「シェリー、大丈夫かなぁ……」
昨夜あまり眠れなくて、そのせいか目が覚めたのも早かった。
「でもこんな天気じゃ探しに行ってあげられないし……」
店内の掃除をしながら、時折訪れる客の対応をする。買い物を済ませた一人の男性客を見送りがてら、軒下に出たリーゼロッテは一向にやまない雨空を見上げた。
「濡れるから、中入りな。風邪でもひいたら元も子もないだろ」
「あ、はい」
奥にあるアトリエから戻ってきたヴィヴィアンに声をかけられ、リーゼロッテは素直に店内に戻る。雨脚が緩むことはなく、相変わらず風も吹き荒れている。
シェリーは大丈夫だろうか。そればかりが頭を占めるけれど、雨だけでなくこうも風が強くてはどのみち空を飛ぶこともできない。これがアリスハインあたりなら、自身を中心に結界でも張ってなんの影響もなく動けたりするのかもしれないが、当然のことながらリーゼロッテにそんな腕はなく、やはり今日も手巾片手に窓を拭くくらいのことしかできなかった。
「箒、明日にはできると思うよ」
そんなリーゼロッテに、ヴィヴィアンは凝り固まった肩を回しながら告げる。窓ガラス越しにまた雨を眺めていたリーゼロッテは、ややして弾かれたように振り返った。いまではヴィヴィアンも事情はすっかり把握していた。
「ほ、本当ですか? 予定より早い……!」
「うん。頑張ったから。足りないと思ったエニシダも、リズを乗せてくれたっていうあの――」
「サギリさんですね!」
「そう、サギリが分けてくれたからなんとかなったし。あれ、質も良かったしね」
森から街まで馬車に乗せてくれた男の名はサギリと言った。
ヴィヴィアンがいざ箒の修理にとりかかり、思った以上に専用の材料――エニシダが必要だとわかったとき、リーゼロッテはふと思い出したのだ。サギリの荷台で嗅いだ匂いは、それだったのではないかと。
連絡先を聞いていたのが幸いした。今夜泊まる宿や、この先向かう予定の街を確かめていて本当に良かった。気づいたリーゼロッテはすぐさま歩いて宿に向かおうとしたけれど、それはヴィヴィアンに止められた。こんな天候の中、風邪でもひいたら元も子もないよ、と。そこなら電話が繋がるからと。
さほど大きくもない街だ。泊まっている宿のことはヴィヴィアンも知っていて、リーゼロッテに話を聞くなりすぐに問い合わせてくれた。その結果、サギリから納品という形で卸してもらえることになったのだ。
本来ならリーゼロッテが恩を返すべき相手だったが、サギリもまたリーゼロッテの様子が気になっていたとのことで、快く相談に応じてくれた。
「サギリさん、明日もまた顔出すって言ってましたね」
「箒の様子が気になるって言ってたね」
「サギリさんも本当にいい人だなぁ」
……というより、サギリにとってはヴィヴィアンとの縁ができたことがなによりの恩になっていたのだが、リーゼロッテもヴィヴィアンもそれにはまだ気づいていなかった。
「とりあえず、今日はもうお店閉めちゃおうか」
雨も風もいっそう強くなってきたせいか、気が付けば往来を行く人影もぱったりと途切れていた。窓外に目を向けたヴィヴィアンが溜息混じりにそう言うと、リーゼロッテは「わかりました」とドアの内側に掛けられたプレートを〝本日閉店〟のものに掛け替える。
「あ、そうだ」
そうして、気を取り直すように振り返る。
「今夜はわたしが夕飯作ります!」
持っていた手巾を握り締め、リーゼロッテは不意に宣言する。
ヴィヴィアンの世話になって二日、リーゼロッテはまだ一度も料理をしていない。それでもどこか自信満々にも見えるその様子に、ヴィヴィアンも最初こそ目を丸くしていたけれど、結局は「じゃあ頼もうかな」なんて笑顔で承諾してしまう。
シリウスがいたら「待て待て」と止めたに違いない。だがあいにくシリウスはいまここにはいない。リーゼロッテも本気なだけに、そこで退くようなことはするはずもなかった。
たしかキッチンには今日はシチューの材料が揃っていた。大丈夫。最悪火の通りが甘い場合は魔法が使える。それくらいならいつもやっていることだ。
大丈夫。リーゼロッテはひとり頷き、今夜は料理に努めることにした。