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58.猫耳フードのぬいぐるみ、その名は

 その日もあいかわらずの雨だった。


 雨だったけれど、雷も風もさほど強くなく、ルイーズは先日と同様、昼食後の少しだけ気温が上がった頃に散歩に出かけた。


 散歩のコースは前回と同じだった。ヴィヴィアンの店の前を通るルートだ。その日は雨も緩めだったから、ルイーズはいつものレインコートでなく傘を選んだ。同じ明るい黄色のそれは、遠くからでも目につきやすい一部が透明になっている子供用のものだ。シリウスもレインコートは着せられておらず、ただ頭に猫耳フードがかぶせられていた。


 一方、リーゼロッテも箒が直ってからは、以前にも増してシリウスの捜索に出ていた。サギリが手配してくれた材料ももうほとんど底をついていたため、箒の扱いには気をつけなければならず、天候によっては外出できない日もあったけれど、その日の午後は幸い雨脚も強くなく、リーゼロッテは思いの外遠方まで出向くことができていた。


「あ、あの洞窟……!」


 空は暗く、雨は途切れることなく降り続いている。そんな見通しが良いとは言えない中、それでもリーゼロッテは覚えのある洞窟を見つけた。あの時、シリウスを追うことに夢中で回収できていなかったアイテムが残っているかもしれない。なにより、あの時のカラスが近くにいるかもしれない期待が頭をよぎった。


「あ……ランタンなくなってる」


 リーゼロッテは暗がりへと続くその入口へと降り立った。


 サンドイッチが入っていた保存容器や新調した水筒はリュックに入っていたから、いまはヴィヴィアンの家に置いてある。敷きっぱなしにしていた敷布は風のせいか洞窟の奥へ追いやられており、おまけにカラスにつつかれたような痕跡もあった。収納用の圧縮袋はその下敷きになっていた。


「ここで待っていれば……」


 あるいはまたカラスたちがやってきたりするだろうか。


 ランタンがなくなっていたことがからも、少なくともあのあと、例のカラスたちが再びここにやってきていた可能性は高いと思った。


「でも……」


 それがいつになるかはわからない。もしかしたらいつまで待っても来ないかもしれない。天候だっていつ崩れるかわからないし、そうなってここから何日も動けなくなることだけは避けなければならない。


 リーゼロッテは敷布を拾い上げ、軽くはたいてから簡単に折りたたむ。かたわらに落ちていた圧縮袋にそれを戻すと、魔法道具でもあるそれは手のひらに載るほどコンパクトになった。背負っていたリュックに入れたあとは、もう一度洞内を見渡し、忘れ物がないか確認してから踵を返す。洞窟の入口の形に切り取られた景色は時間経過とともに暗くなっている気がした。これからまた雨が強くなるのかもしれない。


「……とりあえず、あの時飛んだあたりを探しながら帰ろう」


 自分に言い聞かせるように呟いて、リーゼロッテは箒を跨ぐ。常にぶらさげていた(シリウス専用の)ポーチもいまはリュックの中だった。






「ルイ、ちょうどよかった」


 ヴィヴィアンは窓を開けた。ガラス越しに、店へと近づこうとする黄色い傘の存在に気づいたからだ。まだ顔を覗かせてもいないのに先んじて声をかけられ、ルイーズはびくりと肩を揺らして動きを止めた。同時に鼓動を跳ねさせたのはシリウスだった。


 だってここは――。


 思うけれど、シリウスの窺える範囲にリーゼロッテの気配はない。そんなシリウスをよそに、ルイーズはゆっくりと傘を傾け、視線を上げる。


「な、なんで俺だって……」

「ふふ、わかるよ。それはルイがかわいいから」

「かわいくない! 俺はかっこいいんだ!」

「ああ、ごめんごめん。それはルイが格好いいからだ」


 顔を見なくても背格好でわかるのはわかっていた。加えて、実は傘の透明な部分から顔がちらちら見えていたのだ。あえてそれは告げずに微笑って答えたヴィヴィアンに、ルイーズは反射的に言い返す。


 ヴィヴィアンはそれすらかわいいとばかりに笑みを深めたけれど、もちろんそれを口には出さない。それならいい、と頷くルイーズはまだわずかに口を尖らせていたものの、


「そんな格好いいルイに、ひとつお願いがあるんだけど」


 そうしてヴィヴィアンに一つの袋を差し出されると、すぐさまそちらに意識が向いた。

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