「な、直せませんか?」
「直せるのは直せるけど……ちょっと時間かかるかなぁ」
「時間……」
「ぱっと見ただけでも、ちょっと今日明日ってわけにはいかない状態だね」
「そ……そうですか……そう、ですよね……」
そう言われるかもしれないとは思っていた。リーゼロッテから見ても、それくらいひどいありさまではあった。
だけど、そんなに何日も
どうしよう……。リーゼロッテはわかりやすく動揺する。少しでも見えやすいようにと持ち上げていた箒をぎゅっと握り締めた。
「え……えっと、じゃあ、他に直せるところって……っ」
返す声が震えてしまう。どうしよう。どうしよう。そればかりが頭を巡って鼓動が逸る。
辿り着いた街は、そう大きくはない街だった。リーゼロッテたちの住む街と同じくらいの規模だ。ということは、恐らく同じ類いの店はそう多くない。食料品や日用品を扱う店ならまだしも、こういった特殊な道具を扱う店となるとさらに数が少なくなる。下手をしたらこの店以外には一軒も、という可能性も――。
「うーん……この街にうちと似たような店はないんだよね」
やっぱり……。
リーゼロッテの瞳がじわりと潤む。泣いていても仕方ないと思うのに、込み上げてくる涙を止めることができない。
「他にそういう特殊な道具を作っているようなところもないし……」
「そ……そうなんですか……」
俯いたリーゼロッテの視界はどんどん滲んで、際にたまった雫がいまにもこぼれそうになっていた。
女性は軽く腕を組み、しばし考え込むような間を置いた。言葉をなくしてしまったリーゼロッテとの間に沈黙が落ちる。
「……でもそれ、直らないと困るんだよね?」
先に口を開いたのは女性の方だった。リーゼロッテは弾かれたように顔を上げた。
「は、はい……っ」
「じゃあ、そうだね……できるだけ急いでみるから、とりあえず預けてみてくれる?」
「え……! 本当ですか?!」
「新規の箒ならまだしも、修理となると材料もしっかり選ばないといけないから……どうしても三日はかかると思うんだけど、これからこの雨の中、他の街に行くよりはいいと思うし、さすがにそれよりは早く直せるよう頑張ってみるから」
もう雨季に入っちゃってるから、この雨もいつ止むかはわからないしね。
「雨季……」
やっぱりもう入ってたんだ。
それも予想はしていたことだった。けれども改めて突き付けられるといっそう気落ちしてしまいそうになる。
一旦雨季に入ってしまうと、街から街への移動も難しくなってしまう。要はどんなに早く箒が直っても、その足でシリウスを探しに行くのは不可能かもしれないということだった。
……でも、それでも。
「ね。いまできる最善で行こう。急いでるなら、よけいに少しでも早く動く方がいい」
ふたたび下向いてしまったリーゼロッテの肩に、女性が優しく触れる。元気づけるようにぽんぽんと叩き、促されるまま視線を上げたリーゼロッテに、にこりと口角を上げて見せた。
「大丈夫」
長いまつげに縁取られた、黒曜石のような瞳が笑みの形に細められる。細くきれいな指先がリーゼロッテの持つ箒に添えられた。
「わたし、これでも鍛冶屋の娘なんだ」
まだまだ見習いではあるけれど、センスと手際だけは褒められてきたから。と舌先を覗かせた仕草はいままでの大人びた印象とは一転、どこああどけなくも見えた。女性はとヴィヴィアンと名乗った。
箒を受け取ったあと、ヴィヴィアンはずぶ濡れのリーゼロッテにシャワーを貸してくれた。気が付けば店の床にもぽたぽたと雫が落ちていて、指摘されて初めて気が付いたリーゼロッテはすぐさま拭きますと頭を下げた。
けれどもヴィヴィアンは風邪をひくといけないからと先に店の奥へと促して、店番することを条件に寝床まで提供してくれた。ヴィヴィアンの寝室の床に敷かれた布団は十分にふかふかで、その晩リーゼロッテは泥のように眠ってしまった。
そうして箒の修理が終わるまでの数日間、リーゼロッテはヴィヴィアンの店に滞在することとなった。
シリウスのことは心配で心配で仕方なかったが、いつしか天候はどんどん悪化し、すでに嵐と呼べるほどになっていて、そんな中無理に探しに出たところでどうにもならないことはわかっていた。となれば、いまはヴィヴィアンが言うようにできることをするしかなく、リーゼロッテは暇さえあれば窓の外を眺めながら、とにかく店の手伝いをこなすしかなかった。