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48.雛と仲良くできるかな

 風の音がすごい。木々のしなりもすごい。


 にもかかわらず、シリウスが放り込まれた巣はしっかりと作り付けられており、かたわらで遊ぶ雛たちの機嫌も悪くなかった。


(いや、だからやめろ、髪はやめろ)


 相変わらず前髪をくちばしで挟んでひっぱられる。振り回されそうになったときには必死に巣にしがみついた。目をつつかれそうになればすんでのところで顔を背け、結局堪えかねて猫耳フードをかぶる羽目になった。身を守るためだと何度も自分に言い聞かせ、深くかぶったその耳が動く度に揺れる。


(とりあえず、ここから脱出……)


 思いながら、シリウスは巣の端に手をかけ下界を覗き込んでみた。


 ――高い。


 ぬいぐるみにされてすぐにも意に反した空の旅に連れ出されたが、そのときよりもかなりの高さがあった。


 あのときのシリウスは自分ではまったく動くことができず、されるがままだった。けれども今回は違う。やろうと思えば、ひとまずここから離れることくらいはできる。


 ただ、高い。本当に高い。


 リーゼロッテの飛行魔法でそれなりの高度には慣れたつもりではいたけれど、もともとシリウスは自分で空を飛ぶことはできないし、特に高所を好むたちでもない。やむを得ずミカエルに抱きかかえられて空を飛ばれたときだって、ここまで高い位置ではなかったし、間違ってもそこから落とされたりしたことはなかった。まぁ、それは当然だが。


 そもそも、ただ空を飛ぶのとは違うのだ。シリウスの頭をよぎったのは自発的にここから地上へと飛び降りるということで、その後どうなるかはまさに神のみぞ知る状態。身体がぬいぐるみである限り死ぬことはないだろうとは思うものの、ここまでの高所から飛び降りるという行為にはさすがに逡巡してしまう。

 だって不可抗力とは違うわけで、重量がないせいで、風に飛ばされてしまう可能性もある。あるというより、恐らくこの強風ではそうなるに違いない。結果どこぞの枝に突き刺さり、いっそうカラスの餌食に――なんて考えるだけでもぞっとする。


 そうかと言って、ここから地上までの長い道のりを器用におりていくのも現実的ではなさそうだった。ろくに指も開かない仕様なのに、結局はそう待たずして落下してしまうだろうことは想像に難くない。


 となると、やはりこのまま飛び降りる方が早いかとも思うのだが――。


(まぁ、……もう少しあとでも)


 別にいまさら怯んだわけじゃない、と自分で自分に言い訳しながら、シリウスは巣の端へと添えていた両手から力を抜いた。


 その背中を、不意に雛にくわえられた。


「……!!」


 雛がじゃれるように頭を振り回す。予期せぬ突然のヘッドバンキングにシリウスにつま先は巣から離れ、身体が宙に浮いた。


 え――い!


 と子供のようなかけ声は聞こえなかったけれど、さながらそんな仕草で雛はシリウスを巣の外へと放り出した。意図してのことではないようだったが、振り回していた結果くちばしからうっかり外れてしまったらしい。


(嘘だろ……!)


 これは不可抗力だ。


 シリウスは降りしきる雨の中、暗い森の中へと真っ逆さまに落ちていく。幸いというべきか、そのとき風は少々緩んでいて、別のカラスに気づかれるより先に木々の中へと紛れ込むことはできた。できたけれど、


(いだだだだ)


 掠める枝の先は容赦ない。葉の多い樹なだけにクッションにもなってはくれたけれど、高さが高さなだけに圧もすごかった。痛覚のないシリウスは痛みを感じない。それでもそんな声を上げてしまいそうなほどの衝撃に――そしてひときわ太い枝に叩きつけられたと同時に、気が付けばシリウスは意識を手放していた。






 ――ぽてん、ぽん、ころり。


「あっ」


 あどけない高めの声が響く。ぱしゃりと黄色いレインブーツが踏んだ水溜まりの先に、シリウスは落ちて転がった。


 うつ伏せに横たわるそれに目を凝らし、少年は訝しげに呟いた。視線が一度頭上に上がり、また戻る。年齢は五歳くらいだろうか。レインブーツと同じ黄色のレインコートの裾が、水滴を弾いて揺れた。


「……ねこ?」

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