ときは少しだけさかのぼる。
前日の夜、シリウスはきれいに洗濯されて室内干しされていた。ところどころにあった綻びも、メイサに比べれば拙いものの、リーゼロッテよりは格段にきれいな縫い目で修復されていた。
「猫かとおもったらぬいぐるみだし……」
明るい青色の髪と瞳を持つ少しばかりつり目の少年の手の中には、シリウスが着ていた猫耳フードの法衣があった。
「女かと思ったら男だし……」
魔法の法衣というだけあって、それだけはどこも破れたりしていなかった。ただ細かい枝やゴミがたくさん付着しているため、そのひとつひとつを取り除こうと小さな指が動いている。
年齢のわりに、ずいぶんしっかりとした印象を与える少年の名はルイーズと言うらしい。雨の降る森でシリウスを拾って帰宅した際、母親であるリオナがそう口にしていた。あとから帰宅した父親、トリスタンには愛称であるルイと呼ばれていた。
「……でも、クリスに似てるからいい」
ルイーズは自室でもくもくと法衣をきれいにすると、専用のクローゼットにそれをしまった。ルイーズの部屋には、シリウスとよく似た背格好のぬいぐるみが他にも飾ってあり、リーゼロッテが揃えているものと同等の――むしろそれ以上の専用道具もたくさん置いてあった。
(――ここはどこだ)
シリウスは困惑していた。
(この
シリウスはルイーズの目がない隙にぱちりと瞬く。僅かに眉根を寄せる。もちろん、目が戻ればもとのぬいぐるみの表情(かお)を作る。いつもリーゼロッテ相手にそうしているように。
「なぁ、もうどこにも行くなよ」
シリウスが意識を取り戻したとき、そこはルイーズのベッドの中だった。
「絶対だからな、クリス」
ルイーズは自分の横にシリウスを寝かせると、ともに布団を掛けて眠りに就いた。
(いや、クリスって誰だよ)
なんだこの既視感は……。
シリウスはリーゼロッテに拾われたときのことを思い出しながら、遠い目で見慣れない天井を眺めていた。
(………………寝たな?)
とはいえ、今回は一度目とは違うところがある。
なんたっていまのシリウスは動けるのだ。ルイーズの前で披露するのは得策ではないとみて、あくまでも単なる
ルイーズが深い眠りに就いたのを確認してから、シリウスはむくりと起き上がる。掛布が少しばかり動いても、ルイーズはまったく気づかない。あどけない寝顔をさらしてすやすやと心地良さそうな寝息を立てている。
(悪いが、逃がしてもらうぞ)
即座に名前をつけられたこと、そしてその表情や言い様からしてなにか事情があるのだろうことは想像に難くなかった。それでも、シリウスは一刻も早くリーゼロッテの元に帰らなければならない。
(残念ながら、俺はクリスじゃないしな)
シリウスは短い手を柔らかな布団について腰を上げる。そうしてベッドの下におりるべく踏み出したところで、
「!」
びん、と突然身体が引っ張られる感覚がして思わずしりもちをついた。
気づかれたのだろうか。ルイーズが目を覚まし、シリウスの服を引っ張ったのか?
恐る恐る振り返った先で、ルイーズは目を閉じたままだった。特に覚醒したわけではなさそうだ。寝惚けてそうしたわけでもない。ならば、何故――。
(……な、……)
よく見ると、腰に水色のリボンが括り付けられていた。それを辿ると、ベッドヘッドの柵と辿り着く。
(なんでだ!)
シリウスは思わず眩暈を覚える。けれども、ややして思い出す。
〝どこにもいくなよ〟
寝入り端にルイーズがこぼした、どことなく寂しげな声を。
「クリス――……」
応えるようにルイーズが寝言を口にする。その手がかたわらを探り、やがてシリウスに触れる。引き寄せられて、抱き締められる。その目元にはじわりと涙が滲んでいた。
やはりなにかあるようだ。シリウスはされるまま腕の中に収まっていた。
(クリス……)
シリウスはルイーズの寝顔を静かに見つめ、ひとまず今夜はこのまま様子を見ることにした。もしここにリーゼロッテがいたなら、きっとそうしていただろうと思った。