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57.持ち主なんて

「もし持ち主が見つかったら、ちゃんと返すのよ」


 ルイーズはふと思い出す。最初にぬいぐるみシリウスを見られたとき、リオナ母親に言われた言葉だった。


 拾ってきたときは見るからにぼろぼろで、うっかり落ちていた場所はゴミ捨て場だったのではと疑われたくらいだった。まぁ、あんな森の奥深くにうち捨てられていた――とも言える状態――だったのだから、あながち違うとも言えず、現にルイーズも「まぁそんなとこ」と返していた。


 それでも、リオナ母親は言ったのだ。「絶対だからね」と。


 言われる意図はわかっていた。ルイーズも大切にしていた自分のぬいぐるみをなくしていたからだ。そして一年以上が経っても諦めきれず、新しいぬいぐるみを買ってもらってもどうしても違うという気持ちが拭えなかった。


 日差しの暖かい、ぽかぽかとした春の日のことだった。ルイーズはその日、その大切なぬいぐるみを抱いて庭で日向ぼっこをしていた。ルイーズのためにと庭の木を使って父親が作ったブランコはルイーズのお気に入りの場所だった。深いベンチは昼寝をするにもちょうどよく、ルイーズはよく庭先で遊んだあと、そこでそのままうとうとと眠ってしまうことがあった。


 だがそれもいつものことだったのだ。なのにあの日、目を覚ましたら膝の上にあったはずのぬいぐるみそれがなくなっていた。一年以上前と言ったら、ルイーズはまだ四歳にも満たない。両親はルイーズの説明がもしかしたら間違っているのかもしれないと思った。言うとおりに庭を探しても、どこにもその姿はみつからなかったから。


 それなら子供の記憶違いで、知らないうちにどこかで落としてしまったのかもしれない。たとえばブランコで遊んでいた際、ぬいぐるみだけ落ちて転がり、草むらや木々の合間に紛れてしまったのかも。そう思うしかないほどに解決策がなく、結果折を見て新しいぬいぐるみを買うことにした。


 実際、ルイーズはその新しいぬいぐるみのことも大事にしていた。それでもルイーズの本当の気持ちはなくしたぬいぐるみにあることをリオナは見抜いていたから、同じように誰かが大事にしているものだったとしたら――と、よけいに念を押していたのだ。そしてそれはルイーズにも伝わっていた。


 だけど――。


「持ち主なんて、見つかりっこない」


 思い出すたび、ルイーズは自分に言い聞かせるように呟くのだった。


 だって、ルイーズのもとにルイーズのぬいぐるみそれはいまだに戻ってこないのだから。

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