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59.うさみみフードの魔法使い

「おつかいか?」

「そう。ルイのお母さんリオナさんに頼まれてたものがそろったからさ。少しでも早い方がいいかと思って」


 中身の詳細には触れない。触れなくても、ルイーズも特に興味は示さなかった。どうせお菓子作りの材料だ。リオナが最近焼き菓子作りにはまっていることはルイーズも知っていた。


「わかった」


 家の手伝いをすれば、褒美がもらえることもある。毎回ではないけれど、場合によっては小遣いをもらえることもあった。それを貯めれば、シリウスクリスのために新しい服を買ってやることもできるかもしれない。


 ルイーズは頷き、片手を差し出した。袋は撥水加工されていたが、そうでなくともルイーズの手に渡れば水に濡らさないことなどたやすかった。


「少し重いかも……持てる?」

「こんなの平気だ」


 言いながらも、ヴィヴィアンの手が完全に離れると一瞬ふらついてしまう。ルイーズは持っていた傘から手を離し、落とさないようにと両手で掴んだ。その拍子に、傘が肩から滑り落ちる。


「ごめん。大丈夫?」

「ん」


 ルイーズはなんでもないように頷き、紙袋を片手で抱えて傘を見る。足下に転がったそれに他方の手を伸ばし、露先を摘まんで拾い上げた。


「あ……それこの前の子。えっと、名前は……」

「クリス」

「そうそう、クリス。今日は服が違うんだね。この前はおそろいのレインコートだった――」

「うん。今日はこいつがこの服、着たそうだったから」


 ルイーズは身体の向きを変え、改めてかばんにつけているぬいぐるみシリウスをヴィヴィアンに見せた。


(……いや、別にそこまでこの猫耳が着たいと思っていたわけじゃない)


 心の中で反論しながらも、一方でシリウスは店内の様子を注意深く探っていた。


「猫耳かぁ。いいじゃない。かわいいし、似合ってるよ」

「ん……でもちょっとかわいすぎるんだよな」

「そう?」


 もともとは〝ももちゃん〟のためにあつらえられた法衣衣装だ。そう思われても仕方ない。

 ルイーズは頷き、腰もとのぬいぐるみを小さく揺らす。


「うん。だから、今度かっこいい服も買ってやりたい」

「そうね。それもいいかも」


 二人は他愛ない会話を続けていた。けれどもそこにかけられる声はない。物音さえしない。どうやら店にはいま、ヴィヴィアンこの女性以外誰もいないらしい。


(……俺を探しに出ているのか?)


 この天候ならリーゼロッテは難なく空が飛べるはずだ。この程度の風であれば箒が壊れるようなこともないし、その可能性は高いと思った。もしかしたらすでに別の場所に身を移している可能性もあるにはあるが、おそらくはまだここにとどまっている。理由はここが、シリウスを見失った場所から一番近い街だからだ。


「ちょっと似てるんだよね、その服」

「え?」


 ヴィヴィアンがふとシリウスを指差した。見返すルイーズはぱちりと瞬き、確かめるようにシリウスへと目を戻す。


「うちにいまいる、女の子の服と」


 シリウスはぴくりと身を揺らす。ルイーズもヴィヴィアンも気づかないくらい小さな動きだった。


「その子の服は、猫じゃなくてうさぎっぽい形なんだけど……」

「うさぎ?」

「そう。魔法使いのお姉さんなんだけどね。だからあれは……たぶん魔法の法衣ってやつかな」

「まほうのほうい」


 問い返すルイーズに、ヴィヴィアンは「たぶんね」と微笑って頷いた。


 そんな二人の視線を浴びながら、シリウスは確信していた。


(――確定だ)






 少し風が出てきた。遠くの空に閃光が走るのも見える。結局なんの手がかりもないまま、リーゼロッテは街へと戻ってきた。落胆の色を滲ませながら店のそばに降り立ったとき、遠くに黄色い傘が見えた。けれども直後には角を曲がって消えたそれを気にする余裕はなく、リーゼロッテはただ溜息を落として店の入口へと足を向けた。


「ただいま帰りましたぁ」


 今日はちゃんと防水魔法をかけていたから、法衣や箒に残っていた水滴も少しはらうだけで落ちていた。申し訳程度に前髪だけを軽く整えながら、リーゼロッテは扉を開けて店内なかに入る。


「あ、おかえり――……って、その様子だとまた空振りだったみたいだね」

「はい……」


 窓際に立っていたヴィヴィアンが小さく肩をすくめる。リーゼロッテは入口近くの壁に箒を立てかけ、小さく頷いた。


 店内に客の姿はなかった。風や雷の気配だけでなく、気がつけば雨脚も強くなってきていた。窓ガラスに当たる雨粒の音も次第に大きくなっていく。ルイーズが店をあとにしたのも、水の精霊の声に耳を傾けたからだった。頼まれた荷物を抱え、来た道を素直に戻って行った。そのかばんにシリウスがつけられているとはリーゼロッテはまだ知らない。


「まぁ、大丈夫だよ。ここにはいつまでだっていてくれたらいいし……気が済むまでゆっくり探せばいい」


 ヴィヴィアンはカウンターに置いていたタオルを手に取り、リーゼロッテに差し出した。


「……ありがとう、ヴィヴィアン」


 受け取ったそれを頬に当てる。柔らかなぬくもりに癒される。

 ヴィヴィアンはリーゼロッテの状況を把握している。こうまで必死になって、なにを探しているのかも。


 せめてもの救いは、そのさがしものがぬいぐるみであることだった。要するにどれだけ時間がかかったとしても、絶命することはない。仮に修復が必要な状態になったとしても、見つけ出すことさえできればどうにかして直してやれるはずだ。拾ったときもそうだったように。


 一刻も早く見つけ出したいのはやまやまだった。そうかと言って、むちゃをしたらどうなるかも身にしみていた。少なくとも次に箒を壊したら本当に身動きがとれなくなってしまう。それだけは避けなければならない。だからこそよけいにもどかしかった。


「どのみち雨季が明けるまではろくに動けないだろうしね。それはカラスだって一緒だよ」

「うん……わたしもそう思う」


 そもそもカラスの行動範囲はそう広くない。いや、移動手段が馬車中心のこの世界ではそれなりに広くはあるのだけれど、飛行魔法が使える魔法使いからすれば途方に暮れるほどのものでもなかった。


 だから、だから。せめて天気さえ回復すれば。そうして見通しさえよくなれば、きっと見つかるはずだ。リーゼロッテは空からも探せるのだから、時間はかかるかもしれないけれど、絶対にいつかは再会できる。


(待ってて、シェリー)


 いまは信じるほかなく、リーゼロッテは努めて背筋を伸ばす。

 ヴィヴィアンはほっとしたように笑みを滲ませ、その頭にぽんぽんと触れた。


「じゃ、これからわたしはちょっと出かけてくるから……店番頼んじゃっていいかな?」

「あ、はい! もちろんです! ……って、でも、天気が」

「サギリが迎えにくるって言ってたから、心配しないで。店は適当なところで閉めちゃっていいから」

「わかりました!」


 リーゼロッテは頷き、つられたように笑顔を浮かべた。

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