろと言われたのだろうか。ばつが悪い思いを抱えながらも、ヴィヴィアンがからりとした性格であることはここ数日の付き合いだけでもわかっていた。だからきっと他意はないのだ。
「コーヒー入れるの好きなんだ」
そんなリーゼロッテの胸中を見透かしたように、ヴィヴィアンは優しく微笑んだ。
なるほど、好きだというだけあって、ヴィヴィアンはがいれたコーヒーは本当においしかった。布製のフィルターを使うネルドリップはリーゼロッテもやり方は知っていたけれど、やはりお世辞にも慣れているとは言い難いし、はっきりいって可も不可もなくといったものしかできあがったことがない。メイサやミカエル、シリウスが入れるとあんなにおいしいのに……と何度思ったかしれなかった。
「それで、箒のことなんだけど」
リーゼロッテのカップには温めたミルクも注がれていた。砂糖も少し。攪拌までしてくれたそれをゆっくり味わっていたリーゼロッテは、少しばかり緊張した面持ちで背筋を伸ばした。
「明日には、って言ったけどさ」
「は、はい」
リーゼロッテが問い返すと、ヴィヴィアンは口許に寄せていたカップをソーサーに下ろした。
ああ、もしかしたら作業が長引いているのかもしれない。ということは、明日というのは無理なのかもしれない。リーゼロッテは僅かに眉を下げ、小さく息を飲み込んだ。
「完成したよ」
「……え?」
「箒。もう修理完了したから」
「ええ!」
ガタン、と腰が浮いて、椅子がうしろに倒れそうになる。慌ててそれを捕まえて、リーゼロッテは思わず身を乗り出した。
「で、できたんですか? もう?」
「うん。一応さっきできたところ。最終確認をしてからにはなるけど、明日には渡せるよ」
「わ……わぁ、本当ですか……!」
リーゼロッテの瞳がみるみる潤んでいく。
どんなに心配でも、いまここで焦っても、慌てても仕方ないと自分に言い聞かせ、ひっしに平静を装っていた。それがたちまち決壊し、次にはぽろぽろと涙が頬を伝い落ちた。
「リズが、ちゃんとしてたからだね」
「わたしが……?」
「うん。そのときできることを、精いっぱいしてたから」
箒も思ったよりもきれいだった。柄は無事だったし、大事にしているのが伝わってきたよ。
ヴィヴィアンはそう続けながら、再びカップを口許に寄せた。その表情は柔らかく、泣き続けるリズを見て仕方ないように小さく笑った。
「泣きすぎだよ。まだまだこれからじゃない」
天気もどうなるかわからないし。目を伏せて口角を上げるヴィヴィアンに、リーゼロッテははっとしたように居住まいを正す。
「そうだ、そうだった……雨、少しはやんでくれないとまた――」
なにもできないまま、振り出しに戻るのだけは避けなければ。
気を引き締めるよう頷くと、リーゼロッテは依然バチバチと雨粒の叩く窓の外へと目を遣った。