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56.決して猫耳が好きなわけでは

 猫耳の法衣を羽織り、ベッドの上へと戻ったシリウスは、ベッドヘッドの格子へと元通りにリボンを括りつけ、そうしてなにごともなかったようにルイーズの横へともぐり込んだ。


 そのまま眠れない――と思ったけれど、いつのまにかぐっすり眠っていた――夜を過ごすこと数時間、いつもの起床時刻にルイーズは目を覚ます。朝に弱いリーゼロッテに比べて、早起きが習慣づいているルイーズの方がシリウスより先に起きることも珍しくなかった。


「……クリス?」


 ルイーズは目を擦りながら顔を横向ける。隣に転がっているはずのぬいぐるみを探して片手を伸ばした。すぐには触れなかったそれも、布団の中を探れば容易に発見できた。


「え……っ」


 ルイーズはシリウスクリスを持ち上げる。その触り心地に違和感を覚え、ぱちぱちと瞬いて顔前に掲げたその姿を目に映す。


「クリス……お前、どうしたその服……?」


 驚いたルイーズはぬいぐるみシリウスを両手で持って身体を起こす。シリウスを拾った際、手入れだけはしておいた濃紺の法衣がその身を包んでいる。


 腰に結びつけたリボンの上から羽織っている状態だ。中はルイーズの作ったフランネル素材の白いパジャマのまま。ちなみに昼間はとても似合っているからと、もともと着ていた比翼仕立てのシャツに黒いパンツを着させられていた。


「この服って……」


 ルイーズは信じ難く目をみはり、ぬいぐるみの様相をじっと見つめる。指先で法衣の裾の合わせを開いたり裾をめくってみたり、かと思えば後ろを向かせ、猫耳のフードを持ち上げその状態を確かめる。


「……。ねぼけて、俺が着せた?」


 ルイーズは独りごちながら、再びシリウスと向かい合う。


「それとも……」


 起き抜けに緩んでいた眼差しはすでにしっかりと光を宿している。


「もしかしてクリス、お前が自分で着たのか?」


 ルイーズはぬいぐるみシリウスの濃紺の瞳を見据えて、真顔で言った。


(……鋭い……)


 これがリーゼロッテなら、おそらくねぼけて着せたそれ一択だ。なんなら服装が替わっていることにすら気づかないかもしれない。……いや、それはさすがに言い過ぎか。


「……なぁ、クリス」


 ルイーズはシリウスを片手に持ったままベッドから足を下ろす。


「お前本当は、単なるぬいぐるみじゃなくて……」


 鋭いとは思うけれど、子供らしい想像だとも思う。そうだったらいいなという期待と希望が見え隠れしていて、澄んだ湖面色の虹彩が少しばかり輝いていた。


「たとえば、夜だけ動ける魔法がかかってるとか……」


 ルイーズにとって夢物語であるそれは、端的に言えば正解だ。残念ながら、シリウスにそれを伝えてやることはできないけれど。


「……ま、いっか。よくわからないけど、お前はそれが着たかったってことだもんな」


 ルイーズなりに折り合いをつけながら、片手でシリウスの頭をそっと撫でる。


「そりゃそうか。もともとお前の服だし……なんとなく女の子みたいだと思って着せなかったけど、好きなんだな」


 この猫耳の、かわいい法衣が。


 改めてそう言葉にされると「それは誤解だ!」と言いたくもなったけれど、その衝動だけでいままでの全てを水の泡にするわけにはいかない。下手に動けることがばれたら、いまよりもっと執着させてしまいそうでそれも避けなければならなかった。


 シリウスは口にできない思いを飲み込み、ただされるままじっとしておく。


「……よし、とりあえず顔を洗って、朝ごはんだ」


 ルイーズは頷いた。何度も頭や背中、頬へと触れる手付きは拙いながらも優しく、その心地良さにシリウスはほんの少しだけ顔を懐かせた。それに気づかないルイーズは、当然のように法衣を着たままのシリウスを連れて、自室をあとにした。

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