リーゼロッテが街をあとにして間もなく、ミカエルはアリスハインに手紙を送った。ミカエルの羽根に運ばせたのだ。リーゼロッテに渡した羽根は、今後のためにとあの時は使わせなかった。
それで良かったと思う。リーゼロッテはお世辞にも器用ではないし、説明もそう上手くはない。ミカエルは直接話を聞いているため、その要点だけをまとめてしたためることができたが、リーゼロッテが送るとなると手紙の枚数も嵩んで羽根一枚では足りなかったかもしれない。
それにミカエルであれば、アリスハインの返答によっては直接会って話すことができる。もともとその時の公演が終われば、遠からず一度地元に戻ろうと思っていたところだった。
いや、それはともかく――。
「にしても、なんなんだ、あのぬいぐるみは……」
あの日はリハーサルの最中も、いや、後ろ髪引かれる思いでリーゼロッテとわかれた時からずっと気になっていた。
リーゼロッテの言うように、〝あれ〟がシリウスに似ているとはいまでも思わない。けれども、よくよく思い返してみれば言わんとしていることはわかる気がした。
少しばかり切れ長の目元に小さな口、表情が乏しいせいかどこかツンとした印象を与えるところなんかは確かにシリウスを彷彿とさせた。とは言え、あの服を……リーゼロッテとそろいの――しかも猫耳の――法衣を着ているシリウスはどうしても想像ができなかった。
だってあのぬいぐるみはちゃんとそれが似合っていた。着こなしていたと言ってもいい。
そのせいでどうしてもかわいいが勝ってしまい、やはりミカエルの中であのぬいぐるみがシリウスかもしれないなんてことは冗談でも思えなかった。
「あれで本当に中身は別物なのか? いや、でもぬいぐるみ(あの姿)のまま動けるってことは、そもそもがこびとの類いとか……もしくは、世間には知られていないなにかまた別の種族……」
仮にそうだったとして驚かない。アリスハインの見立てを疑うわけではないけれど、そもそもリーゼロッテはあのぬいぐるみが動けるということを知らなかった。となれば、可能性としてはあり得ない話ではないだろう。少なくともリーゼロッテの言うところの〝猫ちゃん〟だとかそういうことはない気がする。
「うーん……」
そんな曖昧な状態で、リーゼロッテに知らせたのは尚早だっただろうか。
「まぁ、悪いやつじゃなさそうだったが……」
いや、いくら悪意は感じられなかったとは言え(天使の見立てによるおすみつき)、やはりそれはフェアではないだろう。
ぬいぐるみの見た目からすると男だったし、もともと自分にさほど頓着しないリーゼロッテのことだ。ぬいぐるみ相手に恥じらったりするようなことはない気がする。そう思ってのことでもあった。リーゼロッテに、せめてこいつ動けるからな、ということだけでも伝えておこうと思ったのは。
挙動から見て、感情がないというわけでもなさそうだったし、それは最低限もの予防線だ。そこに天使の魔法(嘘)を絡めたのも悪くない選択だったと思う。
そうしておけば、リーゼロッテなら上手くやれると思った。変に訝しむこともなく、ぬいぐるみの方になにか事情があったとしても、相手がリーゼロッテなら拗れることはないだろうと。
そのあたりはある意味勘ではあったけれど、こういうときのミカエルの勘が外れたことはない。これも種族特性によるところなのかもしれない。
「……でも、ちょっと見たかったな」
おそらくあのあと、リーゼロッテは早速試したに違いない。そして実際にぬいぐるみが動くのを目にして、あの緑がかった空色の瞳をきらきらと輝かせるのだ。正直その
リーゼロッテはミカエルにとって妹のような存在でもある。同い年ではあるけれど、おさななじみ四人の中ではどうやっても末っ子の位置づけで、態度はともかくそれぞれがリーゼロッテをかわいがっていた。シリウスだってそれは同じだとミカエルは思っている。態度はともかく――本人は決して認めないだろうけれど。
「まぁ、リーゼロッテなら大丈夫か」
どこか抜けていたり、危なっかしいところもあるけれど、ああ見えてリーゼロッテは案外強かだ。なにかあればミカエルの羽根も持っているし、困ったことがあれば連絡をよこすだろう。自分に言い難ければ、メイサにでもきっと。
まもなく控え室のドアが開く。「お時間です」とかけられた声に「わかった」と返して立ち上がる。踏み出せば柔らかな髪が揺れ、煌びやかな衣装が優雅にたなびく。
おさななじみが心配なのは変わらないが、それはひととき置いておくことにする。
いまはリーゼロッテが聞きたいと言ってくれた歌を、心を込めて歌わなければ。
さぁ、開演だ。